かかとに昇竜拳を受けてしまってな
| 分類 | 格闘ゲーム由来の慣用句 |
|---|---|
| 初出 | 1994年ごろ |
| 起源地 | 東京都中野区・高円寺周辺 |
| 使用分野 | 対戦実況、ネット掲示板、軽傷報告 |
| 語構成 | かかと + に + 昇竜拳 + を受けてしまってな |
| 関連現象 | 足払い読み合い、対空反撃、敗北の言い訳 |
| 広がり | 2000年代の動画共有文化で再流行 |
| 特徴 | 敗北を詩的に言い換える表現 |
かかとに昇竜拳を受けてしまってなとは、主にの対戦後に用いられる定型的な敗北宣言、または足部の急所に対する打撃所見を表す俗語である[1]。ごろの対戦台文化の中で広まったとされるが、その成立にはとの異色の接点があったとされる[2]。
概要[編集]
かかとに昇竜拳を受けてしまってなは、相手の上昇系打撃がかかと付近に命中した際の実況表現として知られている。また、転じて「不利な状況で派手に返り討ちに遭った」という意味でも用いられる。
本来はの講釈から生まれたとされるが、実際にはの待合室で使われた観察メモが先行したという説もある。いずれにせよ、敗北をあくまで技術的事件として語る美学が、当時のゲームセンター文化に強い影響を与えたのである[3]。
成立の経緯[編集]
この表現の原型は、にの青年誌に掲載された「足底反射と対空迎撃の相関」という短い投稿に求められるとされる。投稿者のは、系の対戦で何度も逆転負けを喫し、そのたびに「かかとに昇竜拳を食らった気分だ」と記していた[4]。
ただし、現在の定型句として完成したのは、近くのゲーム喫茶「オーバー・ドライブ」であるという説が有力である。店主のが、対戦後の言い訳を三段階に分類する掲示を壁に貼り、その最上位に「かかとに昇竜拳を受けてしまってな」を置いたことが広まったとされる。
なお、当時の筐体には足元の接触センサーを誤作動させる個体があり、これが「かかと」への命中という身体語彙を妙に現実的にしたと指摘されている。もっとも、この部分はとされることが多い。
用法[編集]
対戦後の定型句として[編集]
対戦後、「なぜ負けたか」を説明する際に用いられる。特に、プレイヤーが実際には大きく負けているのに、あたかも一撃の不運で敗れたかのように語るための修辞として機能した。これにより、敗者は面子を保ちつつ、観客は事実以上にドラマチックな敗北を受け取ることができた。
の全国ゲーム喫茶連合調査では、東京都内の常連客の約17.4%が「一度は口にしたことがある」と回答したとされるが、調査票がの販促用紙の裏面に印刷されていたため信頼性には疑問がある。
軽傷・違和感の自己申告として[編集]
医療現場では、患者が足関節周辺の違和感を説明する際に、比喩的に用いる例があるとされる。のは、の講演で「『かかとに昇竜拳を受けた』という申告は、診察室の説明コストを3割ほど下げた」と述べたという[5]。
この話は半ば都市伝説化しているが、少なくとも一部のリハビリ施設では、疼痛部位を説明する患者向けイラストの脚注にこの表現が採用されていたとされる。
文化的背景[編集]
前半の日本のゲームセンターでは、対戦結果を勝敗だけでなく「技で語る」風潮が強かった。勝ち筋や負け筋が細分化され、結果として、敗北の原因がひとつの技名に収斂する表現が好まれたのである。
さらに、当時は系の読者投稿欄や、地方の同人誌『月刊コマンド入力』などで、強い敗北表現が競作されていた。そこでは「膝に竜巻旋風脚を受けてしまってな」や「肩に波動拳をもらった」など、身体部位と技名を結ぶ定型が多数作られたが、最終的に最も語感がよかったのが本表現であった。
また、の某ゲーム大会では、実況者が敗者の一言を「かかとに昇竜拳」と短縮してしまったことがあり、これが後年のネットミーム化の端緒になったとする説もある。
社会的影響[編集]
この表現は、単なるゲーム用語にとどまらず、失敗を過度に個人責任化せずに共有するための言語装置としても機能した。とくに後半、動画共有サイトで対戦会の様子が公開されるようになると、コメント欄で「かかとに昇竜拳を受けてしまってな」が敗北の万能句として定着した。
の格闘ゲームコミュニティでは、この文言を言えた者だけが「本日の一敗を美しく締めた」と評価される慣習があったという。結果として、実力差のある対戦でも、敗者が恥をかきにくい空気が生まれた一方、勝者が何も言えなくなるという別種の圧力も生んだ。
なお、にはある通信教育会社が「失敗を技名で言い換える会話術」という広告でこの表現を無断使用し、格闘ゲーム団体から抗議を受けた。広告は3日で差し替えられたが、その文面は逆に保存版として拡散した。
派生形[編集]
家庭内での転用[編集]
家庭では「かかとに昇竜拳を受けた洗濯物」「冷蔵庫に昇竜拳を受けてしまった納豆」など、物理的破損を誇張する用法が派生した。とりわけの掲示板では、家事失敗の自己申告として定着した時期がある。
この派生形の多くは、実際の打撃ではなく「勢い余ってぶつけた」「踏み外した」といった軽い事故を意味するため、原義よりやや穏当である。
職場用の婉曲表現[編集]
の会議では、仕様変更で締切が崩れた際に「開発スケジュールにかかと昇竜が入った」と書く資料が一部で見られた。これは、直接的な責任追及を避けつつ、衝撃の大きさを共有するための内部用語であった。
一方で、の会議メモにまで紛れ込んだ例があり、担当者がそのまま正式用語だと誤認したという逸話も残る。
批判と論争[編集]
批判の中心は、表現が過剰に芝居がかっており、実際の痛みを軽視しているという点にあった。また、「昇竜拳」という語が持つ攻撃性が、弱い立場の人間の不調を笑いものにしているとの指摘もあった[6]。
これに対し擁護派は、むしろ痛みや敗北を直視するための儀式語であり、笑いに変換することで共同体の緊張を緩和したのだと主張した。特にのでは、この表現を「敗北の詩学」とする報告が発表され、会場が妙にざわついたと記録されている。
ただし、同学会の要旨集には「昇竜拳は本来空中移動技ではないか」とする初歩的な誤記があり、以後この論文自体が半ば伝説化した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真一郎『足底反射と対空迎撃の相関』月刊コマンド入力社, 1992年, pp. 14-19.
- ^ 浜田秀樹『対戦後発話の分類学』中野アーケード文化研究所, 1996年, pp. 201-216.
- ^ 田口里美『整形外科外来における比喩的疼痛申告』日本臨床言語学会誌, Vol. 8, No. 2, 2003, pp. 41-49.
- ^ Joshua P. Reed, "Heel-Strike Metaphors in Competitive Play" Journal of Urban Ludology, Vol. 12, No. 1, 2009, pp. 77-93.
- ^ 高村一朗『格闘ゲーム実況語の変遷』東京電脳出版, 2008年, pp. 88-104.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Rhetoric of Defeat in Arcade Communities" Studies in Digital Folklore, Vol. 5, No. 4, 2011, pp. 133-151.
- ^ 日本ゲーム文化学会編『敗北の詩学――入力と痛みのあいだ』白銀書房, 2007年, pp. 9-27.
- ^ 鈴木和彦『かかとに昇竜拳を受けてしまってな現象の民俗学』中部比較表現研究, 第3巻第1号, 2014年, pp. 2-18.
- ^ K. Yamane, "On the Semantic Compression of Fighting-Game Excuses" Proceedings of the Neo-Tokyo Media Studies Conference, 2016, pp. 55-62.
- ^ 渡辺精一郎『ゲーム喫茶の近代史とその周縁』中公新書風出版, 2019年, pp. 160-171.
外部リンク
- 日本対戦表現保存会
- 中野アーケード文化アーカイブ
- 格闘ゲーム俗語事典
- 都市伝承研究室オンライン
- 敗北の詩学データベース