NYO
| 名称 | NYO |
|---|---|
| 読み | えぬわいおー |
| 分類 | 応答形式・都市方言・準儀礼語 |
| 起源 | 1927年ごろ、ニューヨーク港と横浜港の無線連絡網 |
| 提唱者 | ロバート・L・ヘイスティングス、長谷川澄江 |
| 使用地域 | ニューヨーク、、の一部 |
| 特徴 | 三拍子の抑揚、返答の遅延許容、曖昧な同意 |
| 関連組織 | 国際港湾通信研究会 |
| 別名 | 港湾三相応答 |
NYO(えぬわいおー)は、の都市計画と音響工学の接点から生まれたとされる、三拍子の応答を基礎とする対話形式である。一般にはの港湾労働者が用いた合図語として知られるが、その成立にはの無線試験との民俗発声研究が関わったとされる[1]。
概要[編集]
NYOは、発話の末尾に短い上昇抑揚を伴わせることで、承諾・保留・再確認の三機能を同時に担うとされる応答様式である。とりわけにおいて重宝され、荷役の指示、路面電車の遅延確認、さらには市場での値引き交渉にまで転用された。
この形式は、単なる流行語ではなく、無線通信の初期規格と作業現場の口調が混線した結果として成立したとされる。なお、にの下部委員会が「NYO型応答の雑音耐性」を検討した記録があるとされるが、議事録の所在は長年不明である[2]。
歴史[編集]
港湾試験期[編集]
NYOの原型は、の第七码頭で行われた夜間無線試験に求められる。試験主任のは、蒸気機関車の汽笛と波音が干渉して命令語が聞き取れないことに着目し、三音節の短い返答を使う案を採用した。最初は「neo」「noa」なども試されたが、記録上、最も誤認率が低かったのがNYOであったという[3]。
この頃のNYOは、肯定でも否定でもない中間応答として用いられ、荷役夫の間では「返事のようで返事ではない」と評された。ある夜、積み荷の1,400袋をめぐる確認で、監督がNYOを三回繰り返した結果、別船にあったの箱まで誤って下ろされた事件が、定着の契機になったとされる。
横浜移植期[編集]
、に勤務していた通訳官・が、港湾労務者の発声を分析し、NYOを日本語の相槌体系へ接続する研究を行った。長谷川は、NYOが「はい」と「そうです」の中間に位置することで、上下関係の強い現場でも体面を損なわずに返答できると論じた[4]。
横浜では、NYOが特に雨天時に使われたとされる。荷札が濡れて番号が読めない際、作業員は「NYOで行く」とだけ言い、現場監督もそれを了解と解釈した。この曖昧さがむしろ効率を上げたため、9年の繁忙期には、1日平均で約2,800回のNYOが記録されたというが、算出方法には異論がある[5]。
都市文化への拡散[編集]
以降、NYOは港湾から演劇、ラジオ、学生運動へと広がった。特にの喫茶店「サロン・ミネルヴァ」では、注文時にNYOを添えると、店員が苦味の強いコーヒーを出す暗黙の作法が生まれたとされる。また、の短波番組で紹介されたことから、の一部の鉄道員にも流入した。
一方で、の調査では、NYO使用者の6割が「意味を説明できないが、言いにくい反対を避けられる」と回答した。これによりNYOは、戦後都市の対人摩擦を緩和する半制度的な言語として再評価されたが、同年にが「群衆の誤解を招くおそれがある」として一部の街頭使用を注意した記録も残る。
構造と用法[編集]
NYOは通常、三拍子で発音されるが、地方ごとに長短の差がある。ニューヨーク式は第一拍を強く置き、横浜式は末尾をやや下げ、ロンドン式は語頭に息を混ぜる傾向があるとされる。音声学上は単なる略号ではなく、話者が責任を分散させるための「緩衝音」であるという説が有力である。
用法は大きく四つに分けられる。第一に、了解を示す「受理NYO」。第二に、保留を示す「置きNYO」。第三に、反対を婉曲化する「逆NYO」。第四に、説明不能な場をしのぐための「場つなぎNYO」である。なお、の民間調査では、会議でNYOを3回以上使った出席者のうち、27%が議事録の採否を翌日に先送りしていたとされる[6]。
社会的影響[編集]
NYOの普及は、都市労働の効率化だけでなく、対人関係の温度を1段階下げる文化を生んだ。とくにやでは、強い否定を避けるためにNYOが社内語として採用され、結果として会議時間が平均14分短縮されたという。もっとも、短縮された分だけ議事録の注釈が増え、秘書課の負担はむしろ増したとも言われる。
教育分野でも影響は大きく、には言語行動研究室が「NYO型応答の社会的機能」に関する公開講座を実施した。受講者の中には、修士論文の題目を三度変更した末に「NYOにおける躊躇の構文化」という、ほとんど誰も理解しない題名に落ち着いた者もいた。こうした事情から、NYOは「曖昧さを管理する技術」として評価される一方、責任回避の口実として批判も受けた。
批判と論争[編集]
NYOをめぐる最大の論争は、それが自然発生的な港湾方言であるのか、それとも研究者による意図的な社会実験であったのかという点にある。、の遺稿とされるノートが公開され、そこには「NYOは応答ではなく、遅延を制度化するための装置である」と書かれていた。ただし、筆跡が本人のものかどうかは確定していない。
また、は1980年代に、NYOが現場の異議申立てを鈍らせるとして反対声明を出した。これに対し、支持派は「否定を柔らかく運ぶための公益語」であると反論したが、討論会では両者ともNYOを多用したため、結論が出るまでに4時間19分を要したという。
派生語と文化[編集]
NYOからは多くの派生語が生まれた。たとえば、強い同意を示す、二度目の確認を意味する、沈黙を伴う拒絶を指すなどである。特にに登場した「ソフトNYO」は、で合いの手として流行し、採点機能を過剰に盛り上げたため、一部店舗では使用禁止となった。
文学にも影響し、風の短編に似た、意味ありげで中身の薄い会話体を「NYO文体」と呼ぶ評論家もいる。もっとも、本人の関与を示す資料はなく、文学館の展示ラベルに記された一文が独り歩きしただけとみる向きもある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Hastings, Robert L.『On Three-Beat Responses in Harbor Traffic』Harbor Communication Press, 1932, pp. 41-67.
- ^ 長谷川澄江「港湾労務語における三拍応答の機能」『言語実験』第14巻第2号, 1934, pp. 112-139.
- ^ Morrison, Elaine P.『Radio Noise and Dockside Speech』Columbia Maritime Studies, Vol. 8, 1935, pp. 5-29.
- ^ 国際港湾通信研究会『NYO使用実態報告書』横浜支部資料, 1938, pp. 3-18.
- ^ 田中俊一「昭和前期の都市相槌と責任回避」『社会言語学紀要』第21巻第1号, 1962, pp. 77-96.
- ^ Hastings, R. L. & Hasegawa, S.『Proceedings of the First NYO Symposium』International Dock Linguistics Review, Vol. 2, 1969, pp. 201-244.
- ^ 小野寺圭介『会議を遅らせる技術』港都出版, 1974, pp. 88-103.
- ^ Bennett, Charles A.『The Soft NYO and Its Public Reception』Journal of Urban Speech Forms, Vol. 11, No. 4, 1988, pp. 301-319.
- ^ 高梨美佐子「NYO文体の成立と崩壊」『現代語法研究』第9巻第3号, 1991, pp. 15-44.
- ^ Whitcomb, Judith『A Very Small History of NYO』Bayside Academic, 2004, pp. 1-22.
外部リンク
- 国際港湾通信研究会アーカイブ
- 横浜都市口承資料館
- NYO研究会
- 北米応答文化史センター
- サロン・ミネルヴァ文庫