おならの仮面
| 分類 | 民俗芸能・即興演芸(仮面パフォーマンス) |
|---|---|
| 登場領域 | 祭礼、路上演芸、劇団上演 |
| 素材(伝承例) | 紙、漆、亜鉛華配合の下地、胡粉 |
| 想定される効果 | 観客の笑いと共同体の「気の整流」 |
| 発声の特徴 | 息の通り道を操作する口腔・鼻腔のリズム |
| 主な伝播経路 | 旅回り一座と講談師の口伝 |
| 関連法規(議論) | 臭気・騒音の苦情対応に準拠すべきとの指摘 |
おならの仮面(おならのかめん)は、主に祭礼や演芸の文脈で語られる即興仮面芸の一種である。発声・呼気・体勢変化を芸術化した所作体系として「近世の民俗嗜好品」から派生したとされる[1]。一方で、その起源を巡っては複数の説が存在し、文献上は同名の別系統も確認されている[2]。
概要[編集]
おならの仮面は、仮面(面)を着用または携行し、呼気のリズムと身体の体勢変化を組み合わせて笑いを誘発する演芸として説明されることが多い。ここでいう「おなら」は単なる身体現象ではなく、呼気の層(圧、温度、湿度の微差)を観客の耳と視線に対応させる比喩として扱われる場合がある。
成立経緯としては、江戸後期に発達した小劇場の技法が、地方の祭礼に混合されたことが契機とされることが多い。ただし文献によっては「仮面が先で、所作が後から名付けられた」とする逆流説もあり、用語の体系が後年に統一された可能性が指摘されている[3]。
歴史[編集]
語源をめぐる二系統(仮面派・息派)[編集]
最も広く流布したのは仮面派の説明である。これは、仮面の前面に設けられた小孔の配置が「腹腔からの気流」を模したものであり、孔径を変えるほど音色(と観客の反応)が変化するとされた考えに基づく[4]。この体系では、面の左右に配した「副孔」が笑いのタイミングを決めるとされ、職人は面の製作時に湿度を測る習慣があったとされる(伝承では当時の記録紙に「乾度 62%」のような数字が残っているとされるが、真偽は定かではない)[5]。
一方で息派は、語の中心を仮面ではなく発声の運用に置く。旅回り一座の家訓として「息を三層に分ける」と記された写本が共有されたとされ、第一層は軽い息、第二層は鼻腔共鳴、第三層は下腹部の微圧調整として解釈されたという。この三層運用が、当時の流行語であった「気味の良い不意打ち」を体現した結果、「おならの仮面」という呼称が定着したとする説がある[6]。
近世から大衆化へ:関与した人物と組織[編集]
おならの仮面が全国的な語として可視化されたのは、明治期の興行改良を契機とする、としばしば説明される。とりわけ、の簡易演芸監督制度を扱った「興行場規則整理要領」の補遺で、仮面芸は「音と視線の同時制御」と要約されたことが、用語の標準化につながった可能性がある[7]。この文書を推進したのは、の演芸指導係に所属していたとされるであり、彼は地方公演を視察する際、演目の危険度を「転倒・熱傷・臭気」として分類したと伝えられている(臭気分類が入っていることに当時の現場感が滲むとして引用される)[8]。
さらに、後年にはの仮面工房群での量産技術が関与したとされる。工房の連盟は「」と称し、原材料の規格(胡粉の白度、紙厚、漆の乾燥日数)を統一したという。この規格化により、観客が期待する音の「再現率」が上がった、とする説明が見られる[9]。ただし、再現率の算定方法は曖昧であり、ある記録では「再現率 87.3%」と記された一方で、測定日が冬季のみであったため、研究者の間では「季節バイアス」と呼ばれる指摘もある[10]。
社会への影響:笑いが「公共」を作ったという見立て[編集]
おならの仮面は、笑いを個人的放出として扱うのではなく、共同体の同調行為として位置づける言説に結びついた。具体的には、祭礼での余興が始まる前に、集団が一定の呼吸テンポに揃えられ、その後に仮面芸が挿入される流れが作られたとされる。これはのちに「気流同調の儀式」という枠で説明され、の前身調査委員会が、祭礼余興の出席率と不満件数の相関を集計したことがある、とされる[11]。
一方で、臭気や騒音の苦情が増えたという報告も存在した。たとえばの一部では、仮面芸を含む夜間興行について「深夜 0時〜1時の音量管理」を求める通達が出されたとされるが、同時期の記録には「音量 40ホン以下」と書かれており、単純な運用基準としては不自然だとする指摘もある[12]。それでも、基準が厳格化した結果として「面の小孔を微調整する職人芸」が発展した、という“副作用の成功”が語り継がれている。
製作と演技の手引(文献に残るディテール)[編集]
資料によれば、おならの仮面の製作は「面の気密度」「孔径」「縁の反響率」の三要素で管理されると説明される。面の気密度は、薄い紙を三層に貼り、縁に漆を一度だけ重ねる手順で調整されることが多い。職人は「乾燥 9日」を目安にし、9日目の午前 7時に仕上げの検品をする、とする記録がある[13]。
演技面では、仮面を構えたまま一息で三段階の体勢を取るとされる。第一段は前傾、第二段は側屈、第三段は片膝着地である。面の前面小孔は観客の位置に向くように微回転させ、呼気の通り道を作る。ある興行の台本では「音(仮想)を立てる」のではなく「音を沈める」のだと書かれており、ここが誤読されて別系統の興行に流れた、と注記される[14]。なお、沈めるための手順が「背筋 12%緊張、肩 3%脱力」といった体感パラメータで記されているため、科学的妥当性は低いが“説得力の筋”はあるとして引用されることがある[15]。
批判と論争[編集]
批判としては、まず衛生面が挙げられる。仮面芸が多人数の観客と近接し、呼気の残留が論じられたことがあるため、の委員会が「共有具の洗浄基準」を暫定的に示したとされる[16]。ただしこの基準は、洗浄時間が「55秒」と指定されており、短すぎるとして笑いの種になったという記録も残る[17]。
次に文化盗用・文脈の問題がある。地域の祭礼に根付いたとされる所作が、都市部の劇団によって“商品化”された結果、「元の場での意味」が削がれたとする指摘があった。特にの「民俗興行協会」が、他地域の面様式を統一規格に落とし込んだ際、孔配置の由来が説明されないまま上演されたことが問題視されたとされる[18]。一方で反論としては、規格化が技能継承を助けたという見方もあり、論争は長く続いたと要約されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『興行場規則整理要領:補遺編』内務省印刷局, 1886.
- ^ Margaret A. Thornton「Rhythms of Breath in Folk Masquerade(仮面民俗における呼吸リズム)」『Journal of Performative Airflow』Vol.12 No.4, 1921, pp.113-129.
- ^ 佐伯みさき『民俗仮面の孔配置と反響』東京民芸学会, 1907.
- ^ 高梨権之助『気密度の民芸工学:紙三層貼りの実験譜』博文館, 1914.
- ^ Klaus Weber「Acoustic-Expectancy Effects in Street Theater」『Proceedings of the International Society for Applied Spectatorship』第3巻第2号, 1933, pp.44-61.
- ^ 伊藤文太『旅回り一座の口伝記録:三層息の系譜』国書刊行会, 1919.
- ^ 『仮面製作同業組合 規格書(暫定)』仮面製作同業組合, 1927, pp.7-19.
- ^ 山脇春人『地域福祉と余興:出席率・不満件数の相関報告』地域福祉庁調査課, 1932.
- ^ 中田耕作『浅草仮面工房夜話』浅草書房, 1941.
- ^ 『興行音量管理の標準指針』保健福祉部, 1950, pp.2-5.
- ^ 李明姫「Scent and Public Laughing: A Comparative Note」『東アジア民俗学論集』第9巻第1号, 1978, pp.201-223.
- ^ 戸田昌樹『おならの仮面:再現率87%の謎』青藍学芸出版社, 2003.
外部リンク
- 仮面芸アーカイブ
- 浅草演芸写真館
- 呼気リズム研究会
- 民俗工房規格データベース
- 地域祭礼ログ