doudesyou vs あまりす
| 分野 | ネットミーム論・言語行動学(架空) |
|---|---|
| 成立時期(推定) | 〜頃 |
| 中心媒体 | 画像掲示板と短文掲示板(当時) |
| 構文の型 | 対置(A vs B)+軽い断定+一文ツッコミ |
| 主要な舞台 | 周辺のオフ会、のち全国的拡散 |
| 研究上の位置づけ | 応答の速度が“勝敗”に見える形式 |
| 関連概念 | スレッド・レイテンシー、言質コスト(架空) |
『doudesyou vs あまりす』(どうでしょ ばい あまりす)は、SNS上で断続的に流通したとされる「言葉遊びを装った反論連鎖」の系譜である。語感の似た二語を対置する形式が特徴で、ネット文化研究の一部では「応答衝突型ミーム」とも呼ばれている[1]。
概要[編集]
『doudesyou vs あまりす』は、「doudesyou」と「あまりす」という二つの音のまとまりを対置し、どちらが“正しい理解”を先に獲得するかを競う遊戯形式として説明されている[1]。形式だけを見ると単なる口論の煽り文句にも見えるが、実際には返信のタイミングや語尾の選び方が模倣されるため、言語行動の記録媒体として扱われることがある。
成立経緯については複数の説がある。最もよく引用されるのは、に内の「同人系掲示板運用者」が、英語圏の “doubt” 系スラングを日本語風に誤読した結果、「doudesyou」という音が独立した、というものである[2]。一方で、対になる「ぼやき・余韻」側として「あまりす」が選ばれたのは、音韻が“反論のリズム”に乗りやすかったためだとされる[3]。
このミームは短期に流行し、その後「対置の台詞だけが残る」形で再燃を繰り返した。そのため、言葉自体の意味というより、応答の仕方が評価される“手続き”として定着した点が特徴である。
語と構文の特徴[編集]
語の特徴として、「doudesyou」は“疑い”の雰囲気を帯びつつ、最終的な断定を含む曖昧表現として機能するとされる[4]。一方の「あまりす」は、意味が固定されにくいが語尾が柔らかく、相手の言質を奪いにくい“受け身の攻撃”として説明されている[5]。このため両者は、意味ではなく場の温度を操作する対になると考えられている。
構文は概ね次の型に整理される。まず「doudesyou vs あまりす」と掲げ、続けて「〜じゃないですか?」「〜では?」のような軽い問いを一文だけ加える。その直後に第三者が割り込み、「いや、むしろ〜だから」と論点を一段だけズラす。ズラし方が独特で、細い強調語(例:「まじ」「たぶん」「たしかに」など)が入ると勝率が上がる、と当時のログ解析が述べている[6]。
また、応答衝突型ミームとして特徴的なのは、速度が暗黙の得点になる点である。研究ノートでは、平均返信間隔が以内のとき、対置の再掲率が上昇したと報告されている[7]。ただし、この数値は後年の再集計であり、当時の“手動スクロール速度”も混入していた可能性があるとして、注釈付きで扱われている[8]。
歴史[編集]
起源:誤読から「対立台本」へ[編集]
『doudesyou vs あまりす』の起源は、音の誤読が連鎖して台本化した過程に求められるとされる。ある資料では、末にの小規模サーバで「英語風の短文タグ」を試す文化があり、そのタグの読みをめぐって「doudesyou」の綴りが勝手に生まれたと書かれている[9]。ここで重要なのは、意味の再解釈よりも、見た目の“それっぽさ”が模倣を促した点である。
対になる「あまりす」は、同時期に流行した“余韻ツッコミ”の常套句として整備された。掲示板管理者の一人が、相手の文を論破するのではなく「言い切らない形で攻める」ことで荒れにくいと主張し、例文集を配布したとされる[10]。その例文の最後に自然に置けた語感が「あまりす」だったため、対置の半分が固まっていったという。
この段階では、両語はまだ勝敗を決める道具ではなかったと推定される。ところがオフ会が始まり、会場で即興に当てはめる“朗読遊び”が人気になったことで、次第に「早く正しく言える方が勝ち」というゲーム性が後から付与されたと説明されている[11]。
拡散:秋葉原ログと「匿名審判」制度[編集]
拡散期には、の周辺で開催された“掲示板互助会”の記録が決定的だったとされる。互助会はに「匿名審判制度」を導入し、投稿者が対置を貼った直後に、別の参加者が「勝った/負けた」をスタンプで返す運用を行ったという[12]。この制度により、言葉の優劣が数値化され、ミームは一気に“研究対象”めいた雰囲気を帯びた。
ただしこの時期、数字が一人歩きした。ある議事録風のまとめでは、優勝者の平均返信間隔が、敗者は平均と記されている[13]。一方で、同じ資料は「スタンプ回収は途中で遅延が発生した」とも注記しており、数値は厳密には比較できない可能性が指摘されている[14]。それでも「勝敗の条件が見える」ことが拡散を後押ししたと考えられている。
また、あまりす側の定番ツッコミとして「結局、言い切れないのが本質ですよね」が固定化し、doudesyou側は「その疑いは成立してる?」の形に寄っていった。語の意味は揺れても、型の反復だけが生き残ったため、言語学的には“表層テンプレート化”と見なす研究者もいる[15]。
社会的影響:議論の“礼儀”が先鋭化[編集]
『doudesyou vs あまりす』が社会に与えた影響は、議論の礼儀が細分化した点にあるとされる。従来、掲示板では「言い方が荒い」ことが主な問題視されたが、このミームの普及後は「反論の語尾が硬いか」「問いが二文に増えていないか」といった“手続き”が礼儀の基準になったと報告されている[16]。
一方で、教育現場の比喩として取り込まれた事例もある。の外郭であるとされる「デジタル対話技法研究会(架空)」が、授業用ワークシートに“対置式応答”を載せたとされる[17]。ただし、ワークシートの配布数はとされる一方、配布先が「実在しない地区学習センター」と重なっており、資料の真贋が議論されたという[18]。
さらに、論争としては「速度が勝つと議論が浅くなる」という批判が早期からあった。そこで制度側は、勝敗スタンプの代わりに“要約スタンプ”を提案したが、結局ミームは残り、皮肉にも「要約の短さ」が新たな勝敗条件になっていったとされる[19]。
批判と論争[編集]
主な批判は、「対置が対立の正当化として機能し、相互理解を阻む」という点にある。とりわけ、doudesyou側の“疑い”が、実際には相手の努力を否定する合図として働く場合があることが指摘されている[20]。そのため、ミームの運用マニュアルが出回るにつれて、逆に荒れ方が標準化してしまったという評価もある。
また、運営系の論争として、匿名審判制度が問題視された。公式ガイドのように見える文章が拡散し、「勝敗判定は第三者の感情を反映するため統計的に無意味」と結論づけられたという[21]。しかし同時に、その結論を出した当該ガイド自体が“実測値”を掲載しており、読者からは「無意味って言いながら数字出してくるのズルい」という反応が多かったと記録されている[22]。
なお、最も有名な論争は「意味がないのに意味っぽく強い」という指摘である。実際、ある投稿者は「この対置は翻訳できないのに、なぜか論破した気になれる」と書いたとされる[23]。この主張に対し、支持派は「翻訳できないからこそ、場の温度調整に使える」と反論したと記録されている[24]。結果として、ミームは“議論の道具”から“感情の調律”へと位置づけが変わっていった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 古市レンジ『応答衝突型ミームの記号論—『A vs B』形式の暗黙ルール』電子通信研究所, 2012.
- ^ Dr. S. Kurokawa『Latency as Social Score in Micro-Argument Chains』Vol. 18 No. 4, Journal of Informal Linguistics, 2011, pp. 77-95.
- ^ 山根ミナト『掲示板儀礼としての語尾最適化』東京大学出版会, 2014.
- ^ 伊東ソラ『誤読から生まれる擬似英語タグ:doudesyou 系の系譜』言語文化資料館紀要, 第3巻第2号, 2010, pp. 31-54.
- ^ P. Rahman『Soft Attacks and Hard Replies: The “Amaris” Endings』Vol. 6 No. 1, Proceedings of Net Pragmatics, 2013, pp. 1-22.
- ^ 藤宮ユイ『オフ会がミームを制度化する—秋葉原ログの匿名審判』明鏡社, 2015.
- ^ 佐久間カナ『要約スタンプの逆説:勝敗から理解へ(のつもり)』第9巻第7号, 社会計算批評, 2016, pp. 201-223.
- ^ 北条ユウト『荒れ方の標準化と“礼儀の細分化”』国際対話学会誌, 2018, pp. 55-81.
- ^ M. Hasegawa『Digital Dialogue Workshops: A Case Study of a Nonexistent District Center』Vol. 2 No. 9, Teaching & Play Journal, 2017, pp. 9-17.
- ^ 松原トモ『対立台本の残骸—意味の消失と勝利の残り香』青藍書房, 2020.
外部リンク
- ミームアーカイブ倉庫
- 掲示板儀礼データベース
- 言語行動学サンプルログ
- 秋葉原オフ会史(非公式)
- ネットミーム検証室