NEW KAWAII事変
| 発生年 | 2007年 |
|---|---|
| 発生地 | 台湾・台北(周辺都市を含む) |
| 性格 | 文化的規格闘争(言葉・図像・流通) |
| 主な関係主体 | 放送局、広告代理店、衣料メーカー、学生団体 |
| 発端となった争点 | 「NEW KAWAII」の商標的定義と使用基準 |
| 影響領域 | マスメディア、商品企画、イベント運営 |
| 終結時期(目安) | 2009年春(沈静化) |
| 後世の評価 | 大衆文化の規格化が加速した転換点とされる |
NEW KAWAII事変(にゅー かわいい じへん)は、にで発生した、流行語をめぐる社会的対立である[1]。見た目の「かわいさ」を巡る価値観が競り合い、行政・放送・流通の規格までもが揺らいだとされる[1]。
概要[編集]
NEW KAWAII事変は、「かわいい」という共通語に、あえて「NEW」を冠することで生じた価値基準の衝突として語られている。特に、の大規模放送再編と連動して「NEW KAWAII」が“誰のための可愛さか”を問う合言葉へ変質したことが、対立を長引かせたとされる[1]。
本事変は暴動や戦争としてではなく、番組構成、広告表現、制服・文房具の企画、さらにはオンライン掲示板の「推し方」までも巻き込みながら拡大した点に特徴があったとする見解が有力である[2]。そのため、後年の研究では「流行語の行政化」や「視覚言語の標準競争」といった観点から検討されてきた[3]。
背景[編集]
言葉の輸入と“定義の空白”[編集]
2000年代前半、東アジアの若年層では「KAWAII」が広く流通していたが、表記や用法には地域差があったとされる。ここで議論の焦点になったのが、2006年に台頭した「NEW KAWAII」という言い回しである。言葉は流行に先行して広まり、定義が整わないまま商品棚へ到達したとされる[4]。
台北の主要商店街では、同年の週末売上のうち約12.7%が“かわいさ文脈”の販促に紐づくと試算されたとされる[5]。ただし、この数値は翌年の別集計で10.9%へ下方修正されており、当時の市場感覚の不安定さがうかがえると指摘されている[6]。
規格局と“顔文字監査”の噂[編集]
争点が言葉から運用へ移行したのは、内の複数放送局が「子ども向け可愛さ表現ガイド」を競って作ったことに端を発する。特に、放送倫理審議室の内部文書(とされるもの)では、吹き出しアイコンの角度、絵文字の出現頻度、色相の使用割合までが“望ましい”とされていた[7]。
一方で、当時の若者の間では「顔文字監査」が始まるという噂が広がったとされる。噂によれば、番組の冒頭3秒間に出る記号が、ある基準を超えると広告枠が差し替えられる仕組みが検討されていたという[8]。この“技術的な怖さ”が、NEW KAWAIIを巡る対立に熱を与えたと考えられている。
経緯[編集]
2007年春、台北の大手広告代理店「海星クリエイティブ社」(架空の社名だが当時の業界紙がそう報じたとされる)が、雑誌付録のリニューアル案として「NEW KAWAII」の新定義を提示した。定義は「“愛らしさ”の表面加工率を、購入者の自己申告で調整できること」とする奇妙な文言で、関係者の笑いと警戒を同時に生んだとされる[9]。
同年夏、を経由して“表現強度”を競うイベントが開かれ、会場では来場者に対して「あなたのKAWAII偏差値」を記入させたという。記入用紙は10分で配布され、回収率は第1回が83.4%、第2回が61.9%であったと報告されている[10]。なお、別資料では回収率がそれぞれ84.1%と64.2%とされており、現場の計測方法が揺れていたことが示唆される[11]。
2008年に入ると、放送局と通販サイトが「NEW KAWAII対応」表示の有無を巡って競り合い、広告主の契約条件に「かわいさ監査条項」が混入したと指摘されている。ここで議論が過熱し、学生団体「青いリボン連盟」が声明を出して、「“NEW”とは更新であり、同調ではない」と訴えたことが転機になったとされる[12]。そして2009年春、使用基準の統一が“任意”へ転じたことで沈静化したと叙述されることが多い[13]。
影響[編集]
メディア表現と商品企画の再設計[編集]
本事変は、放送・広告・流通における表現の“チェックポイント化”を進めたと評価されている。例えば、通販サイトのバナーは、当時の慣行に従い「丸み」「明度」「余白比率」が細かく指定され、企画会議での差し戻し回数が平均で2.8回増えたという[14]。
また、制服メーカーでは、スカートの裏地色が「NEW KAWAII」と認定される条件として扱われた時期があったとされる。色名の付け方が問題視され、のデザイン学校が“色の物語”を義務教育に近い形で導入した、という証言も残っている[15]。
言葉の再循環:海外への拡散と“誤翻訳”[編集]
沈静化後、「NEW KAWAII」の語は台湾から周辺へ波及し、やがて英語圏のファッション系メディアでも取り上げられたとされる。もっとも、海外では“new”が「新しさ」ではなく「強調」だと誤解されたケースも多かったと指摘されている[16]。
この誤解により、のコミュニティでは「NEW KAWAII」を“顔の造形をアップデートする意味”として理解する層が現れ、トーンのズレが文化摩擦を再燃させたとする見解もある[17]。その結果、可愛さの語が“通貨”のように扱われる状況が増し、後年のメディア研究で「感情の規格化」として論じられる契機になったとされる[3]。
研究史・評価[編集]
研究史では、本事変を「言葉の商標争奪」と見る立場と、「若者の自己表現の統制」と見る立場に分かれてきた。前者は、放送局の契約書に混入したとされる条項の存在に注目し、言葉が財産化した過程を重視する傾向がある[18]。後者は、監査という語が与えた心理的圧力を取り上げ、「かわいさの強制」に近い空気が広がった点を論じる[19]。
また、近年の通史研究では、本事変が“非暴力の価値闘争”として、近代以降の大衆文化の変質を映す例として扱われている[20]。一方で、当時の一次資料が断片的であることから、回収率や会議回数などの数値は「広告用に都合よく丸められた可能性がある」との慎重な見解も提示されている[21]。
批判と論争[編集]
「NEW KAWAII事変」をめぐっては、そもそも事変と呼ぶほどの統一的事件があったのか、という疑問が呈されている。たとえば、のある放送局の編集日誌(とされる複製)には、用語衝突は“番組内のジョーク”に過ぎなかったとの記録があるとされる[22]。
ただし、この日誌の筆跡一致が検証されていない点が問題視され、反論として「ジョークが契約へ波及したならば、事実上の制度化だった」との指摘がある[23]。また、学生団体側の主張が“拡散のための脚色”である可能性も指摘され、研究者の間では「何が対立で、何が広告だったのか」の線引きが難しいとされている[1]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 劉明琪『NEW KAWAII事変と台北メディアの再編』海星学術出版, 2012.
- ^ 田丸文彦『流行語の制度史:監査という比喩』青雲書房, 2015.
- ^ Margaret A. Thornton『Standardizing Cuteness: A Regional Broadcast Case』Journal of Media Folklore, Vol.18 No.2, pp.33-61, 2013.
- ^ ソフィア・ベネリ『Emotional Metrics and Advertising Contracts』International Review of Cultural Commerce, Vol.7 Issue 4, pp.110-148, 2014.
- ^ 李嘉澄『商標条項と若者の反応:2000年代の契約文化』台北法政研究所紀要, 第22巻第1号, pp.1-29, 2010.
- ^ 川原歩『非暴力の価値闘争:2007年の番組設計』メディア史叢書, 第9巻, pp.77-102, 2016.
- ^ Nora El-Sayed『Misread “New”: Translation Errors in Fashion Language』Glocal Studies Quarterly, Vol.3 No.1, pp.55-90, 2011.
- ^ 石黒セツ『色の物語と制服企画:NEW KAWAII運用の現場』デザイン史研究会, 2018.
- ^ 佐藤栄一『台湾の放送倫理と数値の誘惑』世界放送倫理年報, 第5巻第2号, pp.200-233, 2009.
- ^ Klaus Richter『Regulation Without Violence: A Cute Standard』Media Regulation Review, Vol.12, pp.9-37, 2008.
外部リンク
- 台北流行語資料館
- 海星クリエイティブ社アーカイブ(閲覧申請制)
- KAWAII語法研究フォーラム
- 感情メトリクス年報データポータル
- 青いリボン連盟の公開書簡集