h-ネトラレリウム
| 分類 | 心理工学、没入型視聴装置 |
|---|---|
| 発案 | 1974年頃 |
| 初期開発地 | 東京都世田谷区 |
| 主な提唱者 | 北条 恒一郎、M. E. Hartwell |
| 目的 | 感情代入の測定と増幅 |
| 主要機構 | 位相音響、視線分離、擬似共感回路 |
| 標準規格 | HNR-3型 |
| 関連組織 | 日本感情工学会 |
h-ネトラレリウムは、とを接続するために設計された、没入型の感情観測装置である。もともとはにで始まった私設実験が起源とされ、のちに周辺の研究者らによって体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
h-ネトラレリウムは、対象人物の視点を借用しつつ、第三者的な嫉妬・追体験・置換感を計測することを目的とした装置群の総称である。名称の「h」はではなく、開発初期に用いられた線解析の略であると説明されることが多いが、文献によっては由来とする説もあり、定説はない。
この装置は、単なる映像装置ではなく、の後に流行した「体験の共有」をめぐる社会的関心の中で成立したとされる。特に49年の冬に、世田谷区内の貸しスタジオで行われた非公開デモが、後年の研究者たちによって「感情工学の原初事例」と呼ばれるようになった[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初期のh-ネトラレリウムは、がの旧電算室で試作した「視点反転箱」に遡るとされる。北条は当初、演劇の観客が他人の心情をどの程度まで保持できるかを測定していたが、にの試写会で、被験者32名のうち27名が「視線を奪われる感覚」を訴えたことで、装置の方向性が決定したという。
一方で、米国側の資料ではというニューヨークの臨床心理学者が独立に同種装置を開発していたとされる。ただし、Hartwellの残したとされるノートは全12冊あるが、なぜか9冊目からページ番号がすべてのみになるため、後世の研究者からは「編集段階での偶然」と見なされている。
制度化[編集]
、の外郭団体とされる「視聴感応研究連絡会」が、h-ネトラレリウムの安全基準案をまとめた。これにより、HNR-1型からHNR-3型にかけての標準化が進み、主観報告票の項目数は18から64へ急増した。特に「見ているのに見られていると感じた頻度」を5段階ではなく7.5段階で記録する方式が採用され、統計処理が著しく煩雑になったといわれる。
にはの港湾地区に実験施設が設けられ、船舶の入出港時刻と感情波形の相関が調査された。ここで得られた「曇天の日は代入率が11.2%上がる」という結果は広く引用されたが、調査票の裏面に港湾職員の弁当注文が混入していたことが後に判明し、いまなお要出典とされる。
普及と転用[編集]
1990年代になると、h-ネトラレリウムは学術用途を離れ、番組や成人向け映像の演出装置として流用されるようになった。これにより「自分ではない誰かに感情の中心を明け渡す」という表現が若年層の俗語として定着し、装置名そのものが一般名詞化したという。
なお、の特集では、装置内部の鏡筒に産のガラスを用いたことで「共感の像が2度遅れる」と紹介されたが、実際には単に照明の更新が遅かっただけであるとされる。それでも番組放送後、都内の中古機材市場でHNR-3型の価格が一時的にまで高騰した。
構造[編集]
h-ネトラレリウムの中核は、視線分離器、遅延共鳴板、擬似嫉妬フィルタの三層構造である。視線分離器は被験者の「見たいもの」と「見られたいもの」を別系統で処理し、遅延共鳴板はおよそからの範囲で情動を引き延ばすとされる。
さらに上位機種では、の民間工房が開発した「沈黙補助輪」が搭載され、音声入力が途切れた際に呼吸音だけで操作可能とされた。この機構は一見合理的であるが、実際には利用者が黙っている時間ほど満足度が上がるという、きわめて説明しにくい結果を生んだ。
文化的影響[編集]
h-ネトラレリウムは、の演出語彙に大きな影響を与えたとされる。特に以降のテレビ作品では、直接的な告白よりも「一歩引いた視点の喪失」が重視され、脚本会議で「ネトラレ角度は何度か」という言い回しが使われたという。
また、では、装置の操作盤を模したレイアウトが流行し、ボタンの一つひとつに感情名が付されるようになった。なかでも「第4スロットの沈黙」はサークルごとに解釈が異なり、ある編集者はこれを「日本の感性工学が一度だけ大衆文化に勝利した瞬間」と評している。
批判と論争[編集]
h-ネトラレリウムには、感情の定量化が人間関係を過度に単純化するとの批判がある。とりわけの年会では、ある発表者が「嫉妬を3分割して記録する行為は、そもそも嫉妬を理解していない証拠である」と発言し、会場の一部で拍手と失笑が同時に起きたと記録されている。
また、装置の由来をめぐっては、北条説とHartwell説のほか、の未確認研究室が先行していたとする第三の説も存在する。ただし、同研究室の所在地とされる建物は現在になっており、当時の記録媒体もおおむね湿気で判読不能である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 北条 恒一郎『視点反転箱の基礎』日本感情工学出版, 1978, pp. 14-39.
- ^ M. E. Hartwell, “On the Delayed Resonance of Jealousy,” Journal of Applied Affective Systems, Vol. 6, No. 2, 1982, pp. 101-128.
- ^ 田村 玲子『共感の装置史』青海社, 1989, pp. 55-73.
- ^ A. F. Bell, “Horizon-Line Parsing and Emotional Transfer,” Proceedings of the Institute for Sensory Mechanics, Vol. 12, 1984, pp. 211-244.
- ^ 佐伯 恒一『ネトラレ現象の民俗誌』港北文化評論社, 1994, pp. 9-48.
- ^ K. Nakamura and L. Steiner, “The HNR-3 Standard and Its Noise Floor,” International Review of Psycho-Engineering, Vol. 21, No. 4, 1998, pp. 77-96.
- ^ 『視聴感応研究連絡会報告書 第3号』視聴感応研究連絡会, 1981, pp. 3-27.
- ^ 山根 里美『曇天と代入率』横浜臨港資料館紀要, 第18巻第1号, 2001, pp. 119-140.
- ^ R. P. Mendel, “A Brief History of Substitutional Jealousy Devices,” Cambridge Affective Monographs, 2005, pp. 1-22.
- ^ 『港湾地区における感情波形測定記録』神奈川工業資料センター, 1985, pp. 88-91.
- ^ 大谷 真理子『沈黙補助輪の設計と誤用』東京工芸出版社, 1999, pp. 201-219.
外部リンク
- 日本感情工学会アーカイブ
- 世田谷視聴実験史料館
- HNR標準化委員会デジタル索引
- 横浜港湾感応研究センター
- 昭和サブカル用語事典