tohji
| 名称 | tohji |
|---|---|
| 別名 | トージ・スタイル |
| 分類 | 音声記号・服飾記号・舞台所作 |
| 起源 | 1998年頃、東京都渋谷区 |
| 提唱者 | 高橋透二郎、ミシェル・ナカムラほか |
| 主な媒体 | クラブイベント、インディペンデント映像、ZINE |
| 特徴 | 語尾の伸長、左右非対称のレイヤード、短い沈黙 |
| 影響範囲 | 日本、韓国、欧州のアンダーグラウンド文化 |
| 標語 | 見せるのではなく、ずらす |
tohji(とーじ)は、のクラブシーンを起点として拡散したとされる、音声記号・服飾記号・舞台所作を一体化させた日本発の都市表現様式である。1998年頃にの小規模イベントで定義が定着したとされ、のちに、、の境界をまたぐ用語として知られる[1]。
概要[編集]
tohjiは、単なる固有名詞ではなく、末の東京において発生した一連の身体表現の総称であるとされる。とくに・・のイベント空間で、DJのブレイク前に挿入される短い呼気、片側だけ長い裾の服装、そして発話の最後を2拍遅らせる作法が組み合わされたものを指す[2]。
当初は「トージ現象」とも呼ばれていたが、『NEO QUARTERLY』の特集号で誤植により tohji と表記されたことが定着の契機になったとする説が有力である。ただし、当該号は発行部数がしかなく、にもかかわらず翌週のの古着店で関連ZINEが売れたとされ、記録の整合性には疑問が残る[3]。
歴史[編集]
前史[編集]
前史として、からにかけての周辺で、舞台美術家の松岡文彦が提唱した「沈黙の折り返し」という演技法が挙げられる。これは、台詞の直前に0.8秒だけ無音を置くことで観客の注意を服に向けさせる技法で、のちのtohjiの「間」に直結したとされる[4]。
また、の輸入レコード店でアルバイトをしていた高橋透二郎が、ラベルに印字されたローマ字の末尾を切り詰めて並べる癖から「t-h-j」の視覚リズムを発見したことが、名称生成の直接の契機になったという。高橋はのちに『都市の呼吸は3文字で十分である』と述べたが、これは本人のノートに1回しか現れず、要出典とされている。
成立[編集]
夏、近くの地下ギャラリーで行われたイベント「LATE FRAME 98」において、ミシェル・ナカムラが左右非対称のジャケットを着用し、MCの合間に「toh…ji」と2拍に分けて発声したことが、様式の成立点とされる。会場にはしかいなかったが、そのうちが帰宅後に同じ発声を試み、翌月の同種イベントで再現率がに達したという。
この時期のtohjiはまだ固定されたジャンルではなく、むしろ「観客が気まずさを肯定的に受け取るための装置」として機能した。なお、内の一部レンタルスペースでは、tohjiを実演すると床材が共鳴しすぎるという理由で使用時間がまでに制限された記録がある[5]。
普及と国際化[編集]
以降、tohjiはの弘大周辺やの小規模クラブに輸出され、現地のアーティストが「発話の遅延」と「袖の長さ」を独自に拡張したことで、地域差のある運動へ変化した。とくにベルリンでは、ジャケットの右袖だけを長くする「ラインハルト変法」が流行し、2004年にはの古着店が専用の補修サービスを始めた[6]。
日本国内ではの深夜特番『都市のかたちと呼吸』で一度だけ紹介され、一般層に急速に知られたとされるが、実際には番組内で「何をしているのか分からない」というナレーションが挿入されただけであった。それでも翌週、の中古シンセ売場で関連機材の売上がになったという。
特徴[編集]
tohjiの特徴は、第一にの断片化にある。語尾を伸ばすのではなく、逆に語頭と語尾のあいだに短い空白を置くことで、意味よりも気配を前景化するものとされる。実演者のあいだでは、1回の発声につき以上の沈黙を挟むことが「最低限の品位」とされ、これを守れない者は「早口の外側にいる」と揶揄された[7]。
第二に、上の非対称性である。左右の裾、ポケット、襟のいずれか一箇所だけを過剰に強調することで、身体の重心をずらすのが基本であった。なお、の縫製工場が2005年に試作した「可変裾トラウザー」は、洗濯3回で片側だけ2.1cm縮む欠陥が逆に評価され、限定が完売した。
第三に、撮影時の視線操作がある。tohjiの実演では、カメラ目線を避ける代わりにレンズの右上を見つめる作法があり、これにより映像に「未完の印象」が生まれるとされた。映像作家の佐伯真理はこの角度を「都市のため息の座標」と呼んだが、本人以外の証言は2件しかない。
社会的影響[編集]
tohjiはにおいて、売れる衣服より「説明の難しい衣服」を重視する傾向を生んだといわれる。とくにのセレクトショップでは、商品タグに価格ではなく「沈黙回数」が記載される事例が出現し、2007年には中が同様の表示を採用した[8]。
また、教育現場にも影響したとされ、の課題発表で「tohji的プレゼンテーション」を求める教員が現れた。これは、資料を早く見せるのではなく、最初の3枚を空白スライドにする方式で、学生の満足度は低かったが、発表後の拍手時間は平均延びたという。社会学者の久保田玲子は、これを「都市住民が意味の過密から逃避するための小型儀礼」と分析した[9]。
一方で、tohjiは商業化との相性の悪さでも知られる。2011年にが「Tohjiライン」を発表した際、製品説明書が長すぎるとしてファンから批判され、発売初日に返品率がを記録した。にもかかわらず、同社は翌月に“沈黙を読む”店内放送を導入し、結果としてBGM担当が3名退職したとされる。
批判と論争[編集]
tohjiをめぐっては、そもそも体系化可能な文化現象なのかという批判がある。とりわけの民俗学者・三宅隆志は、tohjiが後年になってから過剰に神話化され、1998年の実践者の大半が「ただ眠かっただけではないか」と指摘した[10]。
また、名称の由来についても論争がある。高橋透二郎のノートから来たとする説のほか、の古い音韻記号「toh-ji」を輸入したという説、あるいはの港湾労働者の掛け声に由来するという説が並立している。ただし後者は、根拠とされた録音テープが再生すると毎回になるため、研究者のあいだでは半ば伝説として扱われている。
さらに、2020年代に入るとSNS上で「#tohji」が流行し、本来の身体技法とは無関係に、やたら長い上着を着た写真全般を指す語として使われ始めた。この拡散により概念の純度が失われたとする批判がある一方、逆に「曖昧であることこそtohjiである」と擁護する声もあり、議論は収束していない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋透二郎『都市の呼吸は3文字で十分である』私家版, 1999年.
- ^ 松岡文彦『沈黙の折り返しと舞台空間』美術出版社, 2001年.
- ^ Marianne Keller, "Delay as Style: Tokyo Subcultural Phonetics", Journal of Urban Semiotics, Vol. 12, No. 3, 2008, pp. 44-67.
- ^ 久保田玲子『気まずさの社会学』青土社, 2010年.
- ^ 佐伯真理『右上15度の視線』フィルムアート社, 2006年.
- ^ Pierre Lenoir, "The Asymmetric Hem and the Clubscape of Berlin", Fashion Studies Review, Vol. 8, No. 1, 2011, pp. 101-129.
- ^ 三宅隆志『東京アンダーグラウンド儀礼論』岩波書店, 2014年.
- ^ A. Thornton, "The Tohji Problem in Post-Industrial Performance", Contemporary Culture Quarterly, Vol. 19, No. 2, 2017, pp. 11-36.
- ^ 『NEO QUARTERLY』編集部編『特集・トージ現象の現在』ネオ出版, 1998年.
- ^ 渡辺精一郎『沈黙回数の測定法』文化計測研究所, 2009年.
- ^ M. Nakamura, "Why the Left Sleeve Matters", Fashion and Signal, Vol. 4, No. 4, 2019, pp. 77-88.
外部リンク
- 都市表現研究所アーカイブ
- NEO QUARTERLY デジタル索引
- 渋谷クラブ文化年表
- 東アジア身体記号学会
- 気まずさ美学コレクション