DJ 4s
| 分野 | クラブ運営・音響演出 |
|---|---|
| 成立時期 | 1990年代後半(とされる) |
| 中心地域 | (渋谷周辺) |
| 運用主体 | DJ、サウンドエンジニア、進行スタッフ |
| 核となる概念 | 4つの型(4s) |
| 関連分野 | フェス・体験設計、簡易DSP運用 |
| 特徴 | 場のテンション曲線を数式化して共有 |
| 論争点 | 「規格化」が創造性を奪うとの批判 |
DJ 4s(ディージェー よんえす)は、音楽イベントにおける「4つの型(4s)」にもとづく選曲・進行の実務規格である。主にのクラブ運営者と制作進行の間で発展し、のちに国境を越えた「場の設計」論として応用されたとされる[1]。
概要[編集]
は、DJの選曲と進行を「4つの型(4s)」に整理し、現場で共有できるようにした運用体系である。体系の中心は、曲の役割を「導入・加速・維持・回収」として分類し、会場全体の熱量(いわゆる盛り上がりの連続性)を崩さないことに置かれているとされる[1]。
成立経緯としては、1990年代後半にの複数クラブで起きた「新人DJが曲順で迷子になり、ピークが分散する」という現場課題が契機だったとする説明がある。そこでの小規模チームが「人間の勘」をメモ帳で再現しようとして、4分類の語感がそのまま略称として定着したと語られることが多い[2]。このため、という職能に属しつつ、同時に進行設計や音響現場の管理技術にも近い性格を持つとされる。
なおという名称は、4sの「s」を“spread(拡散)”のs、“sync(同期)”のs、“shift(転調)”のs、“sustain(持続)”のsの4つとする説が有力である。ただし後年、言い回しが増殖しすぎたため、実務側では「説明はどうでもよい。実際にうまく回れば正義だ」という運用規範としてまとめられたとされる[3]。
歴史[編集]
起源:夜間温度計プロトコル[編集]
の起源は、の老舗クラブ「サウンド倉庫渋谷」が導入した夜間温度計記録にあるとする説がある。温度計は空調制御のための設備だったが、記録を眺めた進行係が「ピークの直前、室温が0.8℃だけ遅れて上がる」ことに気づいたとされる[4]。
その係は、温度の遅れを“音が体に届くまでの待ち”と解釈し、曲の役割を4つに分ければ温度カーブも再現できると考えた。ここで採用された分類が導入・加速・維持・回収であり、さらに各分類の目安として「BPM帯の階段幅を必ず±6にする」ルールが付与されたという。なお、当時の記録係が残したメモには「±6:体温の立ち上がりが気持ちよくなる(自分語り)」という注釈があったとされるが、真偽は不明とされる[5]。
この原型は口伝中心であったが、1998年頃に音響エンジニアのが、曲間の無音時間を「中央値で1.4秒、ただし最大3.2秒まで」と統一する簡易プロトコルを提案し、現場で急速に普及したとされる[2]。
拡張:大学サークルの「現場科学」ブーム[編集]
2000年代に入ると、はクラブ内部の規格から、大学サークルや専門学校の授業に取り込まれたとされる。特に、の音響系のゼミでは、曲の役割分類を「テンション関数T(t)」として扱い、導入・加速・維持・回収にそれぞれ係数a/b/c/dを割り当てる課題が出されたとされる[6]。
ただし、ここでの計算は妙に現場寄りで、T(t)は“観客の拍手率”として実測されたという。実測方法は、入退場口のカウンターと手拍子の音量(dBではなく「拍の平均周期」)を掛け合わせるもので、当時の学生が「音量より周期のほうが嘘をつかない」と豪語したと記録されている[7]。その結果、維持型の曲の選定条件が「周期のばらつき(分散)が0.17以内」であることが好ましいとされ、現場に“0.17ルール”が持ち込まれた。
一方で、このブームが過熱したことで、現場では「公式を暗記して選曲する新人」が増え、時に会場の個性を無視した進行が行われたとも指摘されている。このため、2000年代後半には“数式を使うが、最後は空気を信じる”という折衷が再確認され、4sの解釈は複数派に分岐したとされる[3]。
国際化:フェス運営の「4s委員会」[編集]
2010年代になるとは、フェス運営における場の設計へと拡張されたとされる。複数国にまたがる大型イベントでは、DJが入れ替わるたびにテンションが途切れることが問題となり、そこで運営側が「4sの進行引き継ぎシート」を標準化し始めたとされる[8]。
とくに「4s委員会」と称した作業部会がの会議室で開かれ、現場共有のための書式が統一された。書式には、導入・加速・維持・回収それぞれについて“推奨曲の気分語彙”(例:導入は「安心」「遠景」、加速は「切迫」「疾走」など)を1行ずつ書く欄があり、これが運営の監査ログとして扱われたという。実務者は、この欄のおかげでDJ同士の意思疎通が「音が違っても意図が一致する」ようになったと述べたとされる[9]。
ただし、監査ログ化は反発も生み、「審査されるようになった瞬間、現場は萎える」との声もあった。結果として、委員会は2014年に“記録はあるが点数化しない”方針へ転じたとされる[10]。
運用と技法[編集]
の運用は、曲を単なるジャンルではなく“役割”として扱うことから始まる。導入型では、観客が呼吸を整える時間を与えるため、前半の音圧の立ち上げを緩やかにし、加速型では急激に帯域を広げる。維持型では音圧の揺らぎを抑え、回収型では高域を少しずつ削りながら“次の場面”へ着地させると説明される[1]。
この分類は、現場では「4sテンプレート」として配布されることがある。テンプレートには、例えば回収型の曲では“曲間の観測値”を必ず3つ書けとされ、(1)無音時間の中央値、(2)ボーカルのエネルギー平均、(3)次のDJへの引き継ぎ開始からの経過秒数、が記入される。ある現場担当者は、引き継ぎ開始から次の曲の頭が鳴るまでの目標を「平均で2.6秒」とし、3.0秒を超えると“観客の視線が戻る”と語ったという[11]。
また、技法としては“4sスイッチ”がよく知られている。これは、ミキサー上の操作を4つの型に対応づけ、導入型ではクロスフェーダをゆっくり、加速型ではイコライザを先に動かし、維持型では位相を固定し、回収型ではリバーブを減らすという順序を定めるものである。手順が固定されるため、初心者でも一定品質が出るとされる一方、現場の事故を“手順の欠落”として説明しやすくなるという副作用も指摘されている[2]。
社会的影響[編集]
は、音楽そのものを変えるというより、音楽が体験に変換されるプロセスを整えるものとして受け止められたとされる。クラブ運営の側では、入場者の密度が高い時間帯でもテンション曲線が維持されるようになり、結果として“満足度が落ちる間のない運営”が可能になったと報告されたという[6]。
一方で、社会の側では「場が設計できる」という考えが広がり、音楽以外にも応用が試みられた。例えば結婚式の二次会では、司会進行が4sテンプレートを借用し、「新郎新婦入場=導入、乾杯=加速、歓談=維持、締め=回収」と段取りを説明するようになったとされる[12]。この波は、企業の研修にも及び、懇親会のBGM選定が4sに従って“説明可能なもの”として扱われるようになったという。
しかし、これらの応用には反省もある。4sを普及させたことで、“正しい盛り上がり”があるかのような空気が生まれ、個人的な記憶や場の偶然を排除する方向へ流れたとの指摘がなされた。そのため後年、4sは「規範」ではなく「共有言語」として再定義される動きがあったとされる[10]。
批判と論争[編集]
に対しては、「創造性の圧縮」が論点となって議論されたとされる。具体的には、4sテンプレートが普及するほど、現場のDJが“型を満たす曲”を優先し、結果として固有のスタイルが見えにくくなるという批判である。ある批評家は、導入型が安定するほど観客が「安心しすぎて夢中になれない」と述べたとされる[8]。
また、数値化の過程で誤解も生まれた。例えば「維持型の分散0.17以内」が一人歩きし、実測の前提が共有されないまま“0.17信仰”が広がったと報告されている。この点について、を専門とするは「分散は機材と距離で変わる。会場が違うなら数値も揺れるべきである」との論考を出した[13]。
さらに、一部では“音楽の役割を機械的に分類する”行為が、場の多様性を奪うとして、4sの採用に関する運営の透明性が求められた。2016年にはフェス運営で「4sテンプレート未提出ならステージ入場を制限」という運用案が出たが、強い反発を受けて撤回されたとされる[9]。要するに、4sは便利な言語である一方、それをルールとして強めると途端に不自由になるという論争が続いたのである。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山田柊太「4sテンプレートとテンション曲線の共有可能性」『Journal of Club Operations』第12巻第3号, pp. 41-58, 2012.
- ^ 北条ユウ「夜間温度計が示した曲順の遅延相関」『日本音響現場研究』第7巻第1号, pp. 9-22, 1999.
- ^ 佐伯マコト「分散0.17は何を測っていたのか」『International Review of Sound Metrics』Vol. 5 No. 2, pp. 77-95, 2013.
- ^ 渡辺精一郎「導入・加速・維持・回収:4sの語彙史」『音楽運営史研究』第20巻第4号, pp. 201-219, 2015.
- ^ Marta Ellison「Operational Taxonomies in Live DJ Sets」『Proceedings of Stage Experience Science』Vol. 2, pp. 13-29, 2011.
- ^ 小林礼「4s委員会の引き継ぎ書式:運営監査の実務」『イベントマネジメント研究』第9巻第2号, pp. 55-74, 2014.
- ^ 田村春人「拍手率を周期で扱う授業実験(半径3m条件)」『東京工大ゼミ紀要』第33巻第1号, pp. 1-16, 2008.
- ^ The Soundroom Committee「The 4s Switching Procedure and Its Variance」『AES Local Chapter Reports』第18巻第6号, pp. 101-120, 2016.
- ^ 【タイトルの微妙におかしい】『DJはなぜ計算を嫌うのか:4sの心理抵抗』編集部編, 風向書房, 2018.
- ^ Benoît Laurent「Designing Crowd Continuity: A Four-Part Model」『Cultural Dynamics in Nightlife』Vol. 10, pp. 233-256, 2010.
外部リンク
- 4s現場メモ倉庫
- テンション曲線アーカイブ
- クラブ進行フォーラム(非公式)
- 音響測定シート配布所
- 4s委員会ログ閲覧室