うめのしこティッシュ
| 対象 | 儀礼用薄紙・記録媒体 |
|---|---|
| 成立 | 12世紀末ごろ |
| 主な使用地域 | 中東、東地中海沿岸、中央アジア |
| 素材 | 麻繊維、樹脂、梅核灰、香料 |
| 用途 | 祝詞、商談記録、弔意書 |
| 特徴 | 湿気で香りが立つ、折ると封蝋のように固着する |
| 終息 | 16世紀中ごろ |
| 関連職能 | 紙職人、香料商、宮廷書記 |
うめのしこティッシュ(うめのしこティッシュ、英: Umenoshiko Tissue)は、の交易都市圏で用いられた儀礼用の薄紙兼記録媒体である。特にからにかけて、香料商と写本職人のあいだで独自の用途を持ったものとして知られている[1]。
概要[編集]
うめのしこティッシュは、からにかけて流通した薄紙の一種であり、見た目は極薄のに近いが、実際には繊維にと樹脂を混ぜて作られていたとされる。折り目の部分がわずかに発熱し、封印の役目を果たしたことから、商取引の確認書や香油の献納札として重用された[1]。
名称の「うめのしこ」は、現地の商人が梅の核を「うめのしこ」と呼んだことに由来するという説が有力である一方、の「umay-shik」が転訛したものとする説もある。ただし、の写本に見られる表記は三種類に割れており、語源は現在も研究者の間で一致を見ていない[2]。
起源[編集]
香料倉庫の失火[編集]
成立の契機は、ごろ近郊の香料倉庫で起きた小規模な失火であるとされる。火災後に残った黒ずんだ梱包紙が、梅核灰を含むことで虫害に強いことが偶然判明し、配下の帳簿係であったが再利用を命じたと伝えられる。これが後に儀礼用薄紙として制度化され、書簡の外装と内文を一体化させる技法へ発展した[3]。
当初は単なる再生紙にすぎなかったが、香料商が紙面に燻香を移すことで取引先の倉庫ごとに匂いを識別できることが分かり、商人組合が規格化を進めた。なお、最初期の規格では1束あたりと定められていたが、儀式用のものだけに増やされたという記録がある。
宮廷への導入[編集]
初頭、の地方政権がこれを宮廷文書に採用したことで、うめのしこティッシュは単なる商用品から政治的な媒体へ変化した。宮廷書記たちは、通常の紙ではなくこの薄紙を用いることで、書状を開封した瞬間に香りと灰色の筋が立つ演出を好んだとされる。
に行われたとされる「七香の献上式」では、使節一行がの外港で約のうめのしこティッシュを献上し、これが以後の貢納記録の標準様式になったという。もっとも、この数字は後世の誇張であるとの指摘もある[要出典]。
構造と製法[編集]
製法は地方ごとに異なるが、一般には麻布を灰汁で煮たのち、梅核を焼いて得た微細な灰と樹脂を混ぜ、石板上で薄く延ばして乾燥させたとされる。完成品は光にかざすと網目状の繊維が浮かび、湿気を吸うとほのかな酸味の香りを放つ点が特徴であった。
また、上質品にはの染液で縁取りが施され、下級品には識別用の穿孔が一列に入れられた。商人たちはこれを「呼吸孔」と呼んだが、実際には束ねた際の割れ防止のための加工であったとみられる。保存状態の良いものは沿岸の遺跡や北部の乾燥洞窟から散発的に出土している。
一部の研究者は、うめのしこティッシュが紙というより香料を保持するための布製インサートだったとする説を唱えているが、現存資料の大半は文面が残っているため、完全な布製説は支持を広げていない。
展開[編集]
交易路への拡散[編集]
にはから、さらにの商館にまで拡散した。特に商人はこれを「紙の封蝋」と呼び、香辛料の納品書に用いることで、偽造を防いだとされる。封入時に紙がわずかに粘着するため、開封の痕跡が残りやすかったからである。
の流行病の時期には、医師団が感染回避のためにこの紙を鼻覆いとして流用した記録があり、これが後に「ティッシュ」の語感を生んだとする俗説もある。ただし、鼻覆い説は同時代史料が乏しく、実証は難しい。
宗教儀礼への転用[編集]
の一部都市では、うめのしこティッシュが巡礼者の誓約書として用いられた。紙面に香油を一滴落としてから名を記すと、乾燥後に文字がやや沈み込み、偽筆が困難になるためである。
の宗務院の記録では、1年でが消費されたとされるが、同文書の余白には「内訳不明」とだけ記されており、実際には燈明の芯材として再利用された可能性がある。こうした融通の利く性質が、うめのしこティッシュを長寿命の制度へ押し上げた。
衰退[編集]
に入ると、より安価な木材パルプ紙と金属印章の普及によって需要は急減した。加えて、香料の専売権をめぐるの商人同士の対立が激化し、品質のばらつきが大きくなったことも衰退の要因とされる。
にはの徴税官が、うめのしこティッシュを「腐敗しにくいが、保管棚を梅の匂いで満たす厄介な紙」と評し、公式文書での使用を制限したと伝えられる。これを最後に宮廷用途からはほぼ姿を消し、以後は一部修道院の薬包紙や、香木の包み紙として細々と残った。
もっとも、完全な消滅ではなく、の北部では、婚礼の贈答品を包む薄紙として似た技法が継承されていた。民俗学者のあいだでは、この地方習俗が現代の包装紙文化の一支流になったとする説もある。
社会的影響[編集]
うめのしこティッシュは、文書を「読むもの」から「嗅ぎ分けるもの」へと変えた点で重要である。香りによる真偽判定は商慣習の信頼を高め、同時に書記の仕事に調香知識を必須化させた。これにより、の書記学校では「第3香区画」という独自の科目まで設けられたという。
また、紙の折り方が身分を示す符牒として使われ、三つ折りは使節、五つ折りは寺院、七つ折りは香料同盟を意味したとされる。折数の誤りが外交問題に発展した例もあり、の沿岸で起きた「香り違え事件」は、うめのしこティッシュ史上もっとも有名な誤配として語られる。
現代では、の一部博物館で復元展示が行われているほか、紙文化史の講義では「制度が匂いを持つことがある」という比喩の例として引用される。
研究史と評価[編集]
近代の研究は末、の東方学者が、商業文書の末尾に現れる梅核灰の痕跡をまとめて報告したことに始まるとされる。その後、出身のがに現地調査を行い、紙片の繊維分析と香料残留の測定を実施した[4]。
評価は二分されており、文化史家は「紙と匂いと権威が重なった稀有な媒体」と高く評価する一方、保存修復家は「虫害対策としては優秀だが、博物館の収蔵庫を梅干しのような匂いにする」と慎重である。なお、の報告書では、復元試料の23%が数日で膨潤したとされるが、試料の保管温度が記録されていないため再現性には疑義がある。
それでも、うめのしこティッシュは、単なる奇妙な紙ではなく、交易・宗教・官僚制が接触する地点で生まれた複合文化財として再評価されている。
脚注[編集]
[1] 『中東香料文書の基礎研究』 [2] 『語源断章集』 [3] 『バグダード帳簿係日誌抄』 [4] 『東方薄紙の材料学』
関連項目[編集]
脚注
- ^ ハサン・イブン・マリク『香料倉庫と薄紙の成立』ダマスクス大学出版局, 1261年.
- ^ Ernst Klineholz, "On the Fibrous Seals of the Levant", Journal of Oriental Material Studies, Vol. 14, No. 2, 1898, pp. 117-146.
- ^ 佐伯道夫『東方薄紙の材料学』東京帝国大学東洋史研究室, 1927年.
- ^ Fatima al-Qadi, "Scented Ledger Papers in Mamluk Commerce", Revue d'Histoire Méditerranéenne, Vol. 22, No. 4, 1956, pp. 201-233.
- ^ A. Thornton, "The Plum-Ash Composite in Pre-Modern Paper Industries", Bulletin of Comparative Palaeography, Vol. 9, No. 1, 1973, pp. 44-68.
- ^ ミルザー・ナーデル『語源断章集』テヘラン歴史文庫, 1981年.
- ^ Nadia Ben Yusuf, "Trade Marks and Olfactory Authentication in Medieval Syria", Cambridge Papers in Levantine History, Vol. 31, No. 3, 2004, pp. 88-121.
- ^ 『バグダード帳簿係日誌抄』国際紙史協会叢書, 2011年.
- ^ M. H. Petrov, "The March of the Scented Paper: Notes on Umenoshiko Tissue", Slavic and Eastern Archives, Vol. 7, No. 2, 2018, pp. 9-31.
- ^ ブリストル大学文化遺産研究所『復元試料における膨潤率と保存環境』, 2014年.
- ^ Leila M. Haddad, "When Paper Smelled Like Resin: A Comparative Study", Studies in Material Cultures, Vol. 18, No. 5, 2020, pp. 301-329.
外部リンク
- 中東紙史研究センター
- レバノン香料文書博物館
- 東方写本材料アーカイブ
- 国際オルファクト文書学会
- 薄紙再現工房アル・カーミル