1992年5月8日NHK文化放送で流れた不可解な18秒
| 正式名称 | 1992年5月8日NHK文化放送で流れた不可解な18秒 |
|---|---|
| 発生日 | 1992年5月8日 |
| 継続時間 | 18秒 |
| 放送局 | NHK文化放送枠 |
| 発生地 | 東京都渋谷区 |
| 分類 | 放送事故・音響現象 |
| 関連部署 | NHK音声基準研究班 |
| 初出資料 | 1993年の内部報告書『夜間帯の文化遅延記録』 |
| 俗称 | 18秒の空白 |
| 現在の扱い | 都市伝説的放送事例 |
1992年5月8日NHK文化放送で流れた不可解な18秒は、の系文化放送枠において、深夜帯の切替直後にのみ確認されたとされる短い音声断片である。放送事故とも実験放送とも解釈されるが、のちに内部の音響班が「文化ノイズ抑制試験」の副産物として記録していたことが示唆された[1]。
概要[編集]
1992年5月8日にの文化放送枠で流れたとされる18秒の音声断片である。内容は「低い搬送波のような唸り」「女性の声に似た断片」「最後に一度だけ鳴る三拍子のベル」と記録されており、後年の検証では、当時の送出センターで導入された試験用遅延装置の誤作動が原因ではないかとされた[1]。
ただし、聞き取り調査の一部では、同一時刻に・・の系列設備でもほぼ同じ18秒が再生されていたと主張する元技術者が存在する。このため、単なる事故ではなく、番組の切替をまたぐ「文化的緩衝音」を定義するための実験だったとする説もある。なお、後述するようにこの説は扱いのまま一部の放送史研究者にだけ支持されている。
定義[編集]
この事象は、広義にはであり、狭義にはの未申告試験であると説明されることが多い。18秒という長さは偶然ではなく、1989年ので標準化された「短尺異物検出閾値」が17.6秒であったことに由来するとされる[2]。
名称の成立[編集]
名称の「不可解な18秒」は、1994年に月刊の放送趣味誌『送波と余韻』が記事見出しで使用したことに始まる。編集部は当初「わずか18秒の謎」としていたが、校了直前に匿名投書があり、なぜか18秒を強調する版に差し替えられたという。
発生の経緯[編集]
事件の起点は、1992年5月8日22時47分12秒、の副調整室Aで行われた深夜文化番組の素材差し替えであるとされる。番組本編の直前に流れるはずだった案内音が、当時試験中だった「文化遅延ラインC-3」に置換され、そこに保存されていた18秒の未編集音が誤って送出された[3]。
その音声には、ピアノの単音3つ、微弱なノイズ、そして録音テープ逆回転時に発生するような低い息継ぎが含まれていた。放送音声アーカイブでは、最後の2秒だけが明瞭で、「…また、夜が早くなる」と聞こえたとする記録が残っているが、これは後の解析で近接した別番組の案内文が混線した可能性が高いとされた。
一方で、局内の非公開メモには、この18秒は「文化放送の空白時間を埋めるため、静寂自体を制作物として扱う」実験の試走だったと記されていたという。担当はの、監督は番組統括のとされるが、両名とも公的な記録にはほとんど現れない。
送出設備の異常[編集]
送出機の温度ログには、当該時刻の前後3分間だけ異常な負荷上昇が見られた。原因は、テープ室の空調が止まった際に生じた静電気ではなく、マスターテープの保管箱に貼られた青いラベルの粘着剤が高湿度で滑ったことだとする説もある。
系列局への波及[編集]
系列局では通常、文化放送枠の素材はの中継網を経由して配信されるため、同時多発的に同一音声が流れた可能性がある。特に局の記録係は、18秒の途中で「明らかに誰かが机を二度叩いた」と回想しており、後年この証言が放送民俗学会で異様に重視された。
音声の内容[編集]
当時の複数の再生装置で復元された音声は一致せず、A版、B版、C版の3種が知られている。A版は完全な環境音、B版は女性の囁き、C版はピアノとベルを含む構成で、研究者はこれらを「再生のたびに意味を変える放送片」と呼んだ[4]。
とくに有名なのは、末尾4秒に挿入されたとされる「文化の底には必ず空欄がある」というフレーズである。これはの音響演習課題に由来する可能性が指摘されているが、提出学生名簿に該当者は確認されていない。なお、同フレーズは後にラジオドラマや深夜CMで頻用され、半ばミーム化した。
また、周波数解析では1,250Hz付近に不自然なピークがあり、これが「18秒の署名」と呼ばれた。放送事故の周波数に署名があるという発想自体が奇妙であるが、1990年代前半の周辺の実験放送文化では珍しくなかったとされる。
A版の特徴[編集]
A版は最も地味で、ほとんど風の抜ける音しか聞こえない。しかし、最後の0.8秒でだけテープの継ぎ目が逆向きに鳴るため、オーディオ愛好家の間では「最も怖い版」とされている。
B版の特徴[編集]
B版は都市伝説化の中心であり、囁き声の断片が「八時ではなく、八日だ」と聞こえるとされた。この解釈から、放送日付そのものが暗号だったという二次説が生まれた。
関与した人物[編集]
この事例には、表向きの放送技術者のほか、文化番組の制作陣、音響学者、そして後年になって名乗り出た複数の元アルバイトが関わったとされる。中心人物としてしばしば挙げられるは、1980年代後半にで遅延音声の心理効果を研究していた人物で、静かな導入部が視聴者の記憶保持率を約12%改善するという独自理論を唱えていた[5]。
また、は番組統括として、文化番組の切替時に「沈黙を一つの編集単位として扱う」方針を推進したとされる。彼女は会議資料の端に毎回同じ三角印を描く癖があり、それが後に18秒のベル音と結びつけられた。なお、当時のテープ補助員の証言では、送出直前に誰かが「今日は18秒で足りる」と言っていたというが、これは冗談だった可能性が高い。
このように、事件は単独の事故というより、複数部署の意図せぬ合流点として理解されている。もっとも、関係者証言の多くは20年後の再聞き取りであり、記憶の混線があるとの指摘もある。
技術班[編集]
技術班は送出の整合性を守る立場にありながら、実際には最初に異常を見逃したとされる。だが、当日の担当者が残したメモには「正常に流れた異常音」と書かれており、これは後に社内の標語として密かに引用された。
制作班[編集]
制作班は、18秒の沈黙を“余白”として肯定したことで知られる。のちに同班は深夜帯の案内音を一斉に短文化し、全国で3秒から6秒の案内が増えたという。
社会的影響[編集]
この18秒は、1990年代の日本における「空白の鑑賞」という概念を広めたとされる。深夜ラジオの聴取者の一部は、あえて番組と番組の間の無音を録音し、その長さを競うようになった。1995年には内の中古レコード店5店で「18秒帯」を収録したカセットの交換会が行われたという[6]。
また、広告業界ではこの事件を契機に、CM前後に意図的な0.5秒の無音を入れる手法が広まり、これが視聴者の注意喚起に有効であるとされた。もっとも、実際には放送事故への不安を和らげる保険的措置であったと見る向きもある。
文化的には、何も起こらない時間にも意味があるという感覚を押し広げた点が大きい。後年のサウンドアート作家は、この18秒を「日本の実験放送史における最も短い完成作」と呼び、展覧会で無音の展示台を置いて話題になった。
放送倫理への影響[編集]
NHK内部では、以後の深夜帯送出に「沈黙でも記録を残す」運用が導入された。これにより、番組表に載らない1分未満の空白も監査対象となり、事務作業は約1.8倍に増えたとされる。
オカルト化[編集]
一方で、都市伝説系の雑誌はこの18秒を「送出事故に見せかけた予告音」として扱い、翌月の誌面で未確認の予言文を掲載した。その結果、事件は放送史より先に心霊譚として流通した。
批判と論争[編集]
最大の論点は、実際に18秒の音声が存在したのか、それとも後年の再構成によって生まれた記憶共同体なのかという点である。1998年の調査では、録音カセット12本のうち完全に一致したものは2本 בלבדで、残りは再生速度の差やノイズ混入により別の音に聞こえたとされた[7]。
これに対し、擁護派は「放送事故は観測者の数だけ存在する」と主張した。とくにの元職員であるは、当時の運用表に“18S”の略記があり、これは18秒の空白を意味すると説明したが、別部署では“18時シフト”の略だったことが後に判明した。
また、事件を巡っては、文化放送枠に本当にそんな名称があったのかという根本的な疑義もある。もっとも、この疑義自体が、のちに「文化放送という言葉は内容ではなく空気を指す」という半哲学的議論を生み、放送研究史の変な枝葉として残った。
再現実験[編集]
2003年、民間スタジオで18秒の再現実験が行われたが、再生した途端にスタジオ内の壁掛け時計が2分早く進んだと報告された。結果として、再現は成功したのか失敗したのか分からないまま終わった。
真偽をめぐる編集合戦[編集]
インターネット普及後、複数の掲示板で元資料の画像が出回ったが、いずれもフォントが異なるため偽造とされた。ただし、逆にそのフォント差が“当時の複写機の癖”として評価され、論争はむしろ長引いた。
後世の解釈[編集]
2010年代以降、この18秒はメディア考古学の教材として扱われるようになった。大学の講義では、放送事故・演出・都市伝説の3層が重なった事例として紹介され、学生には「18秒を5つの理論で説明せよ」というレポートが課されたという[8]。
また、ポッドキャスト文化の拡大により、無音や間の重要性が再評価されたことで、この事件は再び参照されるようになった。特に、冒頭に意図的な3秒の沈黙を置く番組制作者は、この18秒を「先祖」と呼ぶことがある。
現在では、事件の真偽よりも、なぜ人々が短い空白に物語を見出したのかが研究対象となっている。結局のところ、この18秒は音声そのものではなく、の放送文化が抱えていた不安と好奇心の圧縮ファイルであったとする見方が有力である。
サウンドアートへの転用[編集]
現代美術では、この18秒をもとにした無音作品が毎年1点ずつ制作されている。観客はヘッドホンを付けるが、再生されるのは18秒のあいだの搬送波だけである。
教育現場での扱い[編集]
放送大学系の講義では、記録と記憶の齟齬を説明するための例として使われる。講師の多くは最後に「なお、本事例の一部は伝承である」と付け加えるが、学生はその部分を最も真剣に聞くという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高見沢修平『夜間帯の文化遅延記録』NHK技術資料室, 1993.
- ^ 藤堂静子『沈黙の送出設計』放送文化研究会, 1995.
- ^ 北原洋一「深夜文化枠における短尺異物の検出」『放送技術紀要』Vol. 18, No. 4, 1998, pp. 41-63.
- ^ Margaret L. Thornton, “Eighteen Seconds of Nothing: Transmission Gaps in Early 1990s Japan,” Journal of Media Archaeology, Vol. 7, No. 2, 2004, pp. 112-139.
- ^ 白石冬馬『空白の作曲法』青銅社, 2011.
- ^ 松井久美「副調整室Aにおける記憶の再生」『音声文化研究』第12巻第1号, 2006, pp. 5-19.
- ^ 渡辺精一郎『送波の民俗学』渋谷出版会, 2002.
- ^ Howard K. Ellis, “The 18S Mark and the Culture of Silence,” Broadcast Studies Quarterly, Vol. 9, No. 1, 2010, pp. 77-95.
- ^ 送波記録編集部『文化放送と空欄の年代記』月刊送波社, 1999.
- ^ 田中みどり『ラベルのないテープ箱』東都書林, 2014.
- ^ A. S. Wren, “A Brief Theory of Broadcast Ghosts,” Media Signal Review, Vol. 3, No. 5, 2018, pp. 201-218.
外部リンク
- NHK放送史アーカイブ研究会
- 日本音響空白学会
- 深夜放送資料室
- 18秒文化保存プロジェクト
- 送波と余韻データベース