5打席連続ホームラン
| 定義 | 同一選手が同一試合(原則として同一イニング範囲)で5打席連続本塁打を記録すること |
|---|---|
| 成立条件 | 守備交代・指名打者変更を挟んでも「打席の連続性」は維持される扱いとなる |
| 主な記録管理 | 球技記録審査局(通称:球記局)によって認証される |
| 認証対象 | 公式戦に準拠するリーグ戦・国際大会の一部 |
| 初出とされる年 | 19世紀末の海外報道に由来するとされるが、一次資料は限定的である |
| 関連概念 | 連続性カウント規約、打球弾道指数(BBI) |
5打席連続ホームラン(ごだせきれんぞくほーむらん)は、同一選手が5つの打席連続で本塁打を記録する現象である。統計上はきわめて稀な記録として扱われ、野球観戦文化の「物語性」を増幅させるものとしても知られている[1]。
概要[編集]
5打席連続ホームランは、同一選手の打席が途切れず連続して本塁打が成立することにより認定される記録である。野球の「偶然の連なり」が数打席の短い時間に凝縮される点が特徴とされる。
この種の記録は、確率論や統計学の文脈でも論じられてきた一方で、現場では「なぜその打席が“続いた”のか」という語りが観戦者の注意を固定する装置として機能してきた。特に、球団広報が制作する試合ダイジェストでは、打席ごとの打球映像だけでなく、投手交代の“間”やベンチの沈黙といった周辺情報まで編集対象とされることが多い。
また、記録認証の細則には「連続性カウント規約」と呼ばれる補助規定があり、たとえば走塁妨害の裁定で打席がやり直される場合の扱いなどが明文化されているとされる。ただし、同規約がいつ整備されたかについては複数の系統があり、当初から存在したとする説と、後年の“5打席連続”ブームの反動で整備されたとする説が併存している[2]。
概要(一覧的な捉え方)[編集]
本記録は「本塁打そのもの」よりも、連続性の達成に比重を置いて語られやすい。球技記録審査局(球記局)では、単に5本打つだけでは足りず、打席間の要素(走者の有無、アウトカウント、守備シフトの変化)を添えた“連続性パケット”として保存する運用が採られているとされる。
そのため、観戦者の側では「5打席連続ホームランは結果であると同時に手続きでもある」という理解が広まった。実際の運用では、打席の記録カードに記された時刻が秒単位で照合され、球場の公式クロックとの差分が補正されることがあるとされる。ただし補正の方法は公開されておらず、「球場ごとに魔法が違う」と揶揄するファンもいる[3]。
歴史[編集]
起源:連続打撃儀礼と“打席時計”[編集]
5打席連続ホームランの起源は、19世紀末に遡るとされる。大陸横断の鉄道網が整備される過程で、移動時間を埋めるための簡易競技が各地に生まれ、そのうち一部では打席ごとに合図が刻まれる“打席時計”が導入されたとされる。打席時計は、投手のセットに合わせて送球のタイミングを統一する目的で普及し、やがて「連続した合図が出た打席ほど強い打球が生まれる」という迷信が儀礼化したとする説がある[4]。
その儀礼化の中心にいたのが、米国中西部の製靴会社と関係が深いスポーツクラブであるとされ、当時の新聞記録では「5つの打席が同じ合図で鳴った日の夜、球が屋根を越えた」という趣旨の報道が見られると紹介されることがある。もっとも、当該記事の筆者名は判読が難しく、研究者のあいだでは“読めないが読めるふりをしている”という評価もある[5]。
日本へは、明治末期の渡航指導者経由で伝わったと推定される。東京のに設けられた教育機関で、グラウンドの掲示板に秒針を写し込む工夫があったという証言が残る一方、記録管理の前提となる「連続性カウント規約」がいつ確立されたかは、実務資料の乏しさから決着を見ていない。
発展:球記局の設立と記録ブーム[編集]
20世紀前半、記録が“数字の競争”から“映画のような編集”へと移行したのとほぼ時期を同じくして、認証の標準化が求められた。その結果、1930年代にが設立されたとされ、以後、5打席連続ホームランを含む一部の連続記録は、球場の計時データとスコアカードを突き合わせて承認される仕組みが整えられた。
ところが、最初の標準化が徹底する前に、(実在の地名を模した通称として扱われることもある)で起きたとされる混線事件が、のちの細則改定を招いたとされる。具体的には、投手交代の記録が1打席分だけ遅れて計上され、結果として連続性が“2通りの解釈”に分裂したという。このとき、球記局の検査係であったは「数字は同じでも、物語は勝手に伸びる」と記録簿に書き残したと伝えられている[6]。
この混線が噂として広がり、観客は「どの解釈で認定されたのか」を競うようになった。その結果、5打席連続ホームランは“再生可能な伝説”として流通し、球団は翌年のキャンペーンで「連続性パケット」の展示を始めたとされる。なお、この展示は資料保存に好影響を与えた一方、選手の心理負担を増やしたとして後年批判を招いたとも指摘されている。
社会的影響[編集]
5打席連続ホームランは、統計学的には確率が低い出来事であるにもかかわらず、社会的には“人が物語に賭ける仕組み”を強化した記録として理解されることが多い。特に、放送局は「連続のための沈黙」を音声編集で前景化し、打席映像よりベンチの表情を長く映すようになったとされる。その結果、同記録はスポーツニュースを超えて、エンタメの編集技法(間の取り方)として模倣されることがあった。
また、企業の広告でも影響が観察される。たとえば、のは、1968年に「5連打ち切り保証」キャンペーンを打ち出し、テレビCMのナレーションに“打席カウント”を埋め込んだとされる。屋内球場のスポンサー看板には、選手名より先に「5」の数字が大きく配置された時期があったと記録されており、広告文脈で連続性が価値化された例として引用される[7]。
一方で、影響の過剰な物語化は選手の評価指標にも波及したとされる。選手の打撃成績は本来、長期平均で見るべきであるが、ファンは「連続の瞬間だけが全て」という見方に傾き、批評が短期の偶然に引き寄せられることがあったと報告されている。
批判と論争[編集]
5打席連続ホームランの認証には、細則が存在するため論争が生まれやすいとされる。もっとも争点となりやすいのは、打席が“実際に続いているか”の定義である。走塁妨害で裁定が覆る場合や、送球の遅延によって打席開始時刻がずれる場合、どこまでが連続として扱われるのかが問題になることがある。
特に1980年代、内部で「連続性カウント規約」の運用が改訂されたとされ、改訂前後で記録が入れ替わったという噂が広まった。検査官のは、学会誌で「連続は数字ではなく運用である」と述べたとされるが、同論文の書式が学会の様式と合わないため、実在性を疑う声も出た[8]。一方で、実務者は「疑わしいと感じた瞬間に、もう物語は成立している」と反論したと伝えられている。
また、統計の見せ方にも批判がある。打球弾道指数(BBI)を用いて“連続打撃の科学”を語る試みがあり、BBIが高い選手ほど5打席連続を達成しやすいとする主張が流通した。しかし実データの開示が限られており、研究者のは「BBIは説明ではなく宣伝に近い」と指摘したとされる[9]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『連続性カウントと現場運用』球記局出版, 1939.
- ^ 佐伯百合絵『記録は手続きである:連続記録の認証論』『スポーツ記録研究誌』第12巻第2号, 1983, pp. 41-67.
- ^ Margaret A. Thornton『Trajectory Myths in Baseball Statistics』International Journal of Sports Analytics, Vol. 7 No. 1, 1994, pp. 12-29.
- ^ 日本電光株式会社『放送編集と“間”の設計:5連打の放映指針』日本電光調査室, 1970.
- ^ 【球技記録審査局】編『打席時計の基礎と標準化』球記局資料叢書, 第1巻, 1932.
- ^ 小田切啓太『打席開始時刻の誤差補正と誤認定』『計時とスポーツ』第3巻第4号, 2001, pp. 88-105.
- ^ Hiroshi Kanda『Narrative Probability in Consecutive-Hit Records』Journal of Applied Game Folklore, Vol. 15, 2008, pp. 201-233.
- ^ 読めない新聞編集部『屋根を越えた夜:1899年報道の再構成』異文献社, 1962.
- ^ (微妙におかしい)黒川史朗『ホームランの哲学的統計』ダイヤ叢書, 2011.
- ^ 球記局記録課『連続記録保管マニュアル:連続性パケット仕様書』球記局, 1966.
外部リンク
- 球記局データ閲覧ポータル
- 打席時計博物館アーカイブ
- 連続性パケット解説サイト
- BBI辞典(編集版)
- 阪神瓦斯球場跡地ファン掲示板