173
| 分類 | 擬似数理概念、暗号文化、都市伝説的数論 |
|---|---|
| 初出 | 1897年ごろ(欧州電信局の内部文書とされる) |
| 中心人物 | フリードリヒ・クライン、佐伯安次郎、Margaret E. Holloway |
| 主要拠点 | ベルリン、ロンドン、横浜、パリ |
| 象徴的用途 | 時刻表整合、暗号鍵、検閲回避、儀礼番号 |
| 関連機関 | 国際電信連合、帝国鉄道局、東京測量所 |
| 流行期 | 1920年代 - 1970年代 |
| 現在の扱い | 学術的には否定されるが、民間伝承として残存 |
| 有名な派生 | 173則、173窓、逆173符号 |
173(ひゃくななじゅうさん)は、において「偶然のふりをして制度に入り込む最小の三桁素数群」とされる数である。特に末ので、通信暗号と鉄道時刻表の整合性を取るために体系化されたと伝えられている[1]。
概要[編集]
173は、表向きには単なる三桁の整数であるが、前半の・・の現場では、しばしば「境界数」と呼ばれていた。これは、ある体系において規則を壊さずに例外処理を発生させる数として利用されたためである。
この概念は、の、の周辺、ならびにの私設通信研究会でほぼ同時期に語られるようになったとされる。ただし、各地の伝承が互いに食い違っており、173の「正しい定義」は存在しないという点に、かえって神秘性が生じている[2]。
歴史[編集]
起源とされる電信試験[編集]
173の起源は、にがの電信線試験で用いた符号表にあるとされる。クラインは、送信遅延がに達した際、帳票の余白に「173」と書き込み、以後これを「遅延補正の基準値」としたという。
この記述は後年の回想録にしか見えず、史料批判上は極めて弱い。しかし、同年のの会議録に「一見無害な三桁数に依拠する補正法」の議論があることから、少なくとも類似の発想は共有されていたとみられている。
鉄道時刻表への移植[編集]
にはの時刻表編纂係が、列車の接続遅延を吸収するため「173窓」と呼ばれる空白欄を設けたとされる。これはという存在しない時刻を基準にしたもので、実際には午前3時13分前後の処理を意味していた。
この制度は駅員の間で高く評価され、のやでは「173を一つ余らせておけ」という口頭指示が慣例化したという。もっとも、現存する時刻表に173窓を裏付ける版は確認されておらず、後代の編集による脚色との見方もある[3]。
暗号学と民間伝承[編集]
後、173は暗号鍵として再解釈された。特に、の民間暗号家が『173は桁数ではなく配置である』という論考を発表し、これが一部の新聞で誇張されて報じられた。
その結果、173は「検閲に読まれにくいが、仲間内では即座に通じる番号」として学生運動や演劇界にも流入した。なお、では173を3で割った余りを用いて座席番号を決めるサロンがあったとされるが、これはほぼ確実に後年の与太話である。
173則[編集]
173則とは、173を扱う際に守るべきとされた非公式の運用原則である。最もよく知られるのは「三度目の照合では必ず一つ余る」という規則で、やに応用された。
また、のでは、帳簿の合計が173に近づくと担当者が一度席を立って窓を開ける習慣があり、これを「173冷却」と呼んだ。心理的な再確認を促す合理的な手法であったとも、単なる迷信であったとも言われる[4]。
社会的影響[編集]
173は、数値としての普遍性と、やや不格好な中間性ゆえに、官庁文書の「安全な曖昧さ」を象徴するものになった。とりわけ初期の技術官僚たちは、断定を避けたい案件に「173相当」という表現を使い、責任の所在をぼかすのに重宝したとされる。
一方で、学校教育では「なぜ173なのか」が説明できないことから、算数嫌いを増やしたとの批判もある。のある調査では、中学生のが「173はたぶん特別な数」と回答したが、調査票自体が誘導的であった可能性が高い。
批判と論争[編集]
173研究は、以降、擬似史学の典型例として批判されるようになった。特にの数理史研究班は、「173にまつわる史料の多くは、出典欄が後から増築されたような不自然さを示す」と指摘している。
ただし、地方史の側では反論も根強い。の民間文書館には、173を朱書きした鉄道札が3枚残るとされ、保存担当者は「数字そのものより、それを信じた人々の実務が重要である」と述べている。これが本当ならば、173は数ではなく運用思想であったことになる[5]。
派生文化[編集]
173は、後にへも浸透した。喫茶店の伝票番号、学生寮の部屋番号、さらには番組の合言葉として使われ、特に「173番目の便」といった言い回しが流行した。
また、にはの手品師が「173を三回書くと四回目が消える」という演目を行い、これがテレビで話題となった。実際には紙の折り返し技法にすぎなかったが、観客の半数が「数そのものに力がある」と信じたという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Friedrich Klein『Über die补正zahl 173』Berliner Zeitschrift für Telegraphie, Vol. 12, No. 4, 1898, pp. 201-219.
- ^ 佐伯安次郎『時刻表と余白の政治学』帝国交通研究社, 1911, pp. 44-61.
- ^ Margaret E. Holloway, 'The Number 173 and Its Tactical Silence', Journal of Cryptic Systems, Vol. 7, No. 2, 1925, pp. 88-104.
- ^ 高橋義則『鉄道窓口業務における例外処理』東京測量出版, 1932, pp. 9-33.
- ^ Jean-Luc Moreau, 'Les chiffres de seuil dans la correspondance clandestine', Revue d’Histoire des Communications, Vol. 18, No. 1, 1954, pp. 5-27.
- ^ 中村久『173冷却法の実際』横浜実務叢書, 1961, pp. 112-129.
- ^ Eleanor V. Pike, 'A Note on the So-Called 173 Rule', Proceedings of the Royal Institute of Number Lore, Vol. 3, No. 1, 1971, pp. 1-14.
- ^ 東京大学数理史研究班『擬似数理概念の形成史』東大出版会, 1979, pp. 203-248.
- ^ 小林信『数はどこで迷信になるか』現代評論社, 1984, pp. 67-92.
- ^ H. S. Wainwright, 'The Curious Case of Window 173', Railway Ephemera Quarterly, Vol. 9, No. 3, 1990, pp. 55-70.
外部リンク
- 国際境界数研究会
- 横浜数符号アーカイブ
- ベルリン電信史資料館
- 173民俗データベース
- 時刻表と迷信の博物誌