山辺 夕貴
| 氏名 | 山辺 夕貴 |
|---|---|
| ふりがな | やまべ ゆうき |
| 生年月日 | 1958年4月12日 |
| 出生地 | 東京都杉並区 |
| 没年月日 | 2014年9月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 企画芸術家、タイムコード設計者、文筆家 |
| 活動期間 | 1980年 - 2014年 |
| 主な業績 | YUTArn⇄TOMOrROwの設計、可逆式年表法の提唱 |
| 受賞歴 | 日本時間文化賞、東京現代企画賞 |
山辺 夕貴(やまべ ゆうき、 - )は、の企画芸術家、タイムコード設計者である。後年に結成されたユニットの発案者として広く知られる[1]。
概要[編集]
山辺 夕貴は、を拠点に活動した日本の企画芸術家である。末からにかけて、往年の演劇・音楽・都市計画を接続する独自の「可逆式時系列設計」を提唱し、後にユニットの中核人物として知られるようになった。
同名のユニットは、山辺が主宰した実験的な複合芸術体であり、未来から過去へ資料を送るという体裁の上演、逆再生譜面、可変表記のポスターなどで注目を集めた。なお、本人は一貫して「ユニットは人ではなく、時間の受け皿である」と述べたとされる[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
山辺は、の阿佐谷北に生まれる。父は沿線で写真製版工場を営み、母は区立図書館の児童閲覧室に勤めていたとされる。幼少期から切符の裏面や貸出票の番号配置に強い関心を示し、近所では「数字を並べ替えて遊ぶ子」として知られていた。
小学4年の頃、の古書店で入手した破損した時刻表に赤鉛筆で独自の符号を加えたことが、後年の可逆式表記の萌芽になったという。本人はのちに「未来の路線図は、過去の駅名からしか描けない」と記しているが、この言葉の真偽は定かでない。
青年期[編集]
に進学後、山辺は演劇研究会と写真部を兼部し、文化祭では『三分で巻き戻る都市』という展示を制作した。これは、来場者が回るたびに展示物の年代表示が1年ずつ前へ戻る仕掛けで、担当教員からは「説明不足だが異様に完成している」と評された。
に造形学部へ進み、在学中はの影響を受けたと自称していたが、実際には大学近くの印刷所で働いていた職工たちの手作業に強く惹かれていたとみられる。2年次には卒業制作の代わりに、12枚の透明フィルムを重ねて閲覧順を変える作品『可読する夕方』を提出し、教授会で審査不能とされた[3]。
活動期[編集]
、山辺はの小劇場「シアター青錐」で、演出助手と記録係を兼ねた仕事を始める。この頃、稽古場の黒板に日付を逆順で書く癖があったことから、関係者の間で「山辺のカレンダーは2週間先に戻る」と言われた。
には、未来の公演案内を過去の新聞紙面へ差し込むという宣伝手法を採用し、これがのちのYUTArn⇄TOMOrROw初期版の原型になったとされる。なお、の夏にはの催事室で試験上演を行い、来場者183名のうち27名が「開演前にすでに終演感がある」と回答したという調査結果が残る。
、山辺は雑誌『都市の余白』において、YUTArn⇄TOMOrROwを「人員固定型ではなく、年号の接続に応じて構成員が変わる可変ユニット」と定義した。これ以降、音響、舞台美術、記録編集の専門家が毎年入れ替わる方式が採られ、最大時にはが在籍したが、同じ人物が別名義で2役を務めていた疑いもある[4]。
晩年と死去[編集]
以降、山辺はやでの巡回展示を中心に活動し、晩年は「完成しない年譜」の執筆に没頭した。2012年には自宅書斎の壁一面を使った『未着手の2015年』を発表し、完成済みなのは「展示票の文体のみ」であったとされる。
、山辺はの病院で、で死去した。死因は心不全と伝えられるが、関係者の一部は「最終稿に入るために本人が時間を折り返した」と冗談交じりに語ったという。葬儀では、遺影の横に30秒ごとに裏返る砂時計が置かれ、会葬者の一部が時刻を見失ったとされる。
人物[編集]
山辺は寡黙であったが、必要な場面では妙に細かく、会議の議事録に「議題3の補足として、呼吸は左から数える」と書き込むなどの逸話が残る。部下への指示は厳密であった一方、差し入れの菓子は必ず奇数個にする配慮があったという。
また、服装は常に灰色を基調としながら、ポケットの内側だけ鮮やかな橙色の布で仕立てさせていた。これは「外部から見えない未来が必要である」という持論によるもので、本人の美学を象徴するものとしてしばしば引用される。
人付き合いでは、約束の時刻より9分早く到着することを信条としていたが、打ち合わせの終了時刻は必ず「未定」と記した。関係者の間では、この姿勢を「山辺式保留」と呼ぶこともあった。
業績・作品[編集]
YUTArn⇄TOMOrROw[編集]
YUTArn⇄TOMOrROwは、山辺が頃から組織した複合芸術ユニットである。名称は、英字の大小文字、矢印、そして読みにくい語感を意図的に混在させたもので、山辺自身は「今日と明日を同じ棚に置くための綴り」と説明したという。
代表作『Tomorrow Reversed, Again』では、会場に入った観客が出口側から入場させられる構造が採用され、受付で配られたパンフレットは最後のページから読ませる形式であった。公演後、区内の清掃委託業者が「通常のゴミより先に、翌日の予告が大量に出てきた」と証言したことから話題になった[5]。
可逆式年表法[編集]
可逆式年表法は、山辺が提唱した資料整理法で、年表を左から右へ進めるのではなく、展示期間の終端から起点へ向けて再配置する方法である。これにより、利用者は結末を先に知ったうえで起源へ戻る構造を経験することになる。
にの小展示で試験導入され、来場者アンケートでは「理解度は低いが記憶に残る」が82%を占めた。美術史家の間では、これは記録の保全というより、記録の忘却速度を遅らせる技術であったと評されることがある。
主要な公演・刊行物[編集]
『第七折返し都市論』()は、都市の中心部ではなく「帰宅途中の角地」に価値が宿ると論じたエッセイ集である。文中にはの地下通路、の港湾倉庫、の古書店街が反復的に登場し、半ば散文、半ば設計図のような体裁をなしていた。
『未発送のプログラムノート』は、実際には公演本編が存在しない案内文のみを束ねた作品で、の展示では来館者の約3割が「内容を見た気がする」と回答した。なお、山辺はこれを「鑑賞の最短経路」と呼んだが、批評家の一部は単なる未完と見なした。
後世の評価[編集]
山辺の評価は、生前から、、の3領域にまたがって分岐していた。演劇関係者は上演技法を、デザイナーは表記法を、研究者は時間論として受け止める傾向があり、結果として同一人物の業績が3つの文脈で別々に保存される事態となった。
にはの講義でYUTArn⇄TOMOrROwが取り上げられ、受講生の提出物のうち14本が「提出日を未来にずらす」という模倣を行ったため、教務課が注意文を出した。もっとも、近年ではの黎明期を考えるうえで欠かせない存在とされ、特に可逆式年表法はアーカイブ研究に小さくない影響を与えたと評価されている。
一方で、山辺の資料には本人確認の難しい断片が多く、初期の公演記録は参加者の記憶に依存している部分が大きい。研究者の中には、山辺という個人像そのものが、複数の制作集団が共有した仮名であった可能性を指摘する者もいる[6]。
系譜・家族[編集]
山辺家は下町の印刷・流通に関わる家系であったとされ、祖父の山辺 勝吉は戦前に活版印刷所を営んでいた。父の山辺 恒一は写真製版工場に勤め、母の山辺 千代は図書館職員として地域の児童文化活動に関わった。
本人は結婚歴を公にしていないが、晩年の手帳には「共同生活者」に関する記述が散見される。弟の山辺 透が舞台機構の制作に関わったという証言がある一方、同名別人である可能性も否定できないとされる。
なお、山辺の遺族はに小規模な資料整理会を開き、未公表のスケッチブック27冊をへ寄贈した。そこには、家系図の分岐の先に「2029年の親族」という欄があり、展示担当者を困惑させたという。
脚注[編集]
[1] 山辺夕貴記念資料室編『可逆する名前の周辺』、2018年。 [2] 『都市の余白』第12号、私家版、1991年、pp. 14-18。 [3] 多摩美術大学造形学部演習記録委員会『1977年度 卒業制作審査抄録』、1981年、pp. 233-235。 [4] 田所真琴「可変ユニットの人員構成と匿名性」『現代企画研究』Vol. 8, No. 2, 2009, pp. 41-60. [5] 渋谷区文化振興課『催事室利用報告書 1986年夏季版』、1987年、pp. 9-12。 [6] Margaret L. Henson, "Reversible Chronologies in Japanese Performance Art", Journal of Speculative Archival Studies, Vol. 4, No. 1, 2021, pp. 77-101.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山辺夕貴記念資料室編『可逆する名前の周辺』私家版, 2018.
- ^ 田所真琴『可変ユニットの人員構成と匿名性』現代企画研究 第8巻第2号, 2009, pp. 41-60.
- ^ 渋谷区文化振興課『催事室利用報告書 1986年夏季版』渋谷区役所, 1987, pp. 9-12.
- ^ 多摩美術大学造形学部演習記録委員会『1977年度 卒業制作審査抄録』多摩美術大学出版会, 1981, pp. 233-235.
- ^ Henson, Margaret L. "Reversible Chronologies in Japanese Performance Art" Journal of Speculative Archival Studies, Vol. 4, No. 1, 2021, pp. 77-101.
- ^ 小泉瑞穂『折返し都市の記憶術』青錐書房, 2006.
- ^ 藤堂一成『未発送のプログラムノート』美術資料通信社, 2004.
- ^ Kobayashi, Eric T. "Temporal Typography and Civic Memory" The New Kyoto Review, Vol. 11, No. 3, 2015, pp. 112-139.
- ^ 山辺透監修『山辺家資料目録 1』世田谷文学館, 2016.
- ^ 新谷仁美『時間を折る人々』港北出版, 2022.
- ^ Watanabe, Claire M. "Performing the Reverse Future" Proceedings of the East Asian Arts Symposium, Vol. 6, 2019, pp. 5-28.
外部リンク
- 山辺夕貴アーカイブ研究会
- YUTArn⇄TOMOrROw資料保存委員会
- 東京可逆芸術センター
- 世田谷時間文化図書室
- 日本企画芸術学会