BLACK TONE
| 分野 | 音響工学/メディア制作/防災コミュニケーション |
|---|---|
| 成立 | 1990年代後半に現場規格として噂化 |
| 中心概念 | 暗騒音→音響色(スペクトルの視覚化) |
| 代表的な指標 | BT値(Blackness Tone Index) |
| 適用領域 | 放送用ミキシング、公共サイネージ、訓練サイレン |
| 関連語 | 黒色残響、夜間位相、遮蔽聴感補正 |
| 主要な舞台 | 湾岸のスタジオ群および訓練施設 |
| 主張の性格 | 実務家の経験則として語られ、科学的検証は分散 |
BLACK TONE(ぶらっく とーん)は、暗騒音(あんそうおん)を「音響色」へ変換するための民間規格として、で広く言及される概念である[1]。特に、放送・ライブ・防災訓練の現場で「黒い音」を再現する指標として用いられたとされる[2]。
概要[編集]
は、音の「高さ」や「大きさ」とは別の軸として、暗騒音に含まれる位相ゆらぎを色相のように扱う発想から生まれたとされる概念である[1]。
一般に、対象音のスペクトルを「黒」の領域へ寄せるほど聴感上の緊張が上がり、指示(アナウンスや警報)が聞き取りやすくなる、と説明される[2]。このため、音響エンジニアだけでなく、警備会社の講習資料や自治体の訓練マニュアルにも登場したとされる。
また、名称に含まれる「BLACK」は色の比喩であり、「TONE」は“音色”ではなく“通過後に残る気配”を指す、とする説明が一部で流通している[3]。なお、この定義は資料ごとに揺れがあるとされ、そこが後述する論争の火種にもなったとされる。
歴史[編集]
現場規格としての誕生[編集]
起源として頻出するのは、1997年ごろにの非常勤委託を受けた音響者グループが、深夜放送の試験音源に「暗騒音の“型”」を仕込む実験を行った、という伝承である[4]。
伝承では、同研究所はスタジオの防音材を新調した際に、空調のうなりが従来よりも「低く、しかし鋭く」聞こえる現象を報告した[4]。このとき、原因の特定を急ぐあまり、位相の測定値ではなく“聴いた人の表情”をメモする方法が採用されたとされる。たとえば、被験者12名のうち9名が「まぶたの裏が黒くなる」と語ったと記録され、この言い回しが命名のきっかけになったとされる[5]。
その後、現場で共通言語を作るため、音響編集用ソフトに簡易指標BT値が組み込まれ、BT値が60を超える音を「BLACK TONE」と呼ぶ運用が広まったとされる[6]。ここでの60は、実験室の理論ではなく“編集現場の体感”に合わせて決められた数字とされる。
湾岸スタジオと防災訓練への拡張[編集]
2002年ごろから、湾岸の大型収録スタジオが相次いで「黒色残響補正」を導入した、とする説がある[7]。この補正は、反射の強さではなく、残響の“暗さ”を調整するという触れ込みで、機材のベンダーは(仮称)を通じてセミナーを開催したとされる[7]。
一方、社会側の導入としては、同時期に首都圏で防災訓練の「夜間避難アナウンス」が課題化し、警報の聴認性を上げる施策としてBLACK TONEが採用された、という記録が語られている[8]。その訓練では、訓練用サイレンに対しBT値ではなく「夜間位相偏差」指標を併用し、位相偏差が±3.2度の範囲に入るまで微調整を繰り返したとされる[8]。
ただし、ここで用いられた微調整の手順は、学術論文ではなくベンダーの社内メモから逆算されたとされ、外部検証が難しいとされる。そのため、BLACK TONEは“効いた気がする”文化を伴って普及した、とも分析される[9]。
対外発表とBT値の“独り歩き”[編集]
2008年、音響系の業界誌で「BT値が下がるとクレームが減る」という見出しが踊り、BLACK TONEは一気に流行語化した[10]。しかし、同記事は実データの提示が薄いまま、スタジオ関係者の匿名証言を多用した、と後に批判されることになる。
同年に、学会の関連行事で「BLACK TONEは心理音響の一種であり、周波数帯域の“黒化”は人の判断速度を上げる」と講演した人物として、(架空の音響官僚OBとして語られる)が度々登場する[11]。ただし、実在の経歴が確認できないことを理由に、講演内容が“現場の神話”として扱われる一方、逆に神話性が信頼を生んだ、という捻れた評価もあったとされる[12]。
さらに、2011年には規格が細分化され、「BT値60以上の本編」「BT値45以上の予備」「BT値30以上の軽量」の三階層が提案されたとされる[6]。この三階層は統一的な国際規格ではないにもかかわらず、現場の発注書式に“いつの間にか”定着したとされ、ここが後の混乱へつながった。
仕組みと運用[編集]
BLACK TONEの運用手順は、音声をそのまま鳴らすのではなく、暗騒音成分を意図的に“目印”として残し、ミキシング段で位相操作によりスペクトルの重心を黒側へ寄せる、という説明で語られる[1]。
具体的には、BT値は「バンドごとの黒色残響寄与(BKR)」と「遮蔽聴感補正(SAC)」の合算係数で算出される、とされる[6]。このうちBKRは、一般的な録音マスタリングの作業名とは異なり、社内では「カラスの軌跡」と呼ばれたという逸話がある[13]。
また、実務ではBT値だけでなく、再生機器の出力位相が変わると“黒化”がずれるため、機器ごとに補正テーブルを持つ運用が推奨されたとされる。補正表はA4で7ページに分かれ、1ページあたり約8行、合計56行の“逃げ道”が用意されていた、とする証言が残っている[14]。なお、該当ページの複写は出回らなかったとされ、真偽をめぐる材料にもなった。
社会的影響[編集]
BLACK TONEが広まった結果、放送局の現場では「音の明るさ」ではなく「指示が埋もれない暗さ」の設計が重視されるようになった、と言われる[2]。とくに、交通系の臨時アナウンスや大型イベントのスタッフ連絡で、同じ文言でも“聞こえ方”が異なる問題があったため、BLACK TONEは説明資料の共通語として機能したとされる。
また、防災訓練では、夜間における誘導の失敗が「人のせい」だけでなく「音の質のせい」として扱われるようになったとされる[8]。自治体の訓練報告書では、訓練当日の天候を「風速1.9m/s」「湿度63%」のように細かく書き、BT値の変動と絡めて記述した例が見られたとされる[15]。
ただし、社会的影響の中心は“効果の実証”よりも“安心の手続き化”だった、とも評される。つまりBLACK TONEは、現場の意思決定を支える儀式として定着した面がある、という見方である[9]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、BT値の算出が再現性を欠く可能性があるという点である[6]。とくに、位相操作の手順が公開されないまま、体感により閾値が決められたという経緯があるため、科学的妥当性に疑問が呈されたとされる[10]。
また、同名称が“黒色”を強調することで、実際以上に心理的恐怖を煽るのではないか、という指摘もあった[16]。一部の批評家は「訓練で恐怖を学習させる設計は、平時の聞こえの不安を増やす」と述べたとされ、議論は教育現場へも波及したとされる[16]。
さらに、2014年には、ある民間会社の研修資料に「BT値は平均して年間約0.4%ずつ上がる」との記述があり、統計の出典が不明であるとして問題視された[17]。ただし当該資料は、研修参加者の“主観アンケート”を基に算出した可能性があるとされ、真偽が最後まで確定しなかった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山中礼二『夜間避難アナウンスの聴認性設計』都市防災研究所, 2003.
- ^ K. Thornton『Phase-Shift Aesthetics in Broadcast Mixing』Journal of Audio Media, Vol.12 No.4, pp.77-98, 2005.
- ^ 中村彩乃『暗騒音を“色”として扱う試み』音響技術年報, 第9巻第2号, pp.31-45, 2009.
- ^ 渡辺精一郎『音響の黒化とその現場運用』放送技術研究叢書, 第27巻, pp.1-24, 2011.
- ^ S. Hasegawa『BT値(Blackness Tone Index)の校正手順に関する考察』International Review of Electroacoustics, Vol.4, No.1, pp.12-29, 2012.
- ^ 黒川恭介『遮蔽聴感補正(SAC)と主観評価の相関』日本音響学会講演論文集, 第68回講演, pp.205-208, 2013.
- ^ 田所みどり『現場規格はなぜ独り歩きするのか:BT値事例』放送管理論叢, 第3巻第1号, pp.55-72, 2016.
- ^ M. A. Thornton『Training Sirens and Perceived Threat: A Miscalibrated Index』Proc. of the Society for Sonic Studies, Vol.2, pp.201-219, 2018.
- ^ 松崎文『BT値60閾値の由来—匿名証言の読み解き』音響ドキュメンテーション研究, 第5号, pp.88-101, 2020.
- ^ 『音響工学ハンドブック 第2版』共立音響出版, 2015(ただしBLACK TONEの項目は改訂履歴が欠落していると指摘される).
- ^ R. Ellison『Black Tone as a Procedural Comfort Metric』Proceedings of the 2021 Workshop on Human-Centered Acoustics, pp.9-16, 2021.
外部リンク
- BLACK TONE運用メモ倉庫
- 湾岸スタジオ機材交換記録
- BT値校正テンプレート掲示板
- 夜間位相偏差 解説ページ
- 防災訓練“音の質”報告書アーカイブ