自演あらよオンマ
| 分野 | 即興表現・集団行動演出 |
|---|---|
| 主な利用領域 | 劇団裏方文化/配信コミュニティ/路上演目 |
| 別称 | あらよ先導/オンマ誘導 |
| 成立時期(伝承) | 1990年代後半〜2000年代初頭とされる |
| 中心地(伝承) | 周辺 |
| 関連語 | 自演芸、反応先取り、偶然演出 |
| 分類(研究便宜) | 反応制御型コミュニケーション |
自演あらよオンマ(じえんあらよおんま)は、場の反応を先回りして作ることで「偶然」を演出する、主にの即興文化圏で用いられたとされる言い回しである[1]。元来は民俗芸の変形として説明されてきたが、のちにネット時代の行動様式として再定義されるようになった[2]。
概要[編集]
自演あらよオンマは、「あらよ」という掛け声により場の流れを揺らし、次に「オンマ」という呼応で反応の方向を固定することで、聞き手が“偶然そうなった”と感じる状態を作る技法(とされる概念)である[3]。この語が指す範囲は広く、最小単位では観客の笑い声を一拍遅らせる程度の調整から、最大単位では複数人で反応の波形を設計するものまで含むと説明される[4]。
語源としては、江戸期に遡るとする説と、実際には昭和後期の舞台稽古の用語から派生したとする説が併存している[5]。もっとも、どちらの説でも「自演」は自己の演技のみならず、集団の反応そのものを“自分の仕事”として引き受ける態度を含むため、単なる不正行為と切り分けにくい点が特徴であるとされる[6]。なお、この概念が広まった経緯には、系のネット健全化講座での“悪用防止”説明が、皮肉にも周縁語を洗練させたという指摘がある[7]。
成立と伝承[編集]
民俗芸起源説:三間(さんげん)と一拍遅れ[編集]
自演あらよオンマの起源は、地方の盆踊りに見られたとされる「三間の間抜け」を埋める段取りに求められるという[8]。伝承では、太鼓の“空打ち”を三間に一度入れ、その直後に声掛けを「二音だけ遅れて」重ねることで、観客が不自然さを見抜く前にリズムを回復できたと説明される[9]。
この語の中核である「あらよ」は、空打ちの直後に飛ばす小さな合図だったとされ、次の「オンマ」は、反応者が後から自分の意志で参加したと感じられるよう、聞こえ方を“角度”で調整する所作を指したとされる[10]。研究者のは、当該地域の聞き取り記録をもとに「オンマは方言というより“耳の位置の指示”である」と論じたとされる[11]。ただし当時の資料は散逸しており、後世の脚色も疑われている[12]。
舞台稽古起源説:稽古場での反応タイミング設計[編集]
一方で、舞台稽古起源説では、の小劇場で行われた“反応タイムライン”訓練が語の原型になったとされる[13]。この訓練は、台詞の内容よりも観客の笑い・沈黙・ざわつきがどの順序で来るかを記録し、役者が次に踏む“感情の足場”を作るものであったと説明される[14]。
伝えられる手順では、役者は鏡の前で「自分の笑い声を録音→0.6秒前倒し→喉の摩擦音を削る」という校正を行い、その音を稽古場の隅で再生しながら自分の“偶然顔”を習得したとされる[15]。この手法がいつしか裏方の合言葉として短縮され、「自演あらよオンマ」と呼ばれるようになった、という筋書きが採られている[16]。ただし、これらの数字は後の二次創作が混ざっている可能性があるとも指摘されている[17]。
社会への影響[編集]
自演あらよオンマは、誇張された意味で「場を回す技術」として消費される一方、時に“反応を買う”という倫理問題を伴うと論じられた[18]。2000年代後半には、の路上パフォーマンス界隈で「拍手の分布を平均化する」という考え方が広まり、観客の年齢層や足音の密度を即座に測る簡易カウント法が採用されたとされる[19]。
また、配信文化では、コメント欄の流量が少ない時間帯に自分側の“呼応”を先行させることで、視聴者が安心して参加できる環境を作る、という説明が与えられることがあった[20]。このとき用いられた計測値が細かい点で知られ、たとえば「流速が1分あたり38行を下回る場合はオンマを二回に増やす」「チャットの語尾が『w』へ寄るまで12秒待つ」といったルールが、半ば儀式として語られたという[21]。
他方で、こうした行為は“偶然”を資本化しうるという見方も出た。結果として、の地域商店街支援資料で、ライブ感を装う演出に過度な依存をする危険が注意喚起されたとされる[22]。ただし、当該資料が実際に自演あらよオンマという語を使用していたかは、当時の編集履歴が残っていないため、要検証とされている[23]。
代表的な用例(伝承された事例)[編集]
自演あらよオンマは、言葉のままに「自分で演じ、場が“偶然そう見える”ところまで誘導する」運用として語られることが多い[24]。以下では、後年の報告書や当事者談として引用されることの多い事例を、便宜上“型”としてまとめる。各事例の選定は、(1)語が用いられたとされる記録の残存度、(2)数字の具体性、(3)周辺の組織名が絡む度合い、によっているとされる[25]。
路上・舞台型[編集]
の交差点で行われた“息継ぎ芸”では、演者が転び役を自分でやりつつ、観客の「大丈夫?」が来た瞬間にだけ転びを止めることで、転倒が一度きりの事故に見えるよう調整したとされる[26]。この回の報告では、停止までに要したのが“7歩分”で、観客の反応語が「ごめん」から「すごい」に切り替わるまで平均9.3秒だった、と書かれている[27]。
また、音楽ユニットのワンマンで「オンマ」を用いたコール&レスポンスが、実際にはバンドメンバーではなく、ステージ袖に配置された観測係によって誘導されていたと噂された[28]。この件で、誘導係が使った合図は「あらよ」を“右耳方向に寄せて”発声するというもので、結果として会場の笑い声の位相が揃ったとされる[29]。
配信・コミュニティ型[編集]
配信者の中には、視聴者が少ない初動で沈黙が続くとチャンネルが“止まって見える”という経験則から、自演あらよオンマを「安心の導線」と呼んだとされる[30]。伝承では、配信開始から最初の3分間にコメントを8つ“先に立て”、その直後に自分の反応を薄く返すことで、視聴者が後から参加しやすくなるという[31]。
さらに、掲示板系コミュニティでは、荒れそうなスレッドに対して「オンマ=収束の合図」と解釈し、対立煽りの語尾を“やわらげた”返答を先に流していた、と言及されることがある[32]。ただし当事者は「不正ではなく場の安全設計だ」と主張したとされる一方で、第三者からは“編集済み空気”に過ぎないとの批判もあったとされる[33]。
批判と論争[編集]
自演あらよオンマに対しては、第一に「偶然の装飾」が人を欺くのではないかという批判が繰り返し出た[34]。特に、配信や販促の文脈では、視聴者・客が“自分で見つけた反応”だと思う余地が奪われる点が問題視されたとされる[35]。
第二に、運用が高度化するほど、実際の反応との区別がつかなくなるという技術論争が起きた。たとえばの「参加設計研究会」が、反応波形を“実測”しないまま誘導だけを重ねると、コミュニティが外部刺激に弱くなると警告した、という流布がある[36]。なお、この団体名は記事によって表記揺れがあり、同じ研究会が別名称で登録されている可能性もあると指摘される[37]。
第三に、語の意味が拡張されすぎたことが挙げられる。舞台稽古の比喩だったはずが、のちに「自演=確定的な不正」と短絡され、概念の中立性が損なわれた、という編集者の回顧もある[38]。結果として、概念を説明する文章ではしばしば「これは不正を肯定するものではない」という但し書きが付くようになったとされる[39]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 加藤綾乃『偶然はどこから来るか:即興文化の設計原理』東京書房, 2013.
- ^ Margaret A. Thornton『Staging Accidents: Audience Feedback as Performance』Routledge, 2016.
- ^ 大塚詩音『オンマの聴覚学:方言ではない“耳の位置”』【学術社】, 2009.
- ^ 田村慎二『自演と場:反応の波形を読む技法』青嶺出版, 2021.
- ^ 自演あらよオンマ研究会『反応先取りの社会学的含意』季刊・コミュニケーション研究, 第12巻第3号, 2008, pp. 41-66.
- ^ 井上礼子『小劇場の裏方言語:合図が観客を導く仕組み』演劇学会叢書, 第7巻, 2011, pp. 105-132.
- ^ Kuroda, H.『Gesture Timing in Informal Performances』Journal of Applied Folklore, Vol. 24, No. 1, 2018, pp. 12-27.
- ^ 【総務省】編『ネット時代の参加安全ガイド(改訂暫定版)』大臣官房サイバー安全課, 2010.
- ^ 【経済産業省】編『地域の“ライブ感”とその持続条件』商業流通政策資料, 2014.
- ^ Sato, M.『Onma and the Myth of Spontaneity』Kyoto Press, 2007.
外部リンク
- 即興文化アーカイブ
- 反応工学研究ノート
- 小劇場稽古用語集
- 配信者ための参加設計FAQ
- 路上芸記録館(仮)