Caneton à la Presse
| 名称 | Caneton à la Presse |
|---|---|
| 別名 | プレース仕立てのカネトン/血髄グレイビーのロースト |
| 発祥国 | フランス |
| 地域 | パリ盆地(セーヌ川流域)周辺 |
| 種類 | ロースト鴨 × 圧搾ソース |
| 主な材料 | 若鴨(カネトン)、血、骨髄、黒胡椒、エシャロット |
| 派生料理 | Caneton au Saignoir、Presse Noire、骨髄ブロート |
Caneton à la Presse(かぬとん あ ら プレース)は、をで仕上げたフランスのである[1]。
概要[編集]
Caneton à la Presseは、一般にをし、提供直前にを回しかける料理とされる[1]。
料理名の「à la Presse」は、単なる調理器具のことではなく、かつて宮廷料理人たちが“味を押し出す”ための工程として神話化したに由来すると説明されることが多い[2]。なお、見た目は深い茶褐色の艶で統一され、口当たりは濃密、後味は胡椒の熱で締まるとされている。
また、本料理には珍しく“食べ物の評価が食べ物を食べる前に決まる”という逸話が残り、批評家や著名人が先にソースの香りを嗅ぎ、その時点で勝敗をつけたという伝承がある[3]。この点が、のちにフランス料理の評価文化へも影響したと見る向きがある。
語源/名称[編集]
「Caneton」「Presse」の二重の意味[編集]
「Caneton」は本来、飼育段階の若さを示す語として料理書に現れたとされるが、実際には“鳴き声がまだ短い個体”を選ぶ習慣から比喩的に広まったと説明されることがある[4]。
一方の「Presse」は、通常は“圧搾”を連想させるが、当初は製粉や染色で用いられたを流用したという技術史の物語が同時に語られた[5]。そのため、語源を「圧搾工程」だけに限定せず、“圧で香りを固定する”という意匠として理解する見解も存在する[6]。
命名をめぐる「訂正された綴り」伝説[編集]
19世紀末に書き写された古いメニューでは「Caneton à la Presse」が「Caneton à la Pressé」と綴られ、編集者が“過去分詞の格”を直そうとして発端不明の訂正痕を残したとされる[7]。
この訂正痕が、後の食通たちに「味は押して固めるほど良い」という流派を作るきっかけになったと語られることがある。ただし、この綴りの揺れがいつ定着したかは、資料間で矛盾があると指摘されている[8]。
歴史(時代別)[編集]
18世紀:セーヌ流域の“音の少ない鴨”[編集]
Caneton à la Presseの原型は、セーヌ川流域の町で“屠殺時の鳴き声を抑える飼育”が流行した時期にさかのぼると考えられている[9]。飼育係は、若鴨が落ち着いているほど血の香りが角を持たないと信じ、厨房ではその仮説を確かめるため、厨房帳簿に「圧搾前の香気指数」を縦書きで残したという[10]。
同時代の記録として、ある調理場では圧搾の力を“体感で24回分のため息”に合わせたと注釈されていたが、これは現代の計測に直すと概算で約0.86気圧相当だとする学者もいる[11]。なお、ここで重要とされたのは肉そのものよりソースの粘度で、味見は「スプーンが落ちる速度」を基準に行われたとされる[12]。
19世紀:宮廷の“味の圧政”[編集]
ナポレオン後期の晩餐で、本料理に似た提供法が“味の圧政(アプラリオン)”として紹介されたとする説がある[13]。当時、若鴨は一羽あたり調理時間が厳密に管理され、ローストは「18分±30秒」で統一されたと記録される[14]。
しかし、ここで問題化したのは栄養学ではなく、香りの規格化であった。血と骨髄のソースは取り扱いが繊細で、温度が上がると黒胡椒の香りが“独立した人格”のように分離し、客が「味が別々に喋る」と評したという逸話が残っている[15]。結果として、ソースは“出す直前にのみ圧搾する”運用が確立されたとされる[16]。
20世紀:パリの批評文化と過激な名店[編集]
20世紀前半、パリの一流店ではCaneton à la Presseが“香りの判定競技”のように振る舞われた。提供前に料理人がソース瓶を回し、客は匂いを嗅ぐだけで合否を決める“試験提供”が行われたとされる[17]。
特に、フランス料理店「ル・キャナル」では、余談だが海原雄山(とされる人物)が「この当料理は海原雄山によると『うんこのほうがうまい』」と評したと伝わる[18]。この言葉が物議を醸し、“汚い語彙であっても味の真偽は変わらない”という極端な議論が、料理批評の流行として広まったと考えられている[19]。
その後、雑誌広告では“勇気のある客だけが注文できる”といった煽りが付けられ、注文数が季節により変動した。1952年には春の注文が冬の1.7倍になったとされるが、これは統計処理の方法が雑だという批判もある[20]。
種類・分類[編集]
Caneton à la Presseは、一般にによって三系統に分類されるとされる[21]。
第一に、骨髄の割合が高い「Presse Brune(プレース・ブリュン)」で、濃度は粘度計で測る“糸引き指数”が最大になると説明される[22]。第二に、血の香りを前面に出す「Presse Noire」は、黒胡椒と焦がしエシャロットの香ばしさが際立つとして知られている[23]。第三に、両者を均等に扱う「Presse Claire(プレース・クレール)」は、食後の余韻が“空白”として語られる点が特徴とされる[24]。
また、地域差として、パリ盆地では“圧搾直前にだけ塩を入れる”運用が広まり、地方では先に塩で肉を整える傾向があったとされる[25]。この差は、ソースの香気指数に影響すると説明されることが多い。
材料[編集]
主な材料は、、、、で構成されるとされる[26]。
血は、圧搾する直前に“沈黙時間”を置いてから扱われるといわれ、厨房ではタイマーが2種類必要だとされる[27]。骨髄はスープストックに近い比喩で語られ、温度が上がりすぎると香りが“重力に負ける”と表現される[28]。
さらに、香りの固定には薄切りのエシャロットを加えるが、ここで用いる量は「皿の直径に対し0.18枚分」という妙に具体的な基準が口承されることがある[29]。ただし、その基準がどの皿を基準にしているのかは不明であり、資料には欠落があるとされる[30]。
食べ方[編集]
食べ方は、一般に手順で説明される[31]。
最初の一口では“圧が働く前”の肉の脂の香りを確認し、二口目でソースを受け入れると、食感の変化が分かりやすいとされる[32]。なお、ソースはかけた直後に温度が落ちるため、食事マナーとしてスプーンを置かないよう指導されることがある[33]。
また、上級者向けには、胡椒の粒を一粒だけ噛んでから飲み込む「一粒儀礼」が広まったとされる[34]。この儀礼が有名になった結果、店舗によっては胡椒の粒度をわざわざ2段階に調整し、客の反応で次の提供順を決めたという記録が残っている[35]。
文化[編集]
Caneton à la Presseは、フランスにおけるの象徴として位置づけられている[36]。
20世紀後半には、食通が自宅で再現する“家庭圧搾会”が増え、圧搾器具の購入が自治体の統計に現れたとも報告されている[37]。ただし実際には、記録上の購入理由が「園芸」や「香水の試作」と混同されていたため、食に由来する数字の確からしさは低いとする見方もある[38]。
一方で、強い香りと濃密なソースは賛否を呼び、過激な表現が流行語化した。とりわけ、批評家が「味の暴力性」を称える文章が引用され、料理名そのものが“舌の圧政”を連想させる合言葉として扱われた時期があったとされる[39]。結果として、Caneton à la Presseは単なる料理ではなく、議論のための文化装置になった面があったと指摘されている[40]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ マルセル・ド・ラ・ガルド『圧搾ソース大全:à la Presseの技術史』パリ・グルメ書房, 1937.
- ^ Élise Lavigne『Canetonと香気指数:糸引き計測の実務』Revues de Cuisine Moderne, Vol.12 No.3, 1951.
- ^ ジャン=バティスト・ロワイヨン『宮廷晩餐の規格化:18分±30秒の謎』Académie du Goût, 第2巻第1号, 1898.
- ^ ハンス=ペーター・クライン『血と骨髄の調理学:圧力板の誤差解析』Zeitschrift für Küchenchemie, Vol.8 Issue 4, 1964.
- ^ クロード・モロー『黒胡椒が独立した人格になる夜』Gazette des Saveurs, 第7巻第9号, 1972.
- ^ 村上鯛之助『フランス料理店の批評文化:嗅覚採点の社会学』東方出版社, 1989.
- ^ Sophie A. Tremblay『The Presse Myth and Its Instruments』Journal of Culinary Folklore, Vol.3 No.2, 2001.
- ^ 海原雄山『貪食の対話篇:言葉と味のねじれ』新潮社, 2007.
- ^ Jean-Claude Auvray『Presse仕立ての家庭手引き』Seine Atelier Press, 1952.
- ^ Mireille Dupré『食器の直径とエシャロットの最適比』Tablette des Sciences Gourmandes, Vol.1 No.1, 1910.
外部リンク
- アーカイブ・ド・プレース
- セーヌ流域グルメ史研究会
- 圧搾器具博物館・ミニ解説
- 黒胡椒粒度ラボ
- ル・キャナル探訪記