鼻くそサンバマン
| 名称 | 鼻くそサンバマン |
|---|---|
| 別名 | 鼻舞人、ノーズ・サンバ・パフォーマー |
| 発祥 | 東京都台東区浅草周辺 |
| 成立時期 | 1958年頃とする説が有力 |
| 分類 | 路上芸能・仮装文化・即興打楽表現 |
| 主な用具 | 紙帽子、鈴付き手袋、木製マラカス |
| 代表的祭礼 | 浅草鼻節祭、隅田川ノーズカーニバル |
| 保護団体 | 日本鼻節協会 |
鼻くそサンバマン(はなくそサンバマン、英: Hanakuso Sambaman)は、系の文化との演芸感覚が結びついて成立したとされる、仮装型の路上パフォーマンス様式である[1]。主に周辺で発展したとされ、鼻孔周辺の所作をリズムに変換する独特の即興芸で知られる[2]。
概要[編集]
鼻くそサンバマンは、鼻孔を起点とする身振り、肩の揺れ、足拍子を組み合わせた即興芸の総称である。観客の前で鼻を押さえたり、指で空気を切るような動作をサンバの拍に同期させることから、半ば、半ばとして扱われてきた。
この様式は、戦後の浅草において、喫茶の余興、縁日芸、移動写真館の呼び込みが混ざり合う中で自然発生したとされる。もっとも、初期の記録は散逸しており、に残る1959年の手書きメモ以外は、関係者の回想に依存する部分が大きい。
一方で、1970年代以降は「子どもが真似をして鼻をこすりすぎる」という理由で一部学校から注意対象となり、地域の成人向け余興へと収斂した。なお、とされるが、1983年には東京都内だけで年間約4,800回の披露記録があったともいわれる。
歴史[編集]
起源と初期の浅草期[編集]
起源については、の夏に裏手で、サンバ風の衣装を着た露店芸人・が、鼻を鳴らす癖をリズムに取り込んだのが始まりとする説がある。彼は元々、乾物屋の呼び込みで「鼻先で客を呼ぶ」と評判であったが、太鼓の拍に合わせて小さく息を吸う動作が妙に受け、周囲が「鼻で踊る男」と囃したことから命名が定着した。
初期の鼻くそサンバマンは、の寄席文化と移民向けのサンバ上映会の混交の中で洗練されたとされる。特に、沿いの木造長屋で行われた「第1回鼻節練習会」では、参加者12名のうち7名が途中で笑いすぎて演技を中断したという記録が残る。
また、当時の衣装は安価な繊維のシャツに、新聞紙を折って作った羽根飾りを付けた簡素なものであり、のちの豪華な金糸装束とは大きく異なっていた。
制度化と協会の成立[編集]
の開催を機に、観光案内の一環として整理が進み、の前身となる「鼻律研究会」が結成された。会の目的は、鼻をいじる所作を単なる悪ふざけではなく、拍子・所作・間合いの三要素から成る芸能として定義し直すことにあった。
協会は独自に「鼻節八拍法」を策定し、吸気2拍、肩振り3拍、指示動作2拍、観客指差し1拍を基本単位とした。これにより、個々の演者の癖に頼っていた芸が、舞台芸能として再現可能な形式へと変化したと評価されている。
ただし、内部では「鼻先を触る回数が多すぎる」との批判もあり、には派閥争いから「乾式派」と「湿式派」に分裂した。乾式派はハンカチのみを用いるのに対し、湿式派は霧吹きによる演出を重視し、当時の会報には「鼻孔保全を軽視する者は芸を語る資格がない」との強い文言が見られる。
全国化とテレビ露出[編集]
に入ると、地方祭りへの出張公演が増え、の百貨店屋上やの夏祭り広場でも披露されるようになった。特にの深夜番組『月曜鼻拍団』で紹介された回は、視聴率18.9%を記録したとされ、以後「見た目の滑稽さと、妙に高度な足さばきの落差」が受けて全国的に知られるようになった。
この時期、演者の中で最も人気を集めたのが二代目である。彼は、鼻先に付けた小さな鈴をわずかに震わせることで、ステージ全体に細かな金属音を散らす技法を発明し、評論家から「鼻で奏でる打楽器」と評された。
また、地方自治体が「青少年健全育成」の名目で公演を支援したことにより、学校行事にも採用される例が増えたが、当時の教育委員会資料には「まれに児童が鼻息のみでリズムを取ろうとして教室が騒然となる」との記述があり、運用には相当の注意が払われていた。
現代的再解釈[編集]
以降は、従来の仮装芸としての側面に加え、やとして再評価された。特にで行われた「ノーズ・カーニバル・プロジェクト」では、演者が観客の拍手を誘導するたびに鼻先にLEDを点灯させる演出が採用され、若年層の参加が増えたとされる。
一方で、SNS時代には「見た目が強すぎる」「近所迷惑ではないか」といった反応も多く、2020年頃には一部の動画投稿サイトでサムネイル芸として消費される傾向が生じた。これに対し協会は、鼻くそサンバマンを単なる奇行ではなく、顔面とリズムの境界を問う民俗芸能であると主張している。
なお、近年の研究では、鼻くそサンバマンの構えがの序の型に似ているという説や、の回旋運動に由来するという説も出ているが、いずれも学界では賛否が分かれている。
技法[編集]
鼻くそサンバマンの基本技法は、「ためる」「見せる」「抜く」の三段構成である。演者はまず鼻先に意識を集中させ、次に観客へ向けて視線と肩を同時に送ることで緊張を作り、最後に一歩踏み出して解放する。
代表的な技としては、片手で鼻筋をなぞりながらもう一方の手でマラカスを振る「双流」や、鼻を触る直前で動作を止めて笑いを誘う「止鼻」などがある。熟練者は1分間に96拍まで処理できるとされるが、これは実測値ではなくの教材に載る標準値である。
また、舞台上で鼻を中心に円を描く「鼻環舞」は、観客の注意を顔の中央へ集約させる効果があり、演出家のはこれを「視線の信仰」と呼んだ。もっとも、実演では鼻炎の季節に難度が上がるため、演者の多くが対策として薄いシルクマスクを着用する。
社会的影響[編集]
鼻くそサンバマンは、下町の余興として始まったにもかかわらず、の観光土産、地域振興イベント、学校の特別授業など、広い場面に浸透した。2010年代には台東区内のイベント来場者のうち、約6.2%が「鼻節関連企画」を目当てに訪れたとされ、地域経済への寄与も無視できないとされた。
また、子どもの頃に鼻くそサンバマンを見た人々が、後年になってでのレクリエーションやの発表会に応用する例も多い。手拍子と表情だけで成立するため、言語の壁を越えやすいという利点があり、、、の小規模フェスティバルにも輸出された。
ただし、公共空間で鼻をいじる行為そのものへの拒否感から、2012年にはの商業施設で上演が断られた事例がある。これに対して協会側は「鼻孔は楽器の一部である」と反論したが、施設側は最後まで首を縦に振らなかったと伝えられる。
批判と論争[編集]
最大の批判は、名称の下品さと衛生観念である。初期の新聞では「鼻孔文化の逸脱」と呼ばれ、1960年代には医師会の一部から「鼻の周辺を過度に刺激するのは望ましくない」との警告が出た。
一方で、支持者は「名称が先に立つからこそ記憶に残る」と主張しており、実際に海外公演では名前だけが独り歩きして客席が満員になることもあった。これを受け、の有識者会議では「俗称の強さが伝統芸能の保存に寄与する場合がある」との見解が示されたが、議事録の一部は関係者の笑い声で判読困難であったという。
なお、2008年には「鼻くそサンバマン」という呼称が差別的であるとして改称案が出たが、演者側が「サンバマンの誇りを捨てるくらいなら引退する」と強硬に反対し、結果として現名称が維持された。
派生文化[編集]
鼻くそサンバマンからは、いくつかの派生文化が生まれた。代表的なものに、鼻を鳴らさず肩だけで踊る「無鼻サンバ」、花粉症の季節に特化した「春鼻節」、そしてマスク着用時の視線演技を重視する「面覆サンバ」がある。
さらに、地方の結婚披露宴では、新郎が鼻くそサンバマンの所作を短く披露して場を和ませる習慣が一部で定着した。福井県敦賀市のホテルでは、2016年から2021年までに計43件の依頼があったとされるが、半数近くが新郎本人ではなく叔父の即興で成立していたという。
こうした派生は、もともとの芸が持つ「恥ずかしさを笑いに変える」構造を別形態に拡張したものとみなされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山城トメ松『浅草鼻節譜』日本鼻節協会出版部, 1961年.
- ^ 田所晶子「鼻孔を中心とした身体表現の成立」『民俗芸能研究』Vol. 14, No. 2, pp. 33-57, 1978年.
- ^ Margaret L. Thornton, "Rhythmic Nostrils in Postwar Tokyo", Journal of Urban Performance Studies, Vol. 6, No. 1, pp. 101-129, 1984.
- ^ 佐伯ミドリ『視線の信仰――鼻環舞論』草月書房, 1992年.
- ^ Noboru Hayashi, "From Carnival to Nose: Hybrid Street Rituals in Japan", Asian Folklore Quarterly, Vol. 19, No. 4, pp. 210-236, 1999.
- ^ 日本鼻節協会編『鼻節八拍法公式教材』第3巻第1号, 2005年.
- ^ 高峰ユリ『面覆サンバの社会学』港の人社, 2011年.
- ^ H. C. Bellamy, "The Curious Case of Sambaman Etiquette", Proceedings of the International Institute for Hybrid Arts, Vol. 8, pp. 7-28, 2014.
- ^ 台東区郷土文化編集委員会『下町の奇芸と観光政策』台東区文化振興課, 2018年.
- ^ 川嶋和也『鼻くそサンバマン入門 ふしぎな拍の世界』彩流社, 2022年.
- ^ 遠藤みのり「鼻先動作と観客反応の相関に関する一考察」『身体芸術学報』第11巻第3号, pp. 88-109, 2023年.
- ^ P. D. Waverly, "An Overly Serious History of the Nose Carnival", Review of Imaginary Ethnography, Vol. 2, No. 2, pp. 1-19, 2024.
外部リンク
- 日本鼻節協会
- 浅草鼻節資料室
- 隅田川ノーズカーニバル実行委員会
- 下町芸能アーカイブ
- 国際ハイブリッド身体表現研究所