鼻水自販機
| 名称 | 鼻水自販機 |
|---|---|
| 英称 | Nasal Discharge Vending Machine |
| 初出 | 1987年頃 |
| 提唱者 | 渡会健三 |
| 設置地域 | 東京都、神奈川県、愛知県など |
| 主用途 | 鼻腔水分の採取・販売 |
| 方式 | 吸引式・温湿度判定式 |
| 通貨単位 | 1回80円〜220円 |
| 運営主体 | 日本鼻腔資源活用協会 |
鼻水自販機(はなみずじはんき)は、の末期に考案されたとされる、鼻腔内の水分を定量採取し、専用カートリッジに充填して提供する据置型の装置である[1]。主にやの待合室に設置されたとされ、衛生管理と季節性需要の調整を兼ねた装置として知られている[2]。
概要[編集]
鼻水自販機は、鼻腔から分泌される水分を利用者自身が採取し、密封された状態で購入できるとされる自動販売装置である。初期の機種は沿線の周辺に試験導入されたとされ、花粉症対策と産業廃棄物削減を同時に狙ったものと説明されることが多い。
もっとも、実際には医療機器というよりも、文化と衛生工学の境界で生まれた半ば風刺的な装置であったとする研究もある。利用者は専用の紙カップに向かって3秒間息を吐き、その後に内部の軽い陰圧で鼻腔表面の湿潤成分を吸い取る仕組みであったとされる[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は前半、に勤務していた技師・が、冬季の通勤者がティッシュを大量に消費していることに着目したことにあるとされる。渡会は、駅売店の紙おしぼり機とを合体させた試作機をの実験施設で公開し、これが後の「鼻水自販機第一号」と呼ばれた。
当時の報告書によれば、試作機は1日平均47回稼働し、そのうち約18回は利用者が笑って中断したため、純粋な採取成功率は61.7%に留まったという。なお、初代機の操作盤には「花粉」「風邪」「涙目」の3モードがあったが、倫理審査で涙目モードのみ削除されたとされる[4]。
普及と行政対応[編集]
にが設立されると、鼻水自販機は、、の一部医療モールへと拡大した。協会は「鼻腔由来水分は個人識別性が高く、生活史の記録媒体として有用である」と主張し、利用者に月1回の検体ラベル更新を求めていた。
一方で(当時)は、鼻水を販売価格に換算することへの抵抗感から明確な規制を避け、代わりに「採取時にくしゃみが出た場合は再度100円を投入すること」という運用指針を出したとされる。この指針は一部の自治体で条例化され、では「くしゃみ再投資条例」と俗称された[5]。
衰退と再評価[編集]
以降、使い捨てティッシュの高機能化と花粉症薬の普及により、鼻水自販機の稼働台数は急減した。ピーク時には全国で推計2,400台が存在したが、2005年には公式登録台数が113台にまで落ち込み、うち実働機は31台のみであったという。
ただしに入ると、サステナビリティの観点から再評価が進んだ。特にの一部商業施設では、来館者の「季節性鼻水」を香り成分分析に回す実証実験が行われ、展示名「鼻の記憶プロジェクト」として話題を呼んだ。専門家の間では、鼻水自販機は失敗した装置ではなく、「予防医療と感情労働の境界を先取りしすぎた機械」と位置付けられている。
構造と仕組み[編集]
標準的な鼻水自販機は、前面の投入口、温湿度センサー、微弱吸引ユニット、冷却保存区画の4層構造を持つとされる。利用者が顔を近づけると、センサーが鼻孔距離を測定し、条件を満たした場合のみ採取口が開く仕組みである。
採取液は0.8ml単位でカートリッジ化され、1カートリッジにつき平均3回分の「再加湿サンプル」が得られるとされた。なお、夏季は粘度が下がるため価格が20円安くなる一方、冬季は「濃縮型」として別料金が課されることが多かった。利用者が最も困惑したのは、返却口に「おつりではなく鼻紙が出る」点であったと記録されている[6]。
文化的影響[編集]
広告と流行語[編集]
鼻水自販機は、のテレビCM文化にも奇妙な足跡を残した。『今日の湿り気、明日への備え。』という標語は、の花粉シーズンに広く引用され、若者の間では鼻をすする動作そのものを「チャージする」と呼ぶ流行語が生まれた。
また、駅ナカの設置機には企業広告が貼られ、やの宣伝と同居していたため、「鼻水を売るのか守るのか分からない装置」と評された。これに対し協会側は「両方である」と回答したとされる。
文学と映像作品[編集]
公開の短編映画『鼻の向こう側』では、鼻水自販機が人間関係の希薄さを象徴する装置として描かれた。さらにの古書店街では、鼻水自販機の使用マニュアルを模した詩集が限定300部で流通し、その第2版には「鼻孔を詩的に扱え」という注記が追加された。
一部の評論家は、この機械を期の都市不安を体現するメディア装置とみなしているが、実際には設置担当者が説明書を読み違えた結果、温度制御が季節ごとに逆転していたという逸話の方が有名である。
批判と論争[編集]
批判の中心は、採取された鼻水の所有権が曖昧であった点にある。利用規約では「採取物は利用者の身体由来であるが、機械内で一時的に熟成した後は準公共財として扱う」とされており、法学者のはこれを「昭和の衛生観と平成の商業主義が衝突した稀有な例」と評した。
また、学校への設置をめぐっては激しい議論があり、は1991年の通知で「教育目的を超える採取行為は慎むこと」としたが、修学旅行先のでは土産品化された小瓶が人気を博し、結局は観光資源として再流通した。なお、鼻水を「液体の思い出」と表現した自治体広報は、当時の広報誌読者の半数から苦情を受けたとされる[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会健三『鼻腔資源の自動販売化に関する基礎研究』国立衛生工学研究所紀要, Vol. 12, No. 4, 1988, pp. 41-68.
- ^ 佐伯光一『液体の所有権と準公共財――鼻水自販機をめぐる法的整理』法律文化社, 1996.
- ^ M. A. Thornton, “Automated Nasal Humidity Extraction in Urban Transit Nodes,” Journal of Applied Hygienic Systems, Vol. 7, No. 2, 1990, pp. 113-129.
- ^ 高橋睦雄『自販機社会の周縁装置』みすず書房, 1998.
- ^ 日本鼻腔資源活用協会編『鼻水自販機運用白書1989-2004』協和資料出版, 2005.
- ^ Hiroshi Kanda, “Seasonal Mucus Logistics and the Tokyo Commuter,” International Review of Sanitary Automation, Vol. 3, No. 1, 1993, pp. 9-26.
- ^ 村上ユキ『くしゃみ再投資条例の成立過程』地方自治評論, 第18巻第3号, 1992, pp. 77-95.
- ^ Margaret L. O'Neil, “The Economics of Personal Nasal Fluids,” Urban Medicine Quarterly, Vol. 15, No. 4, 2001, pp. 201-220.
- ^ 『駅構内における鼻水採取装置の安全基準(改訂第4版)』日本交通衛生協会, 1994.
- ^ 鈴木祥平『鼻の記憶プロジェクトと展示倫理』芸術と衛生, 第6巻第1号, 2022, pp. 5-19.
- ^ D. R. Benson, “When Vending Machines Learned to Breathe,” Proceedings of the East Asia Appliance Symposium, 1989, pp. 88-101.
外部リンク
- 日本鼻腔資源活用協会アーカイブ
- 駅ナカ衛生装置史研究室
- 都市鼻水文化博物館
- 花粉シーズン機器年鑑
- くしゃみ再投資条例データベース