おしり電車
| 分類 | 即席交通儀礼(身体連結型) |
|---|---|
| 発祥地域 | スウェーデン(ストックホルム近郊) |
| 成立時期 | 1870年代後半 |
| 主要主体 | 港町の職工組合と寄合芸人 |
| 用いられた技法 | 滑走帆布・臀部連結・リズム合図 |
| 拡散ルート | 北欧→ライン川流域→地中海沿岸 |
| 社会的評価 | 健康促進と風俗統制の両面で論争 |
| 関連語 | 尻輪(しりりん)、腰連結法 |
おしり電車(おしりでんしゃ)は、後半にで流行した即席交通儀礼であり、実用鉄道の「補助輪」に由来するとされる[1]。のちにヨーロッパ各地の寄合文化へ波及し、動作と振動を“音楽化”する技法として研究対象にもなった[2]。
概要[編集]
おしり電車は、実際の鉄道車両を指す名称ではなく、当時の町が“交通そのもの”に儀礼性を付与しようとした結果として生まれた身体芸の総称である。主として、複数人が一列に並び、前後の人が帆布紐や帯を介して互いの背後へ連結する動作を「電車」に見立て、停止・発車・減速を掛け声と足裏の振動で合図する構造が共有されたとされる。
歴史資料では、の周縁の港湾修繕現場において、資材運搬の遅延を“気分転換”で回避するために考案された、と説明されることが多い。ただし、記録の多くは後年の書簡編纂であり、当初から“臀部連結”の形を取っていたかどうかには揺れがある。とはいえ、鍵になるのは「移動を模倣する」よりも「移動のリズムを統一する」ことにあったとする説が有力である。
背景[編集]
鉄道そのものではなく「補助輪の論理」が転用された[編集]
当時の北欧では、狭軌の貨物線が拡張される一方、積み下ろしの工程がボトルネックになっていたとされる。そこで港湾労働者の間では、レール脇に敷く簡易滑走台(いわば補助輪の発想)を“作業の拍子”として口伝化し、作業班の連携が重要視された。
おしり電車はこの拍子を身体に移植したものとして理解されることが多い。特にの前身である小規模調整会が、集団の動きを計測しようとした文脈で「尾(お)=連結点」という比喩が採用されたとされるが、語源の説明は資料によって異なる。ある解釈では「尻」を“終端の合図”と見なしたことが始まりだとされる[3]。
寄合文化が「羞恥」を「規律」に変換した[編集]
19世紀後半、北欧の冬季では屋内の集会が増え、身体接触を伴う芸が増殖した。だが、衛生・治安の観点から“露骨さ”は問題視され、そこで寄合芸人は刺激語を避け、動作を標準化することで許容を取りに行ったとされる。
この過程で、連結部位が“隠し方”の工夫によって意味を変えたという指摘がある。つまり、誰もが見たくない要素は帯や帆布で覆い、合図だけを鋭くした結果、観衆は「危ういが秩序だった」体験として記憶するようになったと説明される[4]。ただし当時の記録には「観衆が先に笑い、参加者が遅れて笑う」という矛盾した回想もあり、実態はより複層だった可能性がある。
経緯[編集]
のでの港湾修繕起点説は、現場監督の家族がまとめた随筆集に依拠するものが多い[5]。それによれば、資材搬入が月曜に限って遅れ、作業班が不機嫌になることで事故率が上がっていたという。そこで監督は、班ごとに“発車”と“停止”の掛け声を割り当て、合図に合わせて一列に身を寄せる遊戯を導入したと記される。
その後の拡散は、鉄道イベントではなく「展示旅行」によって加速した。北欧の職工組合がに催した“滑走帆布品評会”では、合図の統一を競う部門が設けられ、参加者が規定の時間内に列の維持率を示したとされる。統計として残るものでは、列維持率が平均でに達した年があり、失格条件が「合図の遅れが3拍以上」とされたとも報じられている[6]。
この品評会の成功を受けて、ライン川流域の商業都市へ模倣が移った。たとえばの駐在文官はの報告書で、即席“電車”が路地で行われるため、夜間の騒音が問題化したことを記している[7]。一方で、地中海沿岸では、臀部連結ではなく帯連結へ置換した簡易版が広まり、同一の合図語彙が「腰連結法」として別ジャンル扱いになったとされる。
影響[編集]
労務管理と“身体メトロノーム”の発想を生んだ[編集]
おしり電車がもたらしたのは、移動模倣そのものより、集団行動を拍子で制御する発想であるとされる。結果として、工場や市場の作業班において「合図係」が常設化し、足裏の微振動や呼気のタイミングが規則化されるようになったと推定されている。
この流れは後の(各地で名称が微調整された)の指導書にも見られる。たとえばにアムステルダムで発行された小冊子では、合図の遅れを“3拍”から“2拍”へ引き下げる提案があり、過度な身体接触を避けつつ連携を保つ方向へ進んだとされる[8]。ただし、どの程度が実際の制度に反映されたかは要出典とされる箇所もある。
風俗統制と「笑い」の経済学が噛み合った[編集]
都市当局は当初、通行の妨げと秩序違反を理由に禁止に傾いた。しかし禁止はかえって“見せ物化”を促し、場所取り競争や入場料の徴収を生んだとされる。ある記録では、広場の利用が週2回、入場料が“銅貨1枚(通貨単位は地方で変動)”だったとも記される[9]。
ここで重要なのが、観衆の笑いが遅れて参加者に伝播し、合図が乱れる問題が生じたことである。行政文書では「観衆は初回で笑わず、二回目で笑え」と奇妙な指示が出されたとされるが、文書の筆者は匿名で、後年の編纂であるため真偽は揺れる。とはいえ、当局が“笑い”を統制対象として扱う姿勢自体は、19世紀末の風俗行政の流れと整合すると見られている。
研究史・評価[編集]
学術的な関心は、20世紀初頭の民俗学と身体運動学の交点で高まった。最初期の研究では、おしり電車は“下品な流行”として一括で扱われ、運動の技術的要素は軽視された。しかしにで開かれた民俗運動講習会を契機に、合図語彙の体系化が試みられたとされる[10]。
一方で、評価は二極化した。肯定側は、寒冷地での屋内集団運動としての価値を強調し、転倒リスクが適切な帯幅で減ることを指摘したとされる。否定側は、身体接触の逸脱が起きやすく、衛生基準をすり抜けるという批判を行った。なお、研究者の一人は「合図の音高(ピッチ)が参加者の主観快感に相関する」と述べたが、その測定方法が“壁に貼った紙テープの伸び”であるとして軽視された[11]。
今日では、交通の比喩を通じて共同体の秩序が再編される過程の例として参照されることがある。もっとも、地域によっては“おしり電車”という呼称が後付けの俚称であり、実際には別の呼び名で運用されていた可能性があるとする説もある。
批判と論争[編集]
論争の中心は安全性と、語の扱いである。衛生監督側は、連結帯の共有による感染リスクを問題視し、にで行われた“洗浄規定”の制定を成果として挙げたとされる。ただし、その規定に言及する資料には、清拭時間が単位で記されている一方、他の資料ではとされるなど整合性が乏しいという指摘がある。
また、名称の由来をめぐる議論も起きた。ある流派は、当初から「おしり」は“終端の合図”の意味であったと主張する。他方、別の流派は、初期は無言の動作だったが、後に芸人が韻を踏むために語を誇張したのだとする[12]。この二説は、どちらももっともらしく見えるため、教育現場では「地域史の違いとして扱うべき」とされた。
さらに、笑いの経済効果を根拠に存続を主張する文献もあり、これは倫理面で批判された。行政文書の引用部分にだけやけに具体的な統計(「観衆の笑いの開始が平均遅れる」など)が含まれていることから、編集段階で脚色された疑いがあると報告されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ エリク・カールソン『港湾労働の拍子体系:北欧口伝の復元』ストックホルム民俗研究会, 1912年, pp. 41-63.
- ^ Greta Hjalmarsson『Improvised Railways in Winter Homes: A Study of Rhythm-Linked Mobility』Scandinavian Folklore Review, Vol. 7, No. 2, 1921年, pp. 103-129.
- ^ アンヌ・ド・ラウレ『尻輪の言語学:比喩と身体の往復』パリ人文出版社, 1936年, pp. 12-28.
- ^ Johan Mikkelsen『帯連結と衛生規定の形成過程』北欧衛生史学会紀要, 第3巻第1号, 1904年, pp. 55-80.
- ^ Helene Söder『ストックホルム修繕随筆集の校訂』ストックホルム大学出版局, 1950年, pp. 201-224.
- ^ Robert van der Meer『Regulation of Street Performances Along the Rhine』Journal of Urban Etiquette, Vol. 12, Issue 4, 1908年, pp. 77-98.
- ^ Sahar Al-Karim『Mediterranean Adaptations of Northern Body-Rhythm Traditions』Mediterranean Studies Quarterly, Vol. 5, No. 1, 1967年, pp. 1-33.
- ^ 渡辺精一郎『身体運動学と寓話:拍子を測る試み』東京衛生医書館, 1929年, pp. 88-101.
- ^ Clara di Monti『笑いの遅延伝播モデル(臨床ではなく演目として)』Rhetoric of Public Life, 第9巻第2号, 1915年, pp. 210-239.
- ^ Mats Bergqvist『壁紙テープによるピッチ相関の再検討』Uppsala Sound Studies, Vol. 2, No. 3, 1931年, pp. 14-19.
外部リンク
- 北欧民俗アーカイブ(仮)
- 港湾労務局デジタル写本館
- ライン川街角儀礼資料室
- 衛生規定の歴史ポータル
- 身体リズム事典(閲覧のみ)