あぺこ
| 名称 | あぺこ |
|---|---|
| 読み | あぺこ |
| 英称 | Apeco |
| 初出 | 1897年頃とされる |
| 起源地 | 神奈川県横浜市の旧税関区画 |
| 用途 | 封緘、帳票整序、口頭確認 |
| 流行期 | 1910年代 - 1930年代 |
| 主要研究者 | 渡辺精一郎、M. A. Thornton |
| 関連機関 | 帝国港務研究会、東京事務文化資料館 |
あぺこは、の沿岸部に伝わる薄型の封緘具、またはその使用時に発せられる短い掛け声を指す語である。後期の港湾事務から広まったとされ、のちに周辺の事務文化に強い影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
あぺこは、薄い紙片または布片を折り返して封をし、最後に「ぺこ」と短く息を落として定着させる一連の作法を指す語である。文献上はの旧関係者の間で使われた符牒に由来するとされるが、実際には帳票の紛失を防ぐための半ば儀礼化した手続きであったと推定されている[2]。
この語は単なる事務用語にとどまらず、荷役、書記、倉庫管理の各現場で「ひとまず整った状態」を示す合図として転用された。なお、1924年の付属社会習俗調査では、あぺこを日常語として用いる者が周辺で約3,800人確認されたとする記録があるが、調査票の一部が水濡れで判読不能であり、数値の正確性には疑義がある[3]。
歴史[編集]
成立[編集]
最初期のあぺこは、に第三埠頭で働いていた事務吏・北村源蔵が、輸入茶の仕分け札を封じる際に考案したとされる。北村は紙の端を三度折り、最後に指先で軽く押さえながら「ぺこ」と発声したところ、封緘の不備が著しく減少したため、同僚の間でこの所作が定着したという[4]。
ただし、同時期の帳簿に「あへこ」「あべこ」などの揺れが散見されることから、もともとは単一の制度ではなく、複数の港湾作法が混ざり合って生じたものとも考えられている。渡辺精一郎は1932年の論考で、あぺこを「港の沈黙が最も短く形になったもの」と評したが、この比喩が当時の官庁文体としてはやや詩的すぎるとして、後年しばしば引用された[5]。
大衆化[編集]
末期になると、あぺこは港湾だけでなくの印刷所や百貨店包装部門にも広がった。特にの老舗文具店が1928年に発売した「Apeco Clamp」なる金具は、名称こそ英語風であったが、実際には布製封帯を保持するための国産部品であり、広告では「一回のあぺこで二度と開かぬ」と誇張された[6]。
1931年にはが、あぺこを「軽封緘の標準動作」として研修要項に仮採用した。これにより、地方役場の書記や学校の用務員にも広く普及したが、一方で「ぺこ」の発声が小さすぎて意思伝達に支障が出るとして、の一部機関では「二拍目を明瞭にせよ」との通達が出されたと伝えられる[要出典]。
衰退と再評価[編集]
戦後、あぺこはの綴じ具の規格化とともに急速に姿を消した。しかし、40年代後半に事務史研究が盛んになると、あぺこは「手作業の知性」を象徴する例として再評価され、の小規模資料館では年に2回だけ実演が行われるようになった。
現在では、若年層の間で「あぺこを入れる」といった比喩的表現が、話を一度まとめる、あるいは議論をいったん収束させる意味で使われることがある。ただし、この用法は頃からのネット掲示板文化に由来するとされるが、初出には異説も多い。
構造と技法[編集]
伝統的なあぺこは、主素材として和紙、麻布、蝋引き紙の三種が用いられた。特に港湾用は湿気に強いよう、海藻由来の糊を極少量だけ混ぜるのが作法とされ、これが独特の「しなり」を生むと説明されている。
技法としては、折る、挟む、押さえる、息を落とす、の四段階が基本である。熟練者は最後の「ぺこ」で空気を抜く角度を13度前後に保つとされ、これにより封緘音が机上で最も聞き取りやすくなるというが、実測値の妥当性は不明である[7]。
また、地方ごとに変種があり、では寒冷地仕様として二重折りの「ふかぺこ」、では押さえを強める「がちぺこ」が知られていた。いずれも事務用品の改良というより、地域の気質を反映した半ば演技的な作法であったとされる。
社会的影響[編集]
あぺこは、単なる封緘法を超え、職場の秩序感を可視化する文化装置として機能した。とりわけ戦前の公文書処理では、あぺこの成否が担当者の几帳面さを示す指標とみなされ、昇進面談で「一枚のあぺこが五年分の勤務評定を左右した」との回想録も残る[8]。
また、家庭内にも波及し、弁当包みや子どもの工作提出袋にまで応用されたことで、「あぺこができる子は文字も整う」とする教育観が広まった。これに対し、1937年の『』誌は、過度なあぺこ教育が手先の器用さを誇張し、かえって結び目への執着を生むと批判している。
文化史的には、あぺこはの「完了を音で示す」傾向を象徴する語としてしばしば引用される。なお、ので1934年に行われた東洋事務器展で、あぺこの再現品が「silent closure device」として紹介された記録があるが、展示担当者は実物を見ずに図版だけで解説を書いたとされる。
論争[編集]
あぺこをめぐる最大の論争は、その起源が実用品であったのか、あるいは先に儀礼が存在し後から用具が作られたのか、という点にある。民俗学者の間では前者が有力とされる一方、事務史研究者は「先に所作があり、金具は後追いである」と主張しており、両派の対立は1980年代の史講座でも収まらなかった。
さらに、1989年にの地域番組で紹介された「あぺこ盆踊り」は、実際には地元商店街の販促イベントであり、伝承芸能ではなかったことが後に判明した。この件は、あぺこが「本当に古いもの」に見えやすい反面、観光資源として加工されやすいことを示した例として扱われている[9]。
一部の研究者は、あぺこを発する際の「ぺこ」が、謝罪や会釈の語感と近いことから、日本語の対人配慮の縮図であると論じる。しかし、この説は音象徴に依存しすぎているとして、言語学の側からは慎重な姿勢が示されている。
現代の用法[編集]
現代では、あぺこは古道具市や事務用品コレクターの間で知られるほか、デザイン教育の分野で「最小動作による情報固定」の例として取り上げられる。特にの一部ゼミでは、紙面上で完結する封緘の美学を学ぶ教材に使われている。
インターネット上では、会議や長文の締めくくりに「ではここであぺこしておきます」と書く用例があり、これは本来の封緘よりも「話を閉じる」意味で普及している。ただし、若年層の使用例の多くは皮肉を含むため、真面目な場で使うと意味不明になる危険がある。
2021年にはの企画展『紙と沈黙』に関連して、復元モデルのあぺこが展示され、来場者の約17%が「想像以上に地味だが妙に納得する」と回答したという。調査方法が出口アンケートのみであったため、学術的価値は高くないが、現代における受容の温度感を示す資料としてしばしば引用される。
脚注[編集]
関連項目[編集]
封緘
港湾事務
民俗工芸
事務用品
会釈
紙文化
横浜港
東京帝国大学
帝国事務規範協会
港湾符牒
脚注
- ^ 渡辺精一郎『港湾封緘作法の変遷』帝国書院, 1932, pp. 41-68.
- ^ 北村源蔵『第三埠頭日録』横浜港文庫, 1904, pp. 12-19.
- ^ M. A. Thornton, “On the Phonetics of Minor Closure Rituals,” Journal of East Asian Material Culture, Vol. 7, No. 2, 1958, pp. 114-139.
- ^ 帝国事務規範協会編『軽封緘標準要項』官報附録, 1931, pp. 3-11.
- ^ 佐伯久子『紙片と沈黙—近代事務の身体史—』青潮社, 1998, pp. 201-244.
- ^ K. H. Welles, “Port Bureaucracy and Small Gestures in Meiji Japan,” Transactions of the Pacific Office Studies Society, Vol. 14, No. 1, 1976, pp. 9-33.
- ^ 『家庭と封緘』第12巻第4号, 家庭文化研究会, 1937, pp. 88-91.
- ^ 黒田理一郎『あぺこの民俗学的研究』東都出版, 2007, pp. 55-102.
- ^ Marianne C. Lefferts, “The Apeco Clamp: A Misread Tool in Colonial Display,” Museum Notes Quarterly, Vol. 22, No. 3, 1991, pp. 70-77.
- ^ 関口英之『事務の音響学』港都新書, 2014, pp. 13-29.
外部リンク
- 東京事務文化資料館
- 横浜港口述史アーカイブ
- 帝国封緘史研究会
- 紙と沈黙展アーカイブ
- 港湾符牒データベース