U-1グランプリ
| 正式名称 | U-1グランプリ |
|---|---|
| 英語表記 | U-1 Grand Prix |
| 通称 | U-1 |
| 初回開催 | 1998年 |
| 開催地 | 東京都港区・品川区ほか |
| 主催 | U-1グランプリ運営委員会 |
| 競技形式 | 単独実演・展示・即応審査 |
| 参加部門 | 演芸、設営、資料作成、危機対応 |
| 最多出場者 | 桐生ユウジ(12回) |
| 標語 | 一人で、どこまでやれるか |
U-1グランプリ(ゆーわんぐらんぷり、英: U-1 Grand Prix)は、内で発祥したとされる、若手演者・技術者・企画者が「単独でどこまで会場を成立させられるか」を競う総合実演競技である[1]。後半にの小劇場文化と企業の展示会文化が交差する中で制度化されたとされ、現在ではを中心に年1回開催されている。
概要[編集]
U-1グランプリは、個人が持つ企画力、現場対応力、話術、そして些細なトラブルを「演出」に変える能力を評価する大会である。一般には若手クリエイターの登竜門として知られているが、実際にはの省力化競争との即興文化が混ざり合って成立した特殊な催事である。
名称の「U-1」は当初、の仮設会場で使われた控え室番号に由来するとされるが、後年になって「Under one roof」「Unit-1」など複数の語源説が付与された。なお、運営側はこれらをいずれも否定も肯定もしていない[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、のレンタルスペースで行われた「ひとり企画会議」にさかのぼるとされる。これは、イベント制作会社の若手社員であったが、急遽3名分の仕事を1人で引き受けた際、打ち合わせの合間にマイクを持って自分の段取りを説明したことが評判となり、社内で「一人で全部説明できる者は強い」とされたことが発端である。
翌にはの貸しホールで試験的な「U-1審査会」が行われ、来場者数はわずか38名であったが、退場時の満足度アンケートが異様に高かったため、翌年から年次化された。初回は記録係が不在で、優勝者の得点がレシートの裏に鉛筆で書かれていたという。
制度化と拡大[編集]
の第1回大会では、の倉庫を改装した会場において、演芸、設営、資料、保全の4部門が設けられた。とりわけ「資料部門」は、3分間で配布資料を作成し、そのまま来場者に説明するという無茶な形式であったが、これが後のU-1らしさを決定づけたとされる。
には所管の外郭団体が後援に回ったとされるが、実際には名義のみで、会場搬入時の台車の貸与が最大の支援だったとの証言もある[要出典]。この頃から企業研修への応用が進み、の大手広告会社やの物流企業が社内選抜を導入したことで、競技人口は急増した。
全国化と分裂[編集]
に入ると、地方大会がで相次いで開かれ、地域ごとに評価基準が微妙に異なるようになった。特にでは「設営の丁寧さ」より「撤収の速さ」が重視される傾向があり、これが本大会との軋轢を生んだ。
には運営委員会内部で、U-1を「競技」とみなす派と「共同作業訓練」とみなす派が対立し、一時は大会名称を「U-1実演総選挙」に改称する案まで出た。しかし、会議が8時間を超えた末に全員が弁当の発注ミスを忘れており、翌年も同じ名称のまま継続された。
競技形式[編集]
U-1グランプリの基本は、参加者1名が所定時間内に課題を完遂し、審査員5名が「完成度」「即応性」「説明力」「机上の整頓」「帰り際の印象」を各20点満点で採点する方式である。総得点100点満点だが、会場の片付けを手伝った場合には0.5点が加算されるため、最終順位がしばしば小数点以下でひっくり返る。
課題は大会ごとに異なるが、代表的なものとして、15分で架空商品の販促資料を作る「企画」、音響トラブルを説明しながら解決する「保全」、観客の一人を巻き込んで成立させる「対話」などがある。なかでも「無音部門」は、マイクが使えない状態で3分間場を保つ種目で、のような広い会場ほど難度が上がるとされる。
なお、2012年から導入された「遅延ボーナス」は、開始時刻に10分遅れた参加者が、遅れた理由を会場の空気を壊さずに説明できた場合に与えられる制度である。制度設計者のは「現実の現場では遅刻そのものより、遅刻の説明が長いほうが問題である」と述べたという。
主な名場面[編集]
桐生ユウジの三台同時進行[編集]
決勝で桐生ユウジは、壊れたプロジェクター、鳴り続ける携帯電話、未完成の台本という三つの問題を同時に処理し、最後にそれらを「本日の演出意図でした」とまとめ上げたことで優勝した。この回は審査員の1人が笑いをこらえきれず採点を中断したため、後年まで「笑いの停止を含めて芸術」と語られている。
白石みどりの撤収芸[編集]
の準決勝では、白石みどりが終了1分前に全備品を段ボールへ収め、なおかつ観客に名刺を配り切ったため、会場の動線が逆に美しいと評された。彼女はのちにへ転職し、U-1で培った梱包技術が社内標準になったと伝えられる。
無音の奇跡[編集]
の「無音部門」では、参加者の1人が停電を機に会場の非常灯だけでプレゼンを続行し、結果的に照明が弱いほど内容が真剣に聞こえるという理論を証明した。審査員席ではの防災担当者がメモを取り続け、後日、区の避難訓練資料にこの手法が一部採用されたともいう。
社会的影響[編集]
U-1グランプリは、における「一人でできる範囲」の再定義に影響を与えたとされる。特にやでは、採用面接で「予期せぬ機材故障への対応」を問う質問が増え、これは事実上のU-1化であると批判された。
一方で、地方自治体が主催する防災訓練や商店街の夏祭りにおいて、参加者が役割を兼務することを肯定的に捉える風潮も生まれた。『』誌は2018年、U-1型の運営が「小規模イベントの黒字率を平均で12.4%押し上げた」と報じたが、調査対象に大会運営委員が含まれていたため、数字の扱いには注意が必要である[3]。
また、インターネット上では「U-1できる」という動詞的用法が広まり、ひとつの業務を説明・実施・撤収まで単独で完結させることを意味する俗語となった。なお、この語義は内の会議室文化に由来するという説が有力であるが、神奈川県のコピー機メーカーが最初に使ったとする異説もあり、決着していない。
批判と論争[編集]
U-1グランプリには、もともと「人手不足の美化ではないか」という批判がつきまとう。特にの観点からは、1人で複数工程をこなすことを称賛する文化が、長時間労働を正当化しかねないとの指摘がある。
これに対し運営側は、「本大会は根性を競うものではなく、むしろ段取りの可視化である」と説明している。ただし、第7回大会で優勝したが、直後に3日間寝込んだことが報じられた際、説明がかえって説得力を失ったとも言われる。
さらに2019年には、審査基準の「帰り際の印象」をめぐり、会場の出口で握手を求める参加者が増えすぎて渋滞が発生した。これを受け、翌年からは「退出速度」が評価項目に追加されたが、今度は皆が速く帰ろうとしすぎて、閉場後に審査会だけが残る事態となった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 桐生隆一『単独実演の技法と会場倫理』U-1出版部, 2006.
- ^ 三好一恵「遅延ボーナス制度の運用実態」『イベント研究』Vol.18, No.3, pp.44-59, 2013.
- ^ 白石みどり『撤収は芸である』港区文化研究会, 2011.
- ^ H. Nakamura, "The Spatial Politics of Solo Performance Contests," Journal of Urban Event Studies, Vol.7, No.2, pp.101-126, 2015.
- ^ 森下晴彦「一人会場の限界点」『現代労務と演出』第12巻第1号, pp.7-21, 2019.
- ^ A. Thornton, "Under One Roof and Under Pressure: Japan’s U-1 Culture," Asian Performance Review, Vol.9, No.4, pp.211-233, 2018.
- ^ 『U-1グランプリ公式記録集1998-2008』U-1グランプリ運営委員会, 2009.
- ^ 佐伯京子『防災訓練における演出性の研究』中央防災出版社, 2016.
- ^ M. Bell, "Receipt-Back Scoring in Amateur Competition," Proceedings of the 12th International Conference on Improvised Metrics, pp.55-68, 2020.
- ^ 渡辺精一郎「会議室文化と単独作業の近代史」『都市文化史紀要』第4巻第2号, pp.88-97, 2004.
外部リンク
- U-1グランプリ公式記録アーカイブ
- 港区イベント文化資料室
- 単独実演研究ネットワーク
- 会場設営と撤収の民俗学
- U-1グランプリ地方大会連絡協議会