Nekay
| 氏名 | 根井 朔彦 |
|---|---|
| ふりがな | ねい さくひこ |
| 生年月日 | 1912年4月3日 |
| 出生地 | 日本・神奈川県横須賀市 |
| 没年月日 | 1978年11月19日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 民俗工学者、著述家、装置設計者 |
| 活動期間 | 1934年 - 1978年 |
| 主な業績 | 猫鍵理論の体系化、Nekay式索引盤の考案 |
| 受賞歴 | 日本生活工学会特別功労賞(1969年) |
根井 朔彦(ねい さくひこ、1912年 - 1978年)は、日本の民俗工学者、記号収集家である。『猫鍵(ねこがぎ)』理論の提唱者として広く知られる[1]。
概要[編集]
根井朔彦は、昭和期に活動した日本の民俗工学者である。彼は、日用品の扱い方に潜む「音の規則性」を抽出し、それを家屋設計と記憶法に応用する独自理論を提唱した人物として知られる[1]。
Nekayという呼称は、根井が1951年に発表した論考『Nekay式生活配列論』に由来するとされる。なお、同論考は当初、横浜港周辺の倉庫管理改善に関する報告書として提出されたが、のちに家庭内の引き出し分類、さらには駅弁の並べ方にまで適用範囲が拡張された[2]。
一方で、彼の名声は学界よりも先に職人層へ浸透したとされる。特に東京都台東区の金物店や、愛知県名古屋市の木工所では、Nekay式という語が「妙に手間がかかるが、やると収まりが良い方式」の代名詞として使われたという[要出典]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
根井朔彦は1912年、神奈川県横須賀市の旧軍港に近い長屋街で生まれた。父・根井藤作は船具修理を生業とし、母・とみは銭湯の帳場を手伝っていた。朔彦は幼少期から、釘箱の並び、湯桶の取っ手の向き、包丁の刃渡りの違いを細かく記録していたとされる。
1920年頃には、近所の子どもたちが捨てた木片やガラス瓶のふたに独自の符号を刻み、それを「帰宅順」と「天候」を同時に示す記号として遊んでいたという。後年の回想録では、彼はこれを「台所と防波堤のあいだにある微小な秩序」と呼んだ。
1928年、神奈川県立第二中学校に進学し、数学よりも図画、地理、修身の成績が高かった。とくに地理では、港湾倉庫の搬入動線を模写した答案が教師に評価され、答案用紙の余白に「整理癖が常人より2段階深い」と書かれた逸話が残る。
青年期[編集]
1931年、根井は東京高等工業学校の夜間講習に参加し、金属加工の基礎と図面記号を学んだ。ここで指導した渡辺精一郎講師は、のちに彼を「棚と引き出しに対する執着が異常なほど精密な男」と評したと伝えられる。
同時期、彼は浅草の下宿で共同生活を送りながら、住人ごとの茶碗の置き場所が毎週ずれることに着目した。彼はこの現象を「生活摩擦」と命名し、1934年に同人誌『配列』へ投稿した短文で初めて公表した。この投稿が、のちにNekayの原型とされる。
1936年には日本民具研究会の集会で、味噌樽の蓋を回転させて湿度変化を読む装置を披露した。装置は実用性に乏しかったが、会場の民俗学研究者らの一部に強い印象を与え、以後、根井は「装置の人」として小さな名を得た。
活動期[編集]
1940年、根井は大日本産業協会の嘱託として、倉庫内での箱詰め順序を最適化する調査に従事した。彼が作成した「Nekay索引盤」は、直径42センチの円盤に128の刻みを持ち、品目・湿気・取扱者の癖を同時に記録できるとされた[3]。
1947年には、戦後の資材不足を背景に、紙箱の再利用法をまとめた『再生紙器の順列学』を刊行した。著書では、穴の開いた茶封筒を「最小単位の秩序媒体」と呼び、都内の神田の事務用品店で一時的な品切れが起きたとされる[要出典]。
1951年、最重要論文とされる『Nekay式生活配列論』を東洋整理学会誌に発表した。ここで彼は、家庭内の物品配置を「視覚効率」「手触り損失」「来客時の言い訳しやすさ」の3軸で評価する方法を示し、以後の日本の収納文化に妙な影響を与えた。なお、論文中の図版7は、なぜか京都府の寺院庭園の石組みを模した配置図になっていた。
1963年には、通商産業省の生活改善委員として招かれ、地方の公民館で講演を重ねた。最盛期には年間83回の講演を行い、講演後には必ず「棚の奥行きは人格である」と書かれた栞を配布したという。
晩年と死去[編集]
1970年代に入ると、根井は持病の関節炎により大規模な装置制作から退いたが、代わって手帳への記述量が増えた。手帳には、港区の喫茶店のシュガーポットの位置、上野の博物館ロッカーの鍵の向き、新宿の百貨店で見た包装紙の折り目などが克明に記録されている。
1978年11月19日、根井は東京都内の自宅で死去した。享年66。死因は肺炎とされるが、同時に「最後まで引き出しの奥行きを測っていた」との証言もあり、伝記作家のあいだでは象徴的記述として引用されることが多い。
死後、遺品の中から未発表原稿『猫鍵晩年録』が発見された。そこには「分類とは、忘れるために覚える技術である」と記されていたとされ、1979年の追悼会では参加者の半数が意味を理解しないまま涙したという。
人物[編集]
根井は几帳面で寡黙な人物として描かれることが多いが、実際には奇妙に社交的な一面もあった。彼は初対面の相手に必ず「あなたの家では傘はどこに立てるか」と尋ね、その答えから生活習慣を推理したという。
また、彼は講演の前に必ず3分間だけ舞台袖で目を閉じ、手のひらで空間を測る癖があった。弟子の一人はこれを「根井式の無音準備」と呼んだが、本人は「耳を使わずに部屋を聞く」と説明していた。
逸話として有名なのは、1958年に大阪市の文具商組合で、彼が27種類の鉛筆削りを同じ机上に並べ、削り屑の落ち方だけで「人間関係の摩擦係数」を示したとされる事件である。もっとも、記録写真では鉛筆削りの一部が同じ製品に見えるため、後年に誇張の可能性が指摘されている。
業績・作品[編集]
根井の業績は、学術論文と実務的提案のあいだに位置するものが多い。代表作『Nekay式生活配列論』は、家庭・工場・学校のいずれにも適用可能な配置理論を掲げ、のちに住宅設備協会の標準資料に一部引用された。
ほかに、『棚板の音響学』『包丁とラベルの相関』『引き出し奥行きの倫理』など、題名だけでは内容の想像がつきにくい小冊子を多数残した。これらは合計で31篇あり、うち9篇は表紙に印刷所のミスで同じ版下が使われたという。
また、彼が考案した「Nekay式索引盤」は、1960年代の役所文書整理に利用されたとされる。円盤を回転させることで書類の保管場所が瞬時にわかる仕組みであったが、操作に慣れるまで2週間を要したため、普及率は限定的であった。とはいえ、地方自治体の一部では1980年代まで模倣品が使われたという。
後世の評価[編集]
根井朔彦の評価は、専門分野によって大きく異なる。民俗工学の分野では、日常生活を定量化した先駆者として再評価が進み、2011年には国立科学博物館の企画展「暮らしを測る人びと」で資料が展示された。
一方で、整理収納業界では、彼の理論が過剰に神秘化されたことへの反発もある。とくに「棚は人格である」という言葉が独り歩きし、実際には単なる講演用の比喩だったのではないか、との指摘がある[要出典]。しかし、逆にその曖昧さこそがNekayの魅力であるともされる。
2019年には、神奈川県立近代文学館で小規模な回顧展示が行われ、来場者4,280人を記録した。展示監修者は「根井は学者というより、生活の中に潜む秩序を発見した演出家だった」と述べている。なお、同展示の出口には、なぜか来場者が自宅の引き出しを思い出してしまうというアンケート結果が掲示された。
系譜・家族[編集]
父の藤作は横須賀の船具職人、母のとみは帳場兼炊事係であった。兄弟は姉が1人、弟が2人いたとされるが、家族写真の保存状態が悪く、詳細は一部不明である。
1938年に、根井は千葉県出身の小学校教員、根井キヨと結婚した。キヨは根井の研究に批判的であり、家では彼の索引盤を「回る鍋敷き」と呼んでいたという。2人のあいだには長男・根井実、長女・根井蘭子の2人が生まれた。
孫の代では学術的後継は出なかったが、実の次男の家系からは文具商、木工職人、図書館司書が出たとされる。根井家の一族は現在も神奈川県内に散在しているが、Nekay式の用語を家庭内で使うかどうかは世代によって差が大きい。
脚注[編集]
[1] 根井朔彦『猫鍵理論序説』生活文化出版社, 1962年. [2] 佐伯道夫『港湾倉庫と配列の民俗史』東洋書林, 1981年. [3] Margaret A. Thornton, "Rotary Indexing in Postwar Japan", Journal of Applied Folk Engineering, Vol. 14, No. 2, pp. 41-68, 1970. [4] 渡辺精一郎『図面記号の社会的転用』工業資料社, 1954年. [5] 本多千賀子『引き出しの倫理学』新潮実用選書, 1995年. [6] S. H. Caldwell, "Domestic Metrics and the Nekay School", Cambridge Papers on Material Culture, Vol. 3, No. 1, pp. 9-27, 1972. [7] 根井朔彦『Nekay式生活配列論』東洋整理学会誌, 第8巻第4号, pp. 112-149, 1951年. [8] 山田紘一『棚板の音響学とその周辺』国土整理研究会, 1976年. [9] 小林えみ『戦後生活改善と記号設計』みすず書房, 2008年. [10] E. R. Wallace, "Why Drawers Matter", The Quarterly Review of Everyday Systems, Vol. 22, No. 4, pp. 201-223, 1987年.
脚注
- ^ 根井朔彦『猫鍵理論序説』生活文化出版社, 1962年.
- ^ 佐伯道夫『港湾倉庫と配列の民俗史』東洋書林, 1981年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Rotary Indexing in Postwar Japan", Journal of Applied Folk Engineering, Vol. 14, No. 2, pp. 41-68, 1970.
- ^ 渡辺精一郎『図面記号の社会的転用』工業資料社, 1954年.
- ^ 本多千賀子『引き出しの倫理学』新潮実用選書, 1995年.
- ^ S. H. Caldwell, "Domestic Metrics and the Nekay School", Cambridge Papers on Material Culture, Vol. 3, No. 1, pp. 9-27, 1972.
- ^ 根井朔彦『Nekay式生活配列論』東洋整理学会誌, 第8巻第4号, pp. 112-149, 1951年.
- ^ 山田紘一『棚板の音響学とその周辺』国土整理研究会, 1976年.
- ^ 小林えみ『戦後生活改善と記号設計』みすず書房, 2008年.
- ^ E. R. Wallace, "Why Drawers Matter", The Quarterly Review of Everyday Systems, Vol. 22, No. 4, pp. 201-223, 1987年.
外部リンク
- Nekay文庫アーカイブ
- 東洋整理学会デジタル年報
- 神奈川生活工学資料館
- 猫鍵理論研究会
- 生活配列史オンライン