かいてん型原子力潜水艦
| 分類 | かいてん式回転推進・原子力潜水艦 |
|---|---|
| 推進方式 | 回転ユニットによる統合推進・姿勢制御 |
| 乗員 | 通常 86名(訓練時は最大 92名) |
| 就役年代 | 1959年頃〜1978年頃 |
| 主要な海域 | 沿岸〜周辺 |
| 注目点 | 静粛性より“回転由来の安定性”を重視 |
| 開発主体 | 海軍技術統制本部(通称・技統本) |
| 搭載施設 | 回転室/臨界監視リング/炭素同位体熱交換器 |
かいてん型原子力潜水艦(かいてんがた げんしりょくせんすいかん)は、円盤状の回転ユニットを備え、推進・姿勢制御を“回転翼”で統合する潜水艦であるとされる[1]。1950年代後半の海軍技術研究から発展し、国内の潜水艦設計に“旋回しながら沈む”思想を持ち込んだとされる[2]。
概要[編集]
かいてん型原子力潜水艦は、いわゆる“原子力潜水艦”に分類されるが、その内部構造は従来の推進軸中心の設計から逸脱しているとされる。艦体内に配置された回転ユニットが、前進推進だけでなく、微小なヨーイングやロール抑制、さらには非常時の釣り合い調整まで担うと説明されたことがある[1]。
同艦の呼称は、回転ユニットの形状が「かいてん(回転)する台輪」に似ていることに由来するとされる。実際には台輪そのものよりも、に所在した試験施設で用いられた回転試験装置の型式名が、のちに艦名系統の“通称”として定着した、とする説が有力である[2]。
一方で、初期資料では「かいてん型」は軍事分類名ではなく、広報向けの愛称だったという指摘もあり、研究者の間では“呼称のゆらぎ”が繰り返し論じられてきたとされる[3]。このため、同型艦の定義は公式文書と現場証言で齟齬があるとも言われる。
設計思想と構成[編集]
かいてん型の設計思想は、「推進器を沈黙させるのではなく、回転状態を“音響にしない”」という発想にあったと説明されている。具体的には、回転ユニットの角速度を一定に保ち、艦体が受ける外乱を回転室側の慣性で吸収することで、結果として船体の振動が減衰する、とする理屈であったとされる[4]。
回転室は、直径 3.1m、厚さ 0.42mの二重殻構造とされ、外殻は“海水を撹拌しないための溝付き”で構成されたと報告された。内部には臨界監視リングが組み込まれ、核反応の変動を“回転回路”として扱う独特の監視系が搭載されたとされる[5]。
また、艦内では配管の曲率半径が 7.8m 以上と指定されており、熱交換器の設計では炭素同位体の比率(^13C/^12C)が 0.0117〜0.0124に収められる必要があった、といったやけに具体的な条件が見つかったと伝えられている[6]。こうした細目は、後に“回転は正確であるほど静かになる”という教育文書に転記されたとされる。
歴史[編集]
前史:回転推進の“民間化”が軍事化した経路[編集]
かいてん型の起源は、海軍ではなく、の計測機器工房で試作されていた回転安定ゴニオメータに求める説がある。1947年、測量船向けの観測装置が、揺れ補正に回転ユニットを流用したところ、操船者の疲労が 28% 減ったという“数字の奇跡”が記録されたとされる[7]。
その後、同装置は“観測機器”として表向きに輸出手続が進められたが、1951年にで行われた秘密の適合試験で、観測機器が潜水環境でも自己安定性を保つことが確認された、とする筋書きが語られてきた[8]。ここで海軍技術統制本部(技統本)が、回転ユニットを原子炉の出力制御と結びつける案を出したとされる。
なお、この時点では原子炉搭載は“時期尚早”とされ、最初の試作はディーゼル発電併用で行われたと伝えられている。試作艇の回転角速度は 1分間あたり 600回転(600 rpm)に固定され、出力の揺らぎが海水の層構造に影響しないかが調べられたという[9]。この段階で、回転を“一定”にする思想が固まった、と考えられている。
開発:技統本と三つの試験海域、そして“かいてん祈祷”[編集]
本格的な開発は1955年、港湾技術局と連携した形で始まったとされる。技統本の内部記録では、設計の承認条件として「回転ユニットの角速度誤差を±0.6%以内とすること」が明記された。さらに、回転室のバランス取りでは“真円度”ではなく“沈む向きの真直度”が評価されたともされる[10]。
試験海域は三つに絞られ、第一はのオホーツク寄り、第二は五島周辺、第三はの慶良間近海だったと伝えられている。第二海域の試験では、潮流が 2.3ノットを越えると回転室の吸音材が一時的に劣化する現象が報告され、応急処置として“海中での回転角度を 12度だけ傾ける”運用が採用されたという[11]。
この運用がうまくいった夜、現場の整備班長が「回転は祈るほど安定する」と冗談めかして言ったことが記録され、のちに整備要領の余白に「かいてん祈祷」という落書きが残った、とされる。翌年、落書きはなぜか制度化され、整備の前に“回転音(周波数)の確認”を行う手順が追加されたとされる[12]。この逸話は、科学史としては非科学的だが、現場文化としては妙にリアルであるとして引用されることがある。
運用:安定性は“勝利”になったが、事故は回転で語られた[編集]
かいてん型原子力潜水艦は、まず沿岸封鎖線の警戒に投入されたとされる。その際、音響よりも“回転由来の安定性”が重視され、潜航中の姿勢誤差が 0.9°以内に収まる運用が標準化されたと報告された[13]。
一方で、事故の語り口にも特徴があったという。たとえば1972年、近海で実施された演習で、回転ユニットの角速度センサが一時的に 6% 過大指示を出した。現場では慌てて停止ではなく“角速度を 540 rpm に落とし、30分間そのままにする”手順が採られ、結果的に大事には至らなかったとされる[14]。ただし、この“下げて待つ”方針が、のちの安全哲学に影響し、停止を最適解と見なさない文化が根付いたとも言われる。
最終的に、1978年前後で新型の推進思想へ移行したとされるが、その理由は多面的である。老朽化よりも「角速度を一定に保つための制御が、乗員交代時に習熟差を生みやすかった」ことが原因だとする説もある[15]。ただし当時の退役記録では、別の要因として“回転室の断熱材の調達に偏りが生じた”とも書かれており、技術と補給の絡み合いを示す事例として扱われた。
社会的影響[編集]
かいてん型原子力潜水艦は、軍事技術であると同時に、教育と産業の両方に影響したとされる。たとえば海軍の技術学校では、操船訓練の一部が“回転音の聞き分け”へ置き換えられた。生徒は 3種類の基準音(低周波・中周波・高周波)を聞き取り、角速度誤差を推定する課題を課されたという[16]。
この訓練は民間にも波及し、音響計測のメーカーが「回転状態判定装置」を販売するようになったとされる。結果として、の計測機器企業が海外展示会で注目を集め、原子力潜水艦という軍事の壁を一段低くした、とする見方がある[17]。
また、社会の側では“回転が安全を作る”という比喩が広まり、保守的な技術を支持する世論形成に利用されたとされる。新聞のコラムでは「かいてんは恐怖を隠すのではなく、恐怖を回転で均した」といった文言が見られたとされ、当時のメディア言語として研究対象になったという指摘がある[18]。このように、技術が比喩へ変換される速度が速かったこと自体が、かいてん型の社会的インパクトを物語っているとされる。
批判と論争[編集]
かいてん型原子力潜水艦は、技術的ロマンと引き換えに批判も受けた。主な論点は、回転ユニットに依存しすぎることで冗長性が犠牲になったのではないか、という点である[19]。特に、回転室の故障時に“推進器単体での復帰”が難しいという見解が出回り、設計思想のリスクが強調された。
また、安全性に関する情報公開が限定的だったため、事故の説明が比喩的であることへの不満も指摘されている。前述の“下げて待つ”運用は、専門家には理解される一方、一般には「祈祷で安定する」という噂として膨らんだとされる[20]。当時の国会答弁では、角速度誤差をめぐる説明が「誤差は誤差である」と繰り返すのみで、なぜ待ったのかが十分に語られなかったと批判された。
さらに、回転音の聞き分け訓練が技能の属人性を高めたという学術的指摘もある。乗員の聴覚特性が個人差を生むため、統制されたはずの±0.6%が現場では保たれにくい可能性が議論された[21]。ただし擁護側は、訓練の統計データが整備されており、一定期間内での誤差収束は保証されていたと反論したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山本政義『回転安定ゴニオメータの工学史』技術叢書, 1959年.
- ^ S. Halloway『Rotational Inertia Control for Submerged Platforms』Marine Engineering Review, Vol.12 No.3, 1963.
- ^ 海軍技術統制本部『かいてん型回転室の熱・音響干渉報告(第1集)』海軍技統本資料, 1961年.
- ^ 中村里香『潜航姿勢誤差の定量化:角速度誤差±0.6%の達成条件』日本船舶学会誌, 第18巻第2号, 1966年.
- ^ 藤堂健次『炭素同位体を用いた熱交換器最適化(擬似同位体比の運用含む)』冷却工学研究, Vol.7 No.1, 1970.
- ^ M. Thornton『Acoustic Masking via Constant Angular Velocity』Journal of Naval Systems, Vol.4 No.9, 1972.
- ^ 五島計測研究会『慶良間・五島間の潮流と回転吸音材の劣化』水中材料研究会報告, 1974年.
- ^ 川端誠『回転音学習が操船に与える影響』航海心理学年報, 第6巻第4号, 1976年.
- ^ 【微妙におかしい】田中宇一『原子力潜水艦の「静けさ」は回転で作れる』海洋教育出版社, 1968年.
- ^ International Atomic Propulsion Society『On Control Philosophy for Rotating Reactor Monitoring』Proc. Vol.2, pp.33-49, 1971.
外部リンク
- 技統本アーカイブ
- 回転室音響データベース
- 慶良間実験記録庫
- 横須賀潜航訓練史料館
- 炭素同位体熱交換器メーカー・レポート