いずみすたー
| 分類 | 飲料器具、都市生活工芸 |
|---|---|
| 起源 | 昭和31年ごろ |
| 発祥地 | 東京都世田谷区代沢 |
| 考案者 | 井沢澄雄、早瀬ミドリほか |
| 材質 | 真鍮、耐熱ガラス、セルロイド樹脂 |
| 主用途 | 炭酸飲料の気泡保持、香味の撹拌 |
| 流行期 | 昭和40年代前半 |
| 別名 | 星型抽気器、イズム・スター |
いずみすたーは、中期にの井戸水研究から派生したとされる、微細な気泡を長時間保持する星状飲料器具である。のちにとの交差点に位置する奇妙な実用品として知られるようになった[1]。
概要[編集]
いずみすたーは、飲料に触れるだけで表面張力を再配置し、星形の泡を数十秒から数分間維持するとされた器具である。通常はや甘味の強い清涼飲料に用いられ、家庭用よりも喫茶店や研究会で好まれた。
その成立には、戦後の都市部における節水意識、の周辺で流行した実験的喫茶文化、ならびにの手工業者ネットワークが関与したとされる。とくに代沢の金属加工所「井沢軽工芸社」が試作した第2号機は、口径17ミリの先端部に六芒星状の切れ込みを持ち、注ぐ速度を変えることで泡の密度が変化するとされた[2]。
歴史[編集]
起源とされる井戸水試験[編集]
最初の着想は、世田谷の旧家で行われた井戸水の硬度測定会にあるとされる。主宰者のは、採水した水に金属片を沈めると泡が星形に散る現象を観察し、これを「井戸の癖」と呼んだ。この逸話は、後年の編集でやや誇張された可能性があるが、少なくとも地元紙『多摩新報』の小欄には、同年に「泡の模様を記録する風変わりな会合」があったと記されている[3]。
量産化と喫茶店への拡大[編集]
、神山町の喫茶店「カフェ・アルキメデス」が、いずみすたーをメニュー導入した最初の店舗であるとされる。客は砂糖を3.5グラムだけ入れた冷製コーヒーにこの器具を沈め、泡が完全な八角形になるまで待つことを礼儀としたという。なお、同店では待ち時間を測るためにの時刻表が使われ、平均提供時間が9分12秒から11分47秒へと逆に延びたことが常連の不満を呼んだ[4]。
輸出騒動と国際規格化[編集]
には、の商社を通じてとに少量輸出され、現地のホテルで「星のつく混合器」として紹介された。しかし、現地の衛生基準では先端の切れ込みが「不必要に詩的である」と判断され、輸入書類の再提出が求められたとされる。これを受け、の民間研究会が暫定的にJIS-IZM-6をまとめたが、条文の第4項だけが異様に詳しく、泡の回転方向まで指定していたという[5]。
構造と機能[編集]
いずみすたーは一見すると単なる撹拌具であるが、内部には三層構造の導流板が仕込まれているとされる。最下層は液体の流速を整える環状リング、中層は気泡を分割する羽根、上層は星形泡を安定化させる微細な縁取りから成る。
この機構により、飲料表面の気泡は直径1.8ミリから2.4ミリの範囲に揃えられ、光源の角度が45度前後のとき最も「青白く見える」と愛好家は主張した。また、1970年代の試験では、炭酸保持率が通常のストロー使用時と比べて平均で17.2パーセント向上したと報告されたが、測定条件が曖昧であるため、後年しばしば要出典扱いとなっている。
社会的影響[編集]
いずみすたーは、単なる器具にとどまらず、都市生活における「待つことの美学」を象徴する存在になった。特に期の喫茶店では、注文後すぐに消費される飲み物に対し、泡の完成を待つ行為それ自体が社交儀礼となり、若者の間で「泡見合い」と呼ばれる独特の文化が生まれた。
一方で、衛生上の懸念からが1972年に簡易通達を出したとされ、公共施設での使用には着脱式の洗浄リングが義務づけられた。この通達は実際には少数の地方自治体向け内部文書だったともいわれるが、いずみすたー愛好家はむしろこれを「公認」の証として歓迎した。結果として、家庭用よりも喫茶店用、学校祭用、鉄道駅売店用といった半公共空間での普及が進んだ。
批判と論争[編集]
批判の中心は、第一に実用性の低さである。通常のカップに比べて洗浄が複雑で、特に真鍮製の初期型は一晩で茶渋が三層に沈着するとされた。第二に、泡の形状が「星」と言うには角数が安定しない点であり、愛好会内部でも六芒星派、八芒星派、完全無地派に分裂した。
また、の『生活と工芸』誌上では、いずみすたーの普及が「都市の手触りを過剰に演出した」と批判され、これに対し井沢派は「演出こそ都市の真実である」と反論した。なお、同年の全国手工芸展示会で最優秀奨励賞を受けたという記録もあるが、受賞名が「奨励賞」なのか「推薦感謝状」なのか資料ごとに揺れており、編集合戦の痕跡が残っている。
派生文化[編集]
喫茶店文化への定着[編集]
後半には、いずみすたーを使った飲料提供が「星出し」と呼ばれ、からにかけての喫茶店で半ば儀式化した。メニューには「本日の星の硬さ」が記載されることもあり、硬さはAからDまでの4段階評価だったという。常連の中には、泡の崩れ方でその日の気圧を当てる者までいた。
教育・研究への波及[編集]
では、流体実習の教材として模造品が使われたとされる。学生は、泡が崩れるまでの時間を0.25秒単位で記録し、最終的には「いずみすたー係数」と呼ばれる独自指標を作成した。ただし、この係数は毎年度の担当教員によって計算式が違い、実験再現性はほぼなかった。
現代の再評価[編集]
末期からは、レトロ家電ブームと連動して再評価が進んだ。現存品は全国で推定83点、そのうち完全稼働が確認されているのは17点程度とされる。2021年にはで特集展示が行われ、来場者の4割が器具よりも付属の洗浄ブラシの異様な長さに注目したという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
参考文献[編集]
『多摩新報』編集部『代沢の泡と金工』多摩出版局, 1962年.
井沢澄雄『星を注ぐ技法』喫茶工学社, 1969年.
Margaret A. Thornton, "A Study on Star-Shaped Aeration Devices in Postwar Japan," Journal of Urban Material Culture, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1987.
早瀬ミドリ『泡の都市論』東都評論社, 1975年.
Hiroshi Kanda, "The Izumi-Star Controversy and Portable Carbonation," Proceedings of the East Asian Domestic Science Forum, Vol. 3, pp. 41-68, 1992.
『生活と工芸』編集部『特集: 飲むための星』生活と工芸社, 第14巻第7号, 1974年.
佐伯光一『民間器具規格史考』日本規格史研究所, 2001年.
Rebecca L. Moore, "When Foam Becomes Architecture: A Minor History of Tabletop Devices," The Pacific Review of Design History, Vol. 11, No. 1, pp. 9-33, 2004.
『東京手工芸年鑑 1974』東京手工芸年鑑社, 1974年.
田所真理子『洗うことの近代』港湾出版, 2016年.
脚注
- ^ 『多摩新報』編集部『代沢の泡と金工』多摩出版局, 1962年.
- ^ 井沢澄雄『星を注ぐ技法』喫茶工学社, 1969年.
- ^ Margaret A. Thornton, "A Study on Star-Shaped Aeration Devices in Postwar Japan," Journal of Urban Material Culture, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1987.
- ^ 早瀬ミドリ『泡の都市論』東都評論社, 1975年.
- ^ Hiroshi Kanda, "The Izumi-Star Controversy and Portable Carbonation," Proceedings of the East Asian Domestic Science Forum, Vol. 3, pp. 41-68, 1992.
- ^ 『生活と工芸』編集部『特集: 飲むための星』生活と工芸社, 第14巻第7号, 1974年.
- ^ 佐伯光一『民間器具規格史考』日本規格史研究所, 2001年.
- ^ Rebecca L. Moore, "When Foam Becomes Architecture: A Minor History of Tabletop Devices," The Pacific Review of Design History, Vol. 11, No. 1, pp. 9-33, 2004.
- ^ 『東京手工芸年鑑 1974』東京手工芸年鑑社, 1974年.
- ^ 田所真理子『洗うことの近代』港湾出版, 2016年.
外部リンク
- 世田谷郷土工芸アーカイブ
- 日本泡具研究会
- 昭和喫茶器具データベース
- 井沢家文書室
- 東都デザイン史コレクション