つばめこおり
| 名称 | つばめこおり |
|---|---|
| 初出 | 1931年頃 |
| 発祥地 | 新潟県燕市周辺 |
| 分類 | 結晶性氷・民俗加工素材 |
| 主成分 | 水、微量の海塩、空気層 |
| 用途 | 食用、冷却、儀礼、展示 |
| 管理団体 | 日本結氷文化保存協会 |
| 代表的産地 | 新潟県、富山県、北海道南西部 |
つばめこおりは、主にの沿岸部で採取されるとされる、微細な羽状結晶を含む透明氷の一種である。昭和初期に周辺の製氷業者が偶発的に発見したとされ、現在では民俗菓子から工業冷却材まで幅広く応用があるとされる[1]。
概要[編集]
つばめこおりは、ゆっくりと凍結させたまたは低塩濃度の地下水に、上昇気流で運ばれた微細な繊維状不純物が層状に沈着することで形成されると説明される氷である。透明でありながら内部に白い羽根状の模様を生じることから、冬のに見立てられたとされる[2]。
民間では、これを削って甘味にのせる「つばめ氷削り」や、氷室神事に用いる「飛燕氷」として知られている。またの地方特産品調査では、1958年時点で既に17業者が商標的に類似名を使用していたとされるが、統一規格が定まったのはの発足以後である。
歴史[編集]
発見と命名[編集]
通説では、に燕港の製氷場で働いていた渡会清蔵が、貯氷槽の底に残った薄い氷板を割ったところ、内部に燕の翼に似た白い文様を見いだしたことが起源とされる。清蔵は当初これを「羽氷」と呼んだが、同年夏にの理学部に持ち込まれた標本が、地質学者の真鍋理一郎によって「つばめこおり」と記録された[3]。
なお、命名の経緯には異説があり、地元の旅館「松風亭」の女将・秋山とみが客寄せのために作った造語であるとする説もある。ただし、この説は当時の宿帳に「つばめこほり 一切れ」と書かれた記載が1件見つかっているのみで、学術的にはやや弱いとされる。
戦時下の利用[編集]
からにかけて、つばめこおりは軍需輸送用の冷却材として一時的に注目された。特にの軍港では、通常氷より融解が遅く、蒸気缶の温度変化を0.8度前後抑えるとして試験運用された記録が残る[4]。
一方で、結晶内に空気層が多いため爆裂しやすく、甲板上での扱いに失敗して氷片が3メートルほど飛散した事故が2件報告されている。このため海軍省は「運搬時に燕の羽音を想起させる音を立ててはならない」とする内規を設けたが、実効性は乏しかったとされる。
戦後の民俗化[編集]
戦後になると、つばめこおりは一般家庭向けの甘味素材として再編され、特にとの喫茶店文化の中で人気を得た。1959年にはのパンフレットに「雪より軽く、鳥より静かな夏の涼」として掲載され、地方土産としての地位を確立した[5]。
この時期、製造工程に白玉粉を0.3%だけ混ぜると模様が安定するという職人技が広まり、製菓業界では「三十分で凍らせ、三分で割る」という簡便な標準手順が半ば慣例化した。もっとも、温度管理に失敗すると単なる濁り氷になるため、老舗では今も専用の木枠が使われる。
製法[編集]
伝統的な製法では、側で採取した軟水を、底面のわずかに湾曲した浅い木桶に入れ、夜間の放射冷却を利用して表層からゆっくり凍らせる。凍結が進む途中で竹繊維を極細に裂いた「燕糸」を1本だけ差し込み、翌朝まで静置すると、結晶が枝分かれして羽状模様を生じるとされる。
現代の工場では、が考案した三層式冷却槽が用いられ、中心温度をマイナス2.7度に保ちながら、外周だけを先に固める。これにより、1バッチあたり平均42枚の「飛燕片」が得られるという。ただし、湿度が78%を超えると模様が「つばめ」というより「カラス」に近づくため、熟練者は天気図を見ながら仕込みを決める。
文化的意義[編集]
つばめこおりは、単なる食材ではなく「凍りながら動きを感じさせるもの」としての美意識と結びつけられてきた。地元では、春先に最後の氷が鳴る音を聞くと航海の安全を占う風習があり、つばめこおりはその音を意図的に再現する装置として祭礼に組み込まれた[6]。
また、の学生運動期には、薄い氷板を透明な看板代わりに使う「寒板デモ」が一部で行われ、その中心的素材がつばめこおりであったとする記録がある。もっとも、これについては参加者の回想が食い違っており、当時の写真には普通の氷しか写っていないとの指摘もある。
主な産地と流通[編集]
産地としてよく知られるのは、、の三地域である。特に燕市では、冬季の河川水と海風の交差が模様形成に適するとされ、1968年からは「燕氷組合」が週4回の共同出荷を行ってきた[7]。
流通はかつて駅弁と同様の木箱配送が中心で、1箱につき氷片12枚、保冷藁2束、説明書1枚が同梱された。現在は真空包装が主流であるが、老舗の一部は「割れたときの音が売り物である」として、あえて和紙と杉皮で包む方法を守っている。
批判と論争[編集]
つばめこおりをめぐっては、そもそも独自の氷種として成立しているのか、単なる加工氷の一派にすぎないのかという論争が続いている。特にのでは、結晶構造の再現性が年ごとに大きくぶれることから、「地域ブランドではなく季節ブランドではないか」とする報告が出された[8]。
また、観光土産化が進んだ結果、本来は無糖であったはずの製品に果汁や金粉が加えられ、「羽根の形をしていれば何でもつばめこおりを名乗れる」という状態になったとの批判がある。これに対し保存会は、年2回の鑑定会で最低7項目の基準を満たしたものだけを認定しているとしているが、審査員の半数が元旅館組合である点はしばしば話題になる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 真鍋理一郎『羽状結晶氷の民俗的分類』東京帝国大学理学部紀要 第12巻第3号, 1932, pp. 41-68.
- ^ 秋山とみ『松風亭宿帳抄 1930-1933』燕町史料室, 1934, pp. 9-11.
- ^ 渡会清蔵・森田久雄『越後沿岸における氷室技術の変遷』新潟民俗研究 第8巻第1号, 1951, pp. 102-119.
- ^ 日本冷晶組合編『つばめこおり標準規格書 第2版』日本冷晶組合出版局, 1975, pp. 3-27.
- ^ 佐伯一郎『戦時下冷却材利用覚書』海軍技術資料集 第4巻第2号, 1946, pp. 55-73.
- ^ Margaret A. Thornton, 'On Feather-Like Ice Crystals in Coastal Japan', Journal of Comparative Cryology, Vol. 6, No. 2, 1961, pp. 88-104.
- ^ 小林悦子『夏の甘味と地域アイス文化』食文化研究 第19巻第4号, 1980, pp. 211-229.
- ^ 三浦賢治『つばめこおりの模様生成と湿度条件』日本冷凍学会誌 第31巻第6号, 1999, pp. 14-33.
- ^ H. L. Beecham, 'A Note on “Tsubame Ice” and Its Impossible Brilliance', Proceedings of the Northern Materials Society, Vol. 3, 1972, pp. 7-15.
- ^ 新潟県工業技術総合研究所『三層式冷却槽の実装報告』所報 第27号, 2007, pp. 1-19.
外部リンク
- 日本結氷文化保存協会
- 燕氷組合
- 新潟県工業技術総合研究所 文化冷却部
- 越後民俗食材アーカイブ
- つばめこおり鑑定オンライン