87MIX
| 別名 | 87MIX標準 / 87MIX互換帯域 |
|---|---|
| 分野 | 音響制作・ストリーミング適応規格 |
| 策定主体(とされる) | 日本音響互換協議会(JAAIC) |
| 主な用途 | 楽曲のリマスタリング最適化 |
| 特徴 | 周波数帯域の“固定小数点”設計 |
| 由来(説) | 1987年の実験テープ番号にちなむとされる |
| 論争点 | 標準化が表現の自由を奪うという批判 |
| 関連規格 | MIX-HEX / LRU-Fade |
87MIX(はちじゅうななみっくす)は、音響技術と都市文化が交差して生まれたとされるの一種である。配信時代の前に成立した「互換」をめぐる規格運動としても知られている[1]。
概要[編集]
は、楽曲の音響データを“再生機器ごとの差”が出にくい形に整えるための制作手順および互換規格として説明されることが多い。一般には、録音物に対して特定の周波数帯域へ量子化・丸め処理を施したうえで、配信後の音量差を目立たせない調整を行う方式であるとされる[1]。
一方で87MIXの本質は、音の平均化そのものよりも「誰が同じ手順を踏んでも同じ聴こえ方になるはずだ」という“儀式の再現性”にあるとする見方もある。実際、に所在していたとされる日本音響互換協議会(JAAIC)は、87MIXを「制作現場の方言を規格化する試み」と位置づけたと報じられている[2]。
87MIXは、1980年代末のアナログ編集文化と、1990年代のデジタル配信前夜の互換不安が同時に噴き出した結果、生まれた技術的“落とし前”であるとも説明される。ただし、当時の現場では「落とし前」という言葉がやや物騒で、契約の争点になったという証言も残っている[3]。
成立と歴史[編集]
1987年の「87」—テープ番号起源説[編集]
87MIXの起源として最も広く語られるのが「87=実験テープ番号」説である。伝承によれば、の民間研究室「波形管理研究所(WMR)」が、1987年に保管番号“87”で記録した試験テープの音が、のちのデジタル編集環境でも妙に素直に再現されたことが発端とされる[4]。
このテープには、周波数ごとに“丸めの癖”を揃えるための注釈が鉛筆で書き込まれていたとされ、特に中域の処理で「±0.5dB以内、ただし人間の錯覚は±1.3dBまで許容」といった基準が併記されていた。もっとも、当時の同僚は「そんな数字は誰の悪ふざけか分からない」と言い残しているが、皮肉にもその曖昧さが“職人の納得”を生んだとされる[5]。
編集現場では、その注釈を“手順書”として再現する試みが行われ、結果として87MIXという通称が定着した。初期の呼称は87MIXではなく「87互換トーン」とされていたが、録音スタジオの掲示板で偶然「87MIX」と書き間違えたメモが広まり、逆にその誤記がブランド化した、という笑える系譜も紹介されている[6]。
1991年の規格運動—JAAICと“互換帯域”[編集]
1991年、制作会社や機材メーカーが散発的に“互換テスト”を行っていたことに対し、(JAAIC)が調整役として介入したとされる。協議会はのホテル「黎明グランド」会議室で計測会を開催し、87MIXを構成する処理を“互換帯域”として定義した[7]。
互換帯域の中心思想は、音が劣化しているのではなく、単に機器ごとの処理経路が違うだけだ、という前提であった。この発想を支えたのが「固定小数点のように見えるが実際は丸め癖の設計」だとされ、87MIXでは帯域ごとに異なる丸め表を持つことが特徴とされた[8]。
ただし会議では、丸め表を厳密に揃えるほど制作の自由度が下がるという反対も強かった。議論の末に、JAAICは“自由枠”として「低域は逸脱許容、高域は厳格固定」という妥協案を採用したとされる。このとき提出された議事録には、逸脱の上限として「-17.2dBまでなら作品が崩れにくい」と妙に具体的な数値が記されていたが、誰がどの測定でそう結論づけたかは不明とされている[9]。なお、この不明さがのちに「87MIXは根拠より伝承で広がった」と揶揄される理由になった。
配信時代の拡張—“87MIXワクチン問題”[編集]
1990年代後半、音声圧縮の普及で、87MIXは“圧縮に強い制作手順”として再評価された。ただし、再評価の過程で奇妙な出来事が起きたとされる。ある大手レーベルが、全作品に87MIX処理を適用したところ、特定の音響環境だけで高域が“乾いたクリック音”として聞こえる不具合が発生したのである[10]。
現場はこれを「87MIXワクチン問題」と呼んだ。ワクチンのように副作用を起こすとは何事か、という感情が先行し、レーベルは調査委員会を立ち上げた。委員会名は「品質形跡解析委員会(Q-Trail)」で、調査はの第三者施設で行われたとされる[11]。
結果報告では、不具合の原因として“処理順序”の違いが挙げられた。87MIXは本来「量子化→フェード補正→メタデータ再書き込み」の順で行うべきだが、ある現場では「メタデータ再書き込み→フェード補正→量子化」の順になっていた可能性があるとされた。ここで、報告書には“正しい順序に戻すと誤差は0.04%改善”と書かれていた。0.04%という端数は信頼性を高めた一方、なぜその数値が出たのか説明不足として批判も招いた[12]。
仕組みと運用[編集]
87MIXは、単なる「音を大きくする」手順ではなく、周波数帯域ごとの“丸め癖”を揃え、その揃え方をメタデータにも反映させることで、再生機器の違いを吸収すると説明される。現場では、オーディオ編集ソフト上で「BAND-7」「BAND-8」といった帯域ラベルを使い分け、各帯域に対して異なる丸めテーブル(実数でなく“丸めの都合”を扱う表)を当てるという運用が語られている[13]。
また、87MIXではフェード補正が重要視された。とされる手順では「フェード長さを87msの倍数に丸め、ただし曲のテンポが遅い場合のみ2倍」にする、といったルールが現れた。テンポに連動する2倍条件は、制作会社が“耳の慣れ”を科学っぽく語りたかった結果ではないかと推測する解説者もいる[14]。
運用面では、87MIXの“互換チェック”があった。チェックは録音素材を一定の音圧に正規化し、スペクトルの“形跡”をスコア化する方式で、最終的な合否は「S-Score 73以上」であるとされた。もっとも、その73という閾値は協議会の議論中に出た雑談から生まれたという逸話があり、実測由来ではないと指摘されてもいる[15]。このように、手順は一見理詰めでありながら、実務では“伝わり方”が性能を左右するタイプの規格として定着した。
社会的影響と受容[編集]
87MIXは、音楽制作の標準化を進めたと同時に、現場の文化を“規格という物語”でまとめ直した。たとえば、編集者が「今回は87MIXでいこう」と言うだけで、ミキサーやマスタリング担当の作業判断がそろうようになったとされる[16]。
一方で、87MIXの普及は“同じように聴こえる不安”も増やした。SNSで「この曲、87MIX味がする」という評価が流行し、作品固有の表現が規格の味に吸収されるという懸念が語られた。皮肉なことに、その懸念を払拭するために「87MIXの中にも方言がある」という再分類が行われ、後にやといった派生呼称が生まれたとされる[17]。
教育面では、専門学校が“87MIX基礎講座”を開き、課題として「S-Score 73以上のデモを3本作成せよ。1本は意図的に外せ」という不可解な指示が出た。外すことを課すことで耳を鍛える、とされていたが、学生側は「指示の意図が分からないから本当に外すしかない」と困惑したという[18]。ただし、結果として一定の教育効果があったとされ、87MIXは技術というより訓練体系としても社会に浸透した。
批判と論争[編集]
批判では、87MIXが“正しさの体裁”を持ちすぎた点が挙げられている。とくに、協議会が示したとされる基準のうち、測定根拠が十分に公開されていない項目があったとする指摘が出た。前述の「-17.2dBまでなら崩れにくい」や「S-Score 73以上」などは、数値が具体的であるがゆえに権威に見える一方、追試が難しいという[19]。
また、87MIXの標準化が表現の自由を奪う、という主張もあった。反対派は「87MIXは“音色の個性”を均す装置だ」とし、制作現場では“個性はノイズの中にある”という価値観があったため、互換性を優先する規格に反発が起きたとされる[20]。
一方で擁護側は、87MIXは均すものではなく“比較可能性”を作るための枠組みにすぎないと主張した。実際、擁護者の中には「87MIXを入れると初めて、別の癖を見つけられる」と述べた者もいる[21]。ただし、この議論はいつも結論が曖昧になり、最終的には「あなたの耳はどの87MIXを聞いたか」という哲学的な対立に落ち着くことが多いとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中祐一郎『音の互換性はなぜ揺れるのか』音響出版社, 1998年。
- ^ Margaret A. Thornton『Streaming Compatibility Standards in Late 1990s Japan』Journal of Digital Audio Systems, Vol.12 No.3, 2001年 pp.44-61.
- ^ 鈴木みなと『87MIXという物語—標準化と職人の距離』黎明書房, 2004年。
- ^ Hiroshi Kawamura『Fixed-Point Myths and Rounding Rituals in Audio Editing』Proceedings of the International Conference on Sound Fidelity, 第7巻第2号, 2006年 pp.109-118.
- ^ 日本音響互換協議会『互換帯域に関する報告書(非公開要旨)』JAAIC資料, 1991年。
- ^ 佐々木義昭『Q-Trail検証記録:クリック音の発生条件』品質形跡解析委員会, 1999年。
- ^ Elena Petrova『Psychoacoustics of Quantization-Driven Likeness』Audio Perception Review, Vol.8 No.1, 2003年 pp.12-27.
- ^ 山田晴斗『S-Score 73の謎:閾値は誰が決めたか』波形管理研究所出版部, 2007年。
- ^ “87MIX入門”編集部『標準化は耳を救うか?』音楽制作学会誌編集室, 2010年。
外部リンク
- 87MIX研究アーカイブ
- JAAIC 互換帯域フォーラム
- Q-Trail 解析メモ集
- S-Score 計測ノート
- 波形管理研究所 ディスコグラフィ