あらかじめ結果を書く
| 分類 | 文書運用慣行/合意形成技法 |
|---|---|
| 主な利用領域 | 研究、行政手続、教育、開発マネジメント |
| 成立期(とされる) | 20世紀後半の「工程証跡」ブーム |
| 代表例(文書形式) | 事前結論欄、予測結果票、先書きサマリー |
| 利点(公式説明) | 期待値の可視化、手戻りの抑制 |
| 問題点(指摘) | 検証可能性の低下、結果の自己成就 |
| 関連概念 | 仮説先書き、合意固定条項、証跡偏向 |
あらかじめ結果を書く(あらかじめけっかをかく)は、研究報告・契約文・授業案内などの文書において、実施前に結論部分を先行して記述する実務様式である。形式的には「見通しの共有」として説明されるが、実際には意思決定の偏りを固定化する効果があるとされる[1]。
概要[編集]
あらかじめ結果を書くとは、ある手続や実行が完了した後に提示されるはずの結論(効果、数値、達成条件など)を、着手前または設計段階の文書にあらかじめ記述する慣行である。表向きは、利害関係者に「最終像」を共有するための手段と説明されることが多い。
この様式は、特にを重視する組織で好まれ、計画書・稟議書・授業シラバス・研究計画書の末尾に「予測結果(暫定)」と題した欄が追加された形で普及したとされる。なお、欄の運用にあたっては「後から修正できる余地」を制度上確保していることが多いが、現場では実際に修正されない例も多いと指摘されている[2]。
本来の目的は検証にあるはずだが、記述された結論が参加者の判断基準そのものになり、観測が結論に寄っていくという循環が生じる場合がある。このため、教育現場では「学習到達目標の先出し」として擁護されつつ、研究分野では「記述の重力」として警戒される、というねじれた評価が併存している[3]。
歴史[編集]
「結論先行」運用の起源:港区の“判子渋滞”説[編集]
あらかじめ結果を書くは、にある旧式の申請窓口がモデルになった、という証言が残っている。1968年頃、当時の審査部門では書類の差し戻しが多発し、最初の一枚目に結論が書かれていないために現場が延々と照会を繰り返す「判子渋滧」が起きたとされる[4]。
そこでの小規模チームが、末尾に「見込み結果」欄を設け、初回提出時点で数値のレンジを提示するよう依頼したのが始まりだとされる。興味深いことに、運用マニュアルでは“結果欄には必ず仮の責任者印を置く”とされ、責任が文書に貼り付く設計になっていたと報告されている[5]。
当初の運用記録では、差し戻し率が47年度に17.4%から翌年度に12.1%へ下がったとされる。ただしこの数字は、修正回数ではなく「差し戻し“件数”」の集計方法が変わった結果ではないか、と当時の事務官が後年に漏らしたとされる[6]。この“統計の置き換え”が、あらかじめ結果を書く文化の暗い芯になったのではないか、という見方もある。
学術の取り込み:『予測結果票』と“記述が先に勝つ”時代[編集]
1970年代後半、研究費配分の審査が「予定達成度」中心に傾いた局面で、大学や研究所はと呼ばれる様式を導入したとされる。この票は、研究を始める前に「最も可能性の高い結果」だけでなく「測定誤差の見込み」「採択後の改善余地」まで段階的に書かせるものであった。
特に工学系の計画では、結果欄が“計測機器のキャリブレーション計画”と一体化し、実験開始日の前月にとの値を先に固定することが求められたとされる。ある記録では、測定器の交換周期が「ちょうど100日」になるように運用が組まれ、その100日後の平均値を先に宣言していたという、やや滑稽な事例も残っている[7]。
一方で、結果欄が先行することで、研究の失敗が“手続違反”として扱われる懸念も生まれた。研究者の間では「書いた結果だけが議論対象になる」との不満が広がり、1983年にはの委員会が、結果欄を「観測結果」ではなく「見通し」として明示するガイドラインを出したとされる。しかし、ガイドラインが出たにもかかわらず、欄の言い回しだけが硬くなったという、皮肉な評価がある[8]。
教育への波及:合格率の“先書き”が校内政治を動かす[編集]
教育分野では、あらかじめ結果を書くが比較的受け入れられた。理由は、試験対策が“達成指標の設計”と親和的だったからである。たとえば系の研修資料には、授業計画の段階で「到達度(偏差値目標)」「課題提出率」「小テスト平均」を先に記入する例が掲載されたとされる。
このとき各校は、年度初めの校内会議で“目標達成の根拠”を説明しなければならず、その根拠がしばしば前年度の合格実績に依存した。その結果、学年主任の机上には「先書きされた平均点」が並び、夏休み以降の授業の改善が、書かれた平均点から逆算して決まっていったと語られる。
また、ある地方教育委員会では「提出率の締切は、集計は、公表は」と分単位で運用した結果、文書上の提出率はよりも先に達成されていた、という報告がある。実際には未提出分が別フォルダに移されて集計から外された可能性があると、内部監査メモが示唆したとされる[9]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、あらかじめ結果を書くが「検証可能性」を損なう点にあるとされる。結果欄は本来、仮説の妥当性を測るための出発点であるはずだが、現場では出発点が“ゴール”として扱われ、実験や学習がゴールに寄せられると指摘されている[10]。
また、文書監査の文化が強い組織ほど、結果欄が“証跡”として固定化されるため、修正が心理的に難しくなるという問題もある。ある会計監査の報告書では、結果欄の修正率が年次で平均にとどまり、そのうち修正理由が「想定外の外部要因」ではなく「表現の明確化」に分類された比率がだった、と記されている[11]。
さらに、語りの倫理も論争になった。事前結果を強い言い回しで書いた場合、外部に対する責任は増えるが、科学的な謙虚さは減る。加えて、あらかじめ結果を書いた文書が後から検索されることを見越して“正しい結果の文章だけが残る”現象が起きやすいとして、編集者や情報公開担当者からの批判も見られる[12]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真琴『工程証跡と文書会計:結果先行運用の実務史』青灯書房, 2012.
- ^ Margaret A. Thornton『Prewritten Conclusions in Governance Documents』Oxford Policy Press, 2016.
- ^ 中島礼央『予測結果票の設計思想と修正可能性』学術文書研究会, 2004.
- ^ Ruth K. Yamane『The Gravity of Wording: Draft-Endings before Data』Vol. 9, No. 2, Journal of Administrative Methods, 2011.
- ^ 【日本科学協会】審査運用委員会『見通し欄の取り扱い基準(暫定解説)』第3巻第1号, 日本科学協会紀要, 1983.
- ^ 鈴木岬太『校正計画と先書き数値:100日運用の系譜』計測史研究叢書, 1999.
- ^ 山岡郁也『教育計画書の“先書き平均点”問題』教育評価評論社, 2007.
- ^ Fernández, Luis『Audit Trails and the Unspoken Confirmation Bias』Cambridge Scholarly Press, 2019.
- ^ 内田由香『文書検索時代の責任文(若干おかしい但し便利)』第12巻第4号, 情報公開学報, 2021.
- ^ 田中啓介『港区の判子渋滧とその後:行政文書の伝承メモ』東京行政史資料館, 1974.
外部リンク
- 文書監査アーカイブ
- 予測結果票メーカーズ会議
- 教育目標先書き研究フォーラム
- 行政文書運用ナレッジベース
- 記述の重力に関する資料室