あぼigpゅcか様祭り
| 行事名 | あぼigpゅcか様祭り |
|---|---|
| 開催地 | 北海道札幌市(豊月神社・札幌北西郊) |
| 開催時期 | 毎年11月下旬〜12月上旬(第3月曜起算) |
| 種類 | 五穀謝礼・厄除け・市中回遊(混成型) |
| 由来 | 文字の呪符「igpゅcか」を鎮める儀礼に由来するという伝承 |
あぼigpゅcか様祭り(あぼいじぇぴゅうしかさままつり)は、のの祭礼[1]。より続くのの風物詩である。
概要[編集]
あぼigpゅcか様祭りは、ので行われる、五穀謝礼と厄除けを同時に扱う年中行事として知られている。祭りの中心には、妙に判読しづらい札文「」があり、これを“読み間違え”として封じることが儀礼の要点とされる。
古くから「札を読める者ほど不運に近づく」と言い伝えられており、当日はあえて聞き手が誤読するよう仕組まれる。結果として、参加者の笑い声がそのまま厄を撥ねる力になると説明され、近年は観光向けの余興としても親しまれている。
名称[編集]
祭り名の「あぼigpゅcか様」は、神体の行方を示す“方角札”の断片として伝わった文字列であるとされる。神社の古記録では、当初は「あぼいぎぴゅうか様」と表記されていたが、写本のたびに記号が増殖し、現在のような異字形に定着したと説明されている。
なお、地元では短縮して「あぼ様」と呼ばれ、子どもは「様」を親指で鳴らす合図として使う。一方で、書類上は「豊月神社管内年中行事(暫定名)」とする行政慣行があり、真面目な場ほど文字列が崩れることから、“型の祭り”としても見なされている。
由来/歴史[編集]
「igpゅcか」封じの誕生[編集]
祭りの起源は、期の凶冷(作物の育成が極端に止まる現象)に求める説が有力である。神職のは、冷え込みの原因を「文字の旋回」にあるとする仮説を掲げ、札文を燃やす前に“判読を失敗させる”工程を導入したと伝わる。
具体的には、札文の「igpゅcか」の音を、わざと語尾だけ変えて唱えることが推奨されたとされ、誤った読みが混ざった瞬間に旋回が止むと記されている。神社の会計帳(写し)には、失敗読みの回数として「年間3,120回を目標」といった細かな数字が残っており、実務的な訓練として行われていたと推定されている[2]。
市中回遊と組織化[編集]
その後、からにかけて市中回遊へ発展した。回遊の際には、町内ごとに“誤読係”が割り当てられ、歌舞伎座の寄席帳に似た書式で、読み間違いの種類を申請する制度が設けられたとされる。
この運用はの前身である「北西郊郡町同盟」が整えたと説明されるが、同盟側の記録は焼失したという。そこで、祭りの運営はの神楽方と、商人のが共同で担う形になり、以後「神社が“厄”を受け、町が“笑い”を返す」という役割分担が定着した。
日程[編集]
あぼigpゅcか様祭りは、毎年11月下旬から12月上旬にかけて行われ、第3月曜を起点として前後3日間を含む期間で構成される。初日には境内で“読み間違いの練習”が行われ、二日目が本祭、最終日は回収した札片を焚き上げて終わる。
特に二日目の午前10時10分には、札文「」の“誤読封緘”が行われる。時刻が揃えられるのは、古い時計塔の針が霜で固着しやすいことに由来するとされるが、伝承では「理由は霜だけではない」として、答えを詰めない作法が守られている。なお、荒天時は午後1時13分へ繰り下げる慣例がある[3]。
各種行事[編集]
祭りの各種行事には、誤読・供物・回遊・封緘の要素が混在する。代表的なのは「三段誤読の札踊り」で、参加者はの拝殿前で、札文の一部ずつを異なる韻で口にしてから鈴を鳴らす。三段目でだけ声が裏返るように設計されているため、見物者からは“事故芸”のように笑いが起こるとされる。
また、行列の前には「五穀返しの桶投げ」がある。桶に入れられたのは小豆ではなく、乾燥した米ぬかを布袋にしたものとされ、投げる際は必ず地面に落ちる前に布袋を解く作法がある。神社側では安全管理の一環として、投擲数を「ちょうど77袋」と定めているが、由来については『77は反省の数』とだけ記され、意味の解釈が統一されていない。
さらに夜には「行灯誤点呼」が行われ、各家が灯りの数を申告し、申告の合計が“理想値から外れた場合”にだけ、神楽方が拍子木で訂正するという形式が採られる。この訂正は罰ではなく祝福とされ、帳簿上の増減を神意として扱う点が特徴である。
地域別[編集]
札幌北西郊(本家)の特色[編集]
本家とされるでは、誤読係の担当区分が細かく、丁目単位で“読み間違えの方言”が設定される。具体的には、北西郊の内側(第1圈)は母音を入れ替え、外側(第2圈)は子音だけをずらす、といった区分が伝わっている。
この設定は、もともと町人が行商で移動する際に、他地域の発音が混ざることへの対策として考案されたとされる。ただし、神社の説明では「対策というより、混ざっても困らないようにした」とされており、言い訳の形で宗教性が補強されている。
南幌寄りの“札踊り短縮派”[編集]
一方、南幌寄り(便宜上の呼称)の町内では、三段誤読を二段で済ませる短縮派がある。理由は、冬季の通行止めが早まる年があり、拝殿前に滞留する群衆の熱が札文を傷めることがあったためとされる。
しかし、同じ神社の古文書では「本来は三段であり、二段は縮めた者の怠慢を表す」と記されているとする見方もあり、地域間で“本物度”の論争がたびたび発生する。なお、この派の行灯誤点呼は、申告灯りの合計が語呂で“264”になった年だけ特別演出が許されるとされ、達成率が低いぶん盛り上がると伝えられている[4]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 豊月神社編『北西郊郡・年中行事控(写本)』豊月神社資料室, 1821年.
- ^ 渡辺綾助『札文旋回論(稿)』同盟書房, 1789年.
- ^ 札幌北区役所『観光年中行事一覧(暫定版)』札幌北区役所, 1976年.
- ^ 佐藤真澄『誤読儀礼と共同体の笑い:北海道内の事例』北海道民俗学会, 2003年.
- ^ Margaret A. Thornton『Ritual Misreading and Social Cohesion in Northern Japan』Journal of Folklore Studies, Vol.12 No.3, 2011年.
- ^ 田中啓助『冬季灯火行事の時間設計—10:10・1:13の伝承』生活史研究, 第7巻第2号, 1998年.
- ^ 北西郊郡町同盟『町内誤点呼規約(復刻)』北西郊郡町同盟事務局, 1864年.
- ^ 鈴木一徹『五穀謝礼の桶投げに関する運用記録』農耕儀礼研究会, pp.41-58, 1952年.
- ^ Lena Okafor『Calendar-Craft in Contemporary Shrine Festivals』International Review of Ritual Arts, Vol.5, pp.101-129, 2018年.
- ^ (書名の一部が不一致の文献)豊月神社編『豊月神社・初冬の奇譚とigpゅcか』月光出版社, 1892年.
外部リンク
- 豊月神社 公式行事案内
- 北西郊郡町同盟アーカイブ
- 北海道民俗学会 データベース
- 札幌冬灯り観測ノート
- 誤読儀礼研究フォーラム