FAXの感染経路
| 分類 | 通信媒介感染仮説(※情報が媒介になるとする立場を含む) |
|---|---|
| 主な舞台 | オフィス・自治体窓口・医療事務部門 |
| 想定される媒介 | 紙、熱転写トナー、静電気、温湿度、圧着スキャン |
| 関連分野 | 公衆衛生、環境工学、通信工学、行動科学 |
| 研究の中心機関 | 、など |
| 代表的な論点 | 受信側の保管方法・再給紙・受信紙の管理 |
| 初出とされる時期 | 1970年代後半の内部報告書群(後に整理されたとされる) |
(FAXのかんせんけいろ)とは、を介して情報・微粒子・「意図」が拡散すると考えられた現象の呼称である。衛生学や通信工学の文脈で論じられ、特に非常時の伝達手順に関する研究が増えたとされる[1]。
概要[編集]
は、ファクシミリが「紙」を媒体にして、微生物あるいは微粒子のような“付着物”を運び、結果として人や環境へ影響を与える、という仮説群の総称である[1]。
一見すると衛生学の話に見えるが、研究の実態はむしろ通信手順の設計にあり、どのようなタイミングで紙を触り、どこに積み、誰が再給紙するかまでが経路の一部として扱われてきたとされる。特に「経路」を図示するための様式が標準化され、のような擬似制度が各地で導入されたという[2]。
この概念が広まった背景として、オフィスの書類は人の移動に比べて管理がゆるく、しかもFAXは“届いた瞬間に触られる”ため、付着物の移送が連鎖しやすいと説明されることが多い。ただし、後述の通り、途中から「感染=意味の伝染」として拡張された点が、批判の的になったとされている[3]。
概念の成立とモデル化[編集]
「経路」を名付けたのは誰か[編集]
起源は、にの通信機器メーカーが提出した“トナー付着の環境影響”と題する報告書であるとされる[4]。同報告書では、受信紙の表面に微量の“粘着性残渣”が残るとし、その残渣が再給紙時に片面から片面へ移る挙動を、矢印付きの「経路図」にまとめたのが始まりだとされる。
このころ、のらが、経路図を「感染経路」と呼び替えたことで、研究は一気に公衆衛生側へ寄っていったとされる[5]。渡辺は当初、微生物の同定よりも、触れる回数と接触面積の統計を重視したため、「生物」より「手順」が主役になったという。
経路モデル:5段階→12段階→“気分経路”[編集]
最初のモデルは5段階で、(1)送信機内部の熱転写帯、(2)搬送ローラの静電気帯、(3)受信紙の排紙口、(4)卓上の積み上げ、(5)受領者の手指接触、の順に配置されたとされる[6]。
しかしの大規模監査で、オフィスの“溜まり紙”が経路の第6〜第9段階として働くことが報告され、モデルは12段階へ拡張された。さらに、には行動科学側の研究者が、紙そのものではなく「緊急性のラベル」が心理的に拡散し、結果として人が同じ手順を踏む“気分経路”が生まれると主張した[7]。この拡張により、FAXの感染経路は微生物学から離れ、半ば“運用論”になっていったのである。
なお、この流れを裏付ける統計として、ある自治体の実地調査では「受信から30分以内の紙への接触率が87.3%であった」とされる[8]。ただし、その87.3%が何をもって“接触”と定義したかは、複数の資料で微妙に異なると指摘されている。
歴史[編集]
1979年の“受信紙監査”と静電気バブル[編集]
、のにあるで、FAXの受信紙が原因と疑われた“事務室内の皮膚トラブル”が相次いだという[9]。当時は明確な病原体が特定できなかったが、衛生通信研究所は“静電気で付着物が保持される”という仮説を前面に出し、受信紙の放置を禁じる運用へ切り替えた。
結果として、トラブルは“急に”減ったとされる。減少率は「2週間で64%」と報告されている[10]。この64%は後年、別の研究では「紙の持ち出し禁止をセットで行ったため」と説明し直されたが、当時の現場では「FAXの感染経路が実在する証拠」と受け止められたという。
また同調査で、排紙口から机上までの距離が25cmから40cmへ伸びると、付着物が再飛散しやすいという測定が示されたとされる[11]。ここから“机上の経路設計”が重要視されるようになった。
1988年の“国立の標準様式”騒動[編集]
、が「受信紙の衛生的取り扱い様式案」を内部で回覧し、様式番号がとして紛れ込んだことが原因で、業界が一斉に規程化を始めたとされる[12]。様式案の売り文句は、経路図を“見ればわかる”形にした点であり、矢印が多いほど管理レベルが高いと皮肉られた。
ところが、様式案に含まれていた“経路の評価指標”が不明確で、たとえば「接触機会指数CI」を“指標上の摩擦回数”で計算したと記載されたため、技術担当と衛生担当が衝突した[13]。当時の現場では、CIの算出式が資料によって「(a×b)+c」だったり「a×(b+c)」だったりしたとされ、編集者の間でも「この部分は当時の熱が残っている」と述べられることがある。
ただし最終的には、配下の設備ガイドに取り込まれる形で落ち着き、FAXの感染経路は“感染”というより“運用の最適化”として定着していったと評価される[14]。
社会への影響[編集]
FAXの感染経路が広く語られるようになると、受信紙が単なる書類ではなく「管理対象の物体」へ変わった。例えばにある大規模企業の総務部では、受信直後に紙を専用トレーへ移す“経路分離ルール”が導入されたとされる[15]。このトレーは、机上に置く時間を平均で「6.4分以内」に抑える設計だったと報告されている。
一方で、影響は企業だけに留まらなかった。自治体の窓口では、FAX受信の書類を待合スペースに放置しない運用が増え、結果として“紙が動く速度”が行政の応対速度の指標として扱われるようになったとされる[16]。この変化により、紙の棚卸しが月次から週次へ前倒しになった自治体もあるという。
また、教育面でも波及し、の研修には「受信紙を触る前に手順を口頭復唱する」項目が加わったとされる[17]。ただし、口頭復唱が何に効くのかについては、微生物ではなく“手順の固定化”に効くと説明されたため、研究者の間では評価が割れた。さらに、感染経路が“意味の伝染”にまで拡張されると、FAXの文面が強い言葉であるほど同じ行動が連鎖するといった、半ば寓話のような議論も現れた。
批判と論争[編集]
FAXの感染経路には、最初から懐疑的な見方もあった。批判の中心は、原因が微生物である可能性よりも、受信紙の取り扱いという“人為要因”が主である点にあった。実際、いくつかの調査では、受信紙を密閉保管した場合でも、室内トラブルが完全にゼロにならなかったとされる[18]。そのため「感染経路という語は比喩として成立しているが、生物学的には確証が弱い」とする意見が出た。
さらに、経路図の体系化が進むにつれ、逆に現場の自由度が削られたという批判もある。経路が細かすぎるあまり、コピー機前の待機が“第10段階”に分類されてしまい、動線が渋滞したという逸話が残っている[19]。この話は現場の記録として引用されることがある一方、どの部署で起きたかが資料ごとに揺れている。
加えて、1990年代に入ると「気分経路」概念が拡張されすぎたことが問題視された。ある研究集会では、緊急度の高い文書ほど“受信者が急いで触る”ために接触回数が増え、それを感染経路の証拠として見てしまう可能性があると指摘された[20]。要するに、感染ではなく行動の連鎖ではないか、という論点である。
それでもなお、経路の図示文化は残った。編集上、矢印が多い論文ほど採択されやすかったのではないか、という揶揄まで登場し、皮肉にも“感染経路の最適化”が研究の最適化と結びついてしまったとされる[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「通信媒介感染の概念史:FAXの経路図に関する試案」『衛生通信学会誌』第12巻第3号, pp. 41-58, 1980.
- ^ M. A. Thornton「Electrostatic Retention in Thermal Fax Printing: A Field Model」『Journal of Applied Transmission Hygiene』Vol. 7 No. 2, pp. 112-129, 1982.
- ^ 田中礼二「受信紙接触率の推定方法—CI指標と現場観察」『公衆衛生運用研究』第5巻第1号, pp. 1-17, 1986.
- ^ K. Sato「On the Diagram-Driven Adoption of Workplace Protocols」『International Review of Office Engineering』Vol. 19 No. 4, pp. 201-223, 1991.
- ^ 国立公衆衛生総合研究センター(編)『受信紙衛生的取り扱い様式案:第A-12号の注釈』第2版, pp. 9-33, 1988.
- ^ 松本時雨「机上距離と再飛散:25cm・40cm比較の再検討」『環境工学年報』第22巻第2号, pp. 77-95, 1993.
- ^ A. L. Hernandez「Psychological Urgency and Paper Contact Behavior in Emergency Dispatch」『Behavioral Systems and Health』Vol. 31 No. 1, pp. 10-36, 1994.
- ^ 守口保健相談センター(記録集)『受信紙監査報告:皮膚トラブル減少の観測値』pp. 3-28, 1979.
- ^ 東海ファクス工業(資料集)「トナー付着の環境影響と排紙口挙動」『技術内部報告』第3号, pp. 55-63, 1978.
- ^ 日本通信衛生協会「経路図が増えるほど本当に安全になるのか」『ケーススタディ集:事務環境の微細リスク』pp. 150-176, 2001.
外部リンク
- 衛生通信研究所アーカイブ
- 港区受信紙管理実験データ館
- 国立公衆衛生総合研究センター・運用規程DB
- 静電気付着仮説の解説サイト
- オフィス動線学会メモ