『ヒーロー到着前の冴えたやり方』
| 作品名 | ヒーロー到着前の冴えたやり方 |
|---|---|
| 原題 | Beat it. without my permission. |
| 画像 | HeroBeforeArrivalPoster.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像解説 | 公開当時のキービジュアル |
| 監督 | 久我山徹也 |
| 脚本 | 小泉嶺子 |
| 原案 | 北條アキラ |
| 製作 | 三雲健一 |
| ナレーター | 真壁ミドリ |
| 出演者 | 篠原ユウジ、朝霧レイ、田島修二 |
| 音楽 | 城戸宗一 |
| 主題歌 | 「未許可のまま」 |
| 撮影 | 飯島慎吾 |
| 編集 | 立花由里 |
| 制作会社 | 東亜彩光スタジオ |
| 製作会社 | ヒーロー到着前製作委員会 |
| 配給 | 帝都映配 |
| 公開 | 1987年7月18日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 約4億2000万円 |
| 興行収入 | 21億円 |
| 配給収入 | 18.4億円 |
| 上映時間 | 117分 |
| 前作 | なし |
| 次作 | ヒーロー到着後の手続き |
『ヒーロー到着前の冴えたやり方』(原題: Beat it. without my permission.)は、に公開されたのである。監督は、主演は。配給収入はを記録し[1]、後年のの様式を決定づけた作品として知られる[2]。
概要[編集]
『ヒーロー到着前の冴えたやり方』は、の湾岸再開発地区を舞台に、超常災害の発生から正規ヒーローの到着までの27分間を、民間人と下請け警備員だけでしのぐ様子を描いた作品である。公開当初は“防災映画”として売り出されたが、のちにとの両面を持つ異色作として再評価された。
本作は、後半に急増した都市型パニック作品の中でも、主人公が「戦う」よりも「指揮・迂回・保留・証拠隠滅」を優先する点で特異である。劇中で用いられる“冴えたやり方”は、実際にはの非公式訓練資料を脚色したものとされるが、資料の所在は長く不明であり[要出典]、この曖昧さがかえって伝説性を強めた。
また、劇場公開版と版で結末の解釈が異なり、の際には“未許可カット”を巡って小さな論争も起きた。これらの経緯から、単なる娯楽作品にとどまらず、危機対応の比喩として語られることが多い[3]。
あらすじ[編集]
で、試験稼働中の気象装置「レイン・ピラー」が暴走し、夜の商業街に微小な落雷と幻影現象を発生させる。現場にいたゲームセンター店員のは、偶然居合わせた警備会社の臨時主任、元市役所防災係のらとともに、正式なヒーロー部隊が到着するまでの“27分”を稼ぐことになる。
彼らは避難誘導を行う一方、道路の迂回路を偽装し、騒動の原因を「大型テレビショーの撮影事故」として処理しようとする。ここで用いられる手口が、後にタイトルにも反映された“ヒーロー到着前の冴えたやり方”であり、具体的には、非常口の照明を逆向きに点灯させて怪異の進路をずらす、の物流地図を改変して救急車の到着順を操作する、などである。
終盤では、ヒーロー“オルフェノン”がようやくヘリで到着するが、時すでに遅く、街区の被害は最小化されている。ヒーローはほとんど見せ場を失う一方で、相沢らが事後報告書をいかに整えるかに物語の重心が移るため、観客の一部からは「戦闘映画ではなく書類映画である」と評された。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
は、の湾岸ゲームセンター勤務の青年で、危機時にだけ異様な判断力を示す人物である。彼は無許可で開けた防火扉の位置を全て記憶しており、作中ではこれが“都市の裏面を読む才能”として扱われる。
は、の臨時主任で、元々は大型イベントの導線設計を担当していた。冷静な一方で、書類の収まりが悪いと露骨に機嫌を損ねる性格が強調され、観客からは“事務能力で怪物を倒す女”として人気を得た。
は、かつてで防災係を務めていた中年男性で、避難勧告の文言だけで場を制圧する稀有な存在である。第3稿の脚本ではヒーロー側の補助要員に過ぎなかったが、試写後の再編集で実質的な共同主人公に格上げされた。
その他[編集]
は、現場に居合わせた無免許のドローン撮影者で、後に“最も役に立たない証拠”を提供する人物として有名になる。彼の映像が原因で、作中の怪異が全国ニュース化するまでの時間が17分短縮されたという。
は、国家登録ヒーロー第8号として知られるが、到着シーンがわずか41秒しかないため、ファンの間では“遅刻した象徴”として語られる。なお、続編ではこの不名誉を挽回するべく、出動前の準備だけで1時間半が割かれている。
キャスト[編集]
主演のは、当時所属の俳優で、本作で一躍知名度を得た。彼は走る芝居よりも“避難誘導の説明を読み上げる芝居”で評価され、台詞の約3割が赤字で書き直されたとされる。
がを演じ、無表情のまま複数の無線をさばく演技で注目された。彼女は撮影中、実際に使われた防災マニュアルをすべて暗記したため、現場スタッフが逆に指示を仰いだという逸話がある。
は役を務め、もともと喜劇出身であったことから、重い展開の中に妙な生活感を与えた。ほかに、、が出演者として名を連ねている。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
監督はで、元はの出身であった。彼は本作で、低予算の都市模型と実景合成を組み合わせる方式を採用し、“見えるものを全部信じない”という撮影方針を掲げた。
脚本は、原案はである。小泉は当初、台詞を極端に削ったが、試写では説明不足との批判が出たため、後半にだけ異様に長い会議シーンを追加した。
製作は、編集は、撮影はが担当した。特に飯島は、ヘリ到着シーンを実際の上空で撮影しようとして許可が下りず、結局、屋上に布を貼っただけの“準港湾”で代替した。
製作委員会[編集]
製作はが行い、、、、の4社が参加した。資金の一部は、都市防災キャンペーンの広報費として処理されたとされるが、実際にどの程度が映画へ流用されたかは明らかでない[要出典]。
なお、委員会名の末尾に“前”が付くことから、社内では長らく縁起が悪いとされ、次作では正式にへ改称された。
製作[編集]
企画[編集]
企画の発端は、にで行われた防災展示会で、来場者の退避誘導があまりに混乱したことにあるとされる。北條アキラは、この混乱を“ヒーローが来る前の空白”として映画化する発想を得た。
当初は学園アクションとして構想されたが、久我山徹也が「学生では責任が軽すぎる」と主張し、舞台は臨海再開発地区へ変更された。結果として、観客は恋愛よりも通報手順と搬送経路を追うことになる。
美術・CG・撮影[編集]
美術はが担当し、劇中の街並みはの倉庫街との模型展示施設を合成して再現された。CGはまだ黎明期であったが、落雷の軌跡だけは手描きセルとデジタルを重ねる独自手法が採られ、後に“半デジタル稲妻”と呼ばれた。
撮影では、レンズに細かな白粉を吹き付けることで、怪異の周囲だけ空気が乾くように見せている。特殊技術班はこの処理を「気圧演出」と呼んだが、実際には照明の不具合を隠すための苦肉の策であった。
音楽・主題歌・着想の源[編集]
音楽はが担当し、ブラスと警報音を混ぜた不穏なテーマで知られる。特に“到着前モチーフ”は、同じ4小節が19回も反復されるにもかかわらず、劇伴として妙に印象深い。
主題歌「」はが歌い、歌詞に一度も“ヒーロー”という語が出てこないことで逆に話題となった。着想の源としては、城戸がの防災講習で聴いた「人は助けを待つ間に最善を尽くす」という講話が挙げられているが、本人は後年「単に締切が近かった」と述懐している。
興行[編集]
本作はに系で封切られ、初週はの都市圏を中心に拡大公開された。キャッチコピーは「ヒーローが来る前に、街は自分で立て直す。」であり、やや説教臭い文言にもかかわらず、若年層の口コミで観客数を伸ばした。
宣伝では、劇場ロビーに“27分タイマー”が設置され、観客が上映開始までの残り時間を測れる仕掛けが導入された。これが地味に好評で、ある都市ではタイマーを持ち帰る者が続出し、配布された1,200個のうち実物が手元に残ったのは73個 בלבדだったという。
海外での公開はとから始まり、英語字幕版ではタイトルが「Beat it. without my permission.」のまま残された。英語圏の批評家からは「文法は奇妙だが、意味は通る」と評され、逆に日本公開版より覚えやすいとして、のちに輸出用ポスターの定番となった。
反響[編集]
批評[編集]
公開時の批評は割れた。『帝都映画月報』は「ヒーロー不在の時間管理をここまで壮大に描いた例は稀」と高く評価した一方、『週刊シネマ群像』は「人命救助より会議の進行が丁寧すぎる」と手厳しかった。
ただし、翌年以降は“危機における平時の知恵”を描いた作品として再評価され、で教材扱いされたこともある。
受賞・ノミネート[編集]
で作品賞を受賞し、では美術賞と音響賞にノミネートされた。また、の年間ランキングでは、公開3か月でに入り、アクション映画としては異例の持久力を示した。
一方で、からは“実務を誤解させる可能性がある”として注意喚起を受けたとされるが、当該記録は会議議事録の欠落により確証がない[要出典]。
売上記録[編集]
最終興行収入は、配給収入はであった。公開当時としては中規模作品の成功例だったが、後年の再上映でを上積みし、累計では同系統の都市災害映画をわずかに上回った。
特筆すべきは、地方都市の深夜帯上映で異様に強く、やでのリバイバル上映が満席続きだった点である。観客の多くが「自分の街でも起こりそう」と感じたためと分析されている。
テレビ放送[編集]
の枠で初放送され、で平均視聴率を記録した。これは同枠のアクション映画としては当時最高値で、以後“冒頭20分で避難訓練を済ませる映画”として家庭で定着した。
放送版では、劇場公開版より約6分短く編集され、会議シーンの一部がカットされたため、ファンの間では「テレビ版のほうがヒーローが到着する」と冗談交じりに語られた。なお、初回放送時に提供テロップが1分ずれ、スポンサー名が本編に映り込む事故が起きたが、局はこれを“演出上の誤差”として処理した。
関連商品[編集]
作品本編に関するもの[編集]
版は1988年に発売され、ジャケット裏面の解説文が本編以上に長いことで知られる。のちに化された際、初期盤では夜景の青みが強すぎる“DVD色調問題”が発生し、修正版との見分けが中古市場で話題となった。
サウンドトラック盤は監修で発売され、劇中未使用の“到着待機曲”が2曲追加収録された。さらに、27分タイマーの縮小版、無線機レプリカ、避難誘導札セットなどの周辺商品も販売されている。
派生作品[編集]
続編『』は1990年に公開され、本作よりも後始末と記者会見に比重が置かれた。これによりシリーズは“到着前”“到着後”の二部構成として定着した。
また、版『Beat it. without my permission. -27 minutes radio edit-』や、による深夜再編集版『到着前の朝礼』も製作された。特に後者は、元の映画をほぼ使わず、交通整理映像ばかりを足したため、半ば別作品として扱われている。
脚注[編集]
1. ^ 配給収入は社内資料『1987年度 配収一覧』による。 2. ^ ただし、の資料との関連は確認されていない。 3. ^ 第12号では、平時的手続きの視覚化として論じられている。
参考文献[編集]
・久保田智『都市災害映画の技法』、1994年。 ・Martha E. Caldwell, "Before the Hero Arrives: Civic Delay in Japanese Action Cinema",, Vol. 8, No. 2, pp. 44-71. ・小泉嶺子『未許可のドラマトゥルギー』、1989年。 ・田辺修一『再開発区とスクリーンの夜』、1992年。 ・S. H. Lin, "Temporary Command and the 27-Minute Window",, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219. ・北條アキラ『ヒーロー到着前ノート』、1986年。 ・渡会雅彦『模型都市の作り方』、1990年。 ・『Beat it. without my permission. Production File』、1988年。 ・真壁ミドリ『無線で泣くな、街はまだ終わっていない』、1991年。 ・『映画と防災の交差点――1980年代日本映画再読』、2003年。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
・東亜彩光スタジオ作品紹介 ・日本SF映画アーカイブ ・新浜映画資料室 ・帝都映配データベース ・ヒーロー到着前研究会
脚注
- ^ 久保田智『都市災害映画の技法』東亜出版, 1994年.
- ^ Martha E. Caldwell, "Before the Hero Arrives: Civic Delay in Japanese Action Cinema", Journal of East Asian Film Studies, Vol. 8, No. 2, pp. 44-71.
- ^ 小泉嶺子『未許可のドラマトゥルギー』映像社, 1989年.
- ^ 田辺修一『再開発区とスクリーンの夜』港湾新書, 1992年.
- ^ S. H. Lin, "Temporary Command and the 27-Minute Window", International Review of Disaster Media, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219.
- ^ 北條アキラ『ヒーロー到着前ノート』帝都文庫, 1986年.
- ^ 渡会雅彦『模型都市の作り方』美術工房出版, 1990年.
- ^ 『Beat it. without my permission. Production File』Empire Screen Press, 1988年.
- ^ 真壁ミドリ『無線で泣くな、街はまだ終わっていない』新浜評論社, 1991年.
- ^ 『映画と防災の交差点――1980年代日本映画再読』新浜大学出版会, 2003年.
外部リンク
- 東亜彩光スタジオ作品紹介
- 日本SF映画アーカイブ
- 新浜映画資料室
- 帝都映配データベース
- ヒーロー到着前研究会