鼻くそ大食い大会
| 正式名称 | 鼻くそ大食い大会 |
|---|---|
| 通称 | 鼻食い、鼻乾物選手権 |
| 起源 | 1927年ごろの宮城県仙台市周辺とされる |
| 競技時間 | 3分、5分、10分の部 |
| 参加条件 | 満15歳以上、事前に耳鼻科医の確認が必要とされる |
| 主催 | 全国鼻腔文化保存会 |
| 最高記録 | 公式記録では18.4g(2011年) |
| 主会場 | 仙台市青葉区の旧演芸ホール跡地 |
| 関連行事 | 鼻腔衛生講習会、乾燥対策市 |
| 現行ルール | 2020年改定版第6条 |
鼻くそ大食い大会(はなくそおおぐいたいかい、英: Nose Crust Eating Contest)は、鼻腔内で生成された乾燥物を制限時間内にどれだけ多く摂取できるかを競うとされる民間競技である。主としての寄席文化と期の大衆見世物の流れを汲むものとして知られている[1]。
概要[編集]
鼻くそ大食い大会は、乾燥した鼻腔分泌物の摂取量を競うという極めて特異な民間競技である。競技としてはの形式を借りつつ、実際にはやの影響が強く、勝敗よりも所作の美しさと「いかに気まずく見せないか」が重視される。
大会は衛生上の配慮から、開催時には必ず系の有志が監修役として入り、選手は前日22時以降の加湿器使用状況まで申告させられる。なお、競技名に反して、鼻腔内で自然形成されたもの以外を用いると失格となる[2]。
成立の経緯[編集]
通説では、1927年ので、冬季の乾燥に悩む浪曲師・三浦竹之丞が高座上で鼻をすすった際、観客が「今の音は芸の一部である」と喝采したことが起点とされる。これに市場の乾物商が便乗し、翌年にはの小料理屋で「鼻腔の乾きを笑い飛ばす会」が開かれ、そこから競技化が進んだとされる[3]。
一方で、の演芸史研究者・木暮肇は、実際には近くの寄席で行われた「無言早食い」の変種であった可能性を指摘している。ただし、1934年の記録にすでに「鼻くそ大食ひ」の表記があり、少なくとも名称の成立は初期にさかのぼると考えられている。
競技方式[編集]
種目[編集]
種目は3分部、5分部、10分部に分かれる。3分部は瞬発力、5分部は技巧、10分部は「自尊心の持続」が問われるとされる。2014年以降は、未成年の健康教育を兼ねた「観戦のみ可」のジュニア展示部門も設けられた。
採点は重量ではなく、あくまで選手の事前計量との差分、表情の変化、試技後の礼の丁寧さを総合した点数制である。極端に無表情の選手は減点対象となるため、上位選手ほど困惑と満足の中間の顔つきになる傾向がある。
用具[編集]
用具として認められるのは、木製の席札、紙製の受け皿、及び通称「乾き止め」と呼ばれる白布のみである。2019年にはの老舗染物店が、鼻腔の保温性を高めるという名目の「微起毛ハンカチ」を供給したが、実際には大会ロゴが大きすぎて審査員が読みにくいとして話題になった。
また、競技前に鼻腔を温めるための「湯気式ウォームアップ器」が一時使用されたが、会場に霧が立ちこめすぎて選手が自分の席を見失う事故が3件発生し、2021年に使用禁止となった。
大会の発展[編集]
1950年代にはの一種として各県を回る「鼻腔行脚」が行われ、では観客が応援のたびに柿をむく習慣が生まれたという。1968年にはの地域情報番組が珍奇な郷土芸能として短く紹介し、これにより一時的に応募者が前年の2.7倍に増加した[4]。
1980年代には、健康ブームの影響で「自己管理型大食い」の一例として扱われ、構内に期間限定の宣伝ポスターが貼られた。ポスターには「乾いてこそ、芸は立つ」と書かれており、当時の広告代理店が誤ってと二度入稿した逸話が残る。
2000年代に入ると、インターネット掲示板で大会映像が拡散し、海外の反応として「Japan has solved hunger by turning it inward」という誤訳が流行した。これが逆に観光資源として評価され、は2007年から「乾燥文化月間」の一環として後援を行っている。
主な出場者[編集]
初期の名選手[編集]
初期の名選手としては、初代女王のが知られる。彼女は1931年大会で、5分部を終えてなお一礼の角度が崩れなかったため「礼節の勝者」と呼ばれた。なお、本人は終生「食べたのではなく、芸が勝手に降ってきた」と語ったとされる。
また、出身の木工職人・高橋兼吉は、削り屑と見紛うほどの静かな所作で連覇を重ねた。審査員の1人は「彼の競技は音がしない」と評し、これが後に無音派の理論化につながった。
近現代の話題選手[編集]
2008年のでは、大学院生の山村里奈が「鼻腔内の乾燥温度は文脈で変わる」と主張し、競技中に気象データを読み上げながら優勝した。彼女の記録は学会誌『』にも取り上げられた。
2022年には、のパフォーマー藤堂義昭が、試技前にホワイトボードで戦略を説明しすぎて時間切れとなった。だが、そのプレゼンの完成度が評価され、翌年から「説明力加点」が試験導入された。
社会的影響[編集]
この大会は、乾燥地域における鼻腔衛生の啓発に一定の役割を果たしたとされる。特にの暖房事情が厳しい地域では、冬季の加湿率が向上したという報告がある一方、観戦客が競技後に急に自分の鼻を気にし始めるため、薬局で保湿綿棒の売上が一時的に増えた。
また、競技をきっかけに「恥ずかしい行為を共同で笑いに変える」地域文化が可視化され、の分野では「身体の周縁をめぐる共同体儀礼」の例として引用されることがある。ただし、研究者の間でも「そもそも引用してよいのか」で意見が割れている。
批判と論争[編集]
批判として最も多いのは、衛生面への懸念である。これに対し運営側は、すべての選手に配布、手洗いの徹底、及び大会前日の「鼻腔内休養」を義務づけているため安全性は確保されていると主張している[5]。
もっとも、2003年にで開催された準公式大会では、審査員が「味の個体差」を評価項目に入れようとして大混乱となった。以後、味覚による採点は禁止されたが、2020年版ルールブックにはなぜか「微かな塩味を楽しむ姿勢は減点しない」との一文が残っており、編集ミスか伝統かで今も議論が続いている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 三浦竹之丞『鼻腔芸能史試論』東北民俗出版, 1935.
- ^ 木暮肇「昭和初期演芸における摂食パフォーマンスの系譜」『芸能史研究』Vol. 18, No. 2, pp. 44-61, 1978.
- ^ 佐伯由紀子『乾燥と笑い——東北小演芸の身体文化』青葉書房, 1992.
- ^ H. Kogure, “Nasal Edible Performance and Civic Festivity in Postwar Sendai,” Journal of Performing Ethnography, Vol. 7, No. 1, pp. 12-29, 2001.
- ^ 全国鼻腔文化保存会編『鼻くそ大食い大会 公式ルールブック2020』仙台鼻文化社, 2020.
- ^ 藤堂義昭「説明力加点制度の導入について」『大会運営実務報』第12巻第4号, pp. 3-9, 2023.
- ^ Margaret A. Thornton, The Politics of Dryness: Contest Rituals and Public Hygiene, Northbridge University Press, 2009.
- ^ 山村里奈『気象条件と競技所作の相関』民俗食文化研究所紀要, 第5号, pp. 77-88, 2010.
- ^ 高橋兼吉「無音派の成立と木工芸の親和性」『地方芸能月報』第3巻第11号, pp. 19-24, 1954.
- ^ 『鼻血大食い大会 誤植訂正版資料集』仙台広告史料館, 1989.
外部リンク
- 全国鼻腔文化保存会
- 仙台乾燥文化研究所
- 東北民俗アーカイブ
- 鼻腔芸能データベース
- 大会ルール閲覧室