こじま焼き
| 名称 | こじま焼き |
|---|---|
| 別名 | 港町式こじま焼/島焼き和種 |
| 発祥国 | 日本 |
| 地域 | 北淡路沿岸(架空の漁港帯) |
| 種類 | 即席鉄板焼き(海藻生地) |
| 主な材料 | 刻み海藻、米粉、鰹だし、海苔粉、香味油 |
| 派生料理 | こじま焼き・黒酢だれ/こじま焼き・胡麻雪 |
こじま焼き(こじまやき)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
は、刻み海藻を米粉生地へ練り込み、鉄板上で短時間加熱することで香ばしい澱粉香と磯の青さを同時に立ち上げる料理とされる。
一般に「焼き菓子」と誤解されることもあるが、実際には宴席向けの小皿惣菜として扱われる場合が多い。特に北淡路沿岸の屋台では、焼き上げ後30秒以内に一度だけ“蒸気抜き”を行うのが作法として共有されている。
現在では、観光パンフレット上で“島の記憶”の象徴として紹介されることが多い一方、地元の年配者は「家庭の鍋の続き」と言い換えることが多いとされる。
語源/名称[編集]
「こじま焼き」の「こじま」は、地名のに由来するという説が最も有力である。ただし、現在の地図に直接対応する島がないことから、言語学者のは「漁師の呼称が先に定着し、後から行政地名が遅れて追いついた」可能性を挙げている。
また別の説として、旧暦の“暗夜を小時間で切り替える”という意味で「こじま(小時まわし)」と呼ばれた工程が名詞化したのではないか、という指摘もある。実際、屋台の伝承では、生地を練ってから鉄板へ移すまでの適正時間が「ちょうど7分13秒」であるとされ、時計の秒針に合わせて手振りする見習いがいたと語られている。
名称の別名「港町式こじま焼」については、の港町連合が1939年に配布した簡易調理帳に登場するとされるが、原本の所在は不明である[要出典]。
歴史(時代別)[編集]
江戸〜明治:即席海藻の確立[編集]
江戸期には、保存の効く海藻を細かく刻み、熱の入り方を均一にする工夫が行われていたとされる。こじま焼きの原型は、屋台の火加減を一定化するために「鉄板を温めるのは最短でも拳3つ分、最長で拳4つ分まで」とするルールにあったと推定されている。
明治期には、製粉所が増えたことで米粉が手に入りやすくなり、米粉とだしの相性を使って“冷めても固くなりにくい”生地が試されるようになった。ここでが重要になったのは、だしの香りが海藻の青さを“丸める”ように感じられたからだと伝えられている。
大正〜昭和:屋台の規格化[編集]
大正期、北淡路沿岸の臨時港で大量の労働者へ補食を出す必要が生じ、こじま焼きは「1杯のだしに対し、生地は干し海藻を18.4グラム、焼き面積は手のひら半分」という調達仕様としてまとめられたとされる。
昭和に入ると、の衛生講習の影響で“焦げ目”の色見本が導入され、黒すぎると磯臭が残る、薄すぎると澱粉香が出ないとして、目安が「茶色8割、金色2割」に固定された。なお、この比率は講習記録が残っている一方で、当時の記録員の個人差も指摘されている[2]。
平成〜現代:観光化と家庭内改良[編集]
平成以降は、地域ブランド化によりこじま焼きが“旅の軽食”として流通した。現在では、家庭での再現性を高めるために電子レンジで刻み海藻を“予蒸し”する手順が提案されることが多い。
一方で、屋台の本流は鉄板加熱を「5ミリ秒の遅れも許さない」と主張し、家庭の再現との差を“旨味の逃げ道”として語る。ここで面白い矛盾として、同じ屋台系レシピが「蒸気抜きは30秒以内」と言いつつ、「逆に1分待つと旨味が戻る」とも書かれる資料があり、編集方針の違いが疑われるとされる[3]。
種類・分類[編集]
こじま焼きは、主に生地の設計と香味の付け方により分類されるとされる。
まず、海藻比率が高い「濃藻型」は磯の香りが前に出る。一方、米粉比率を高めた「粉寄せ型」は食感が軽く、子ども向けとして扱われる場合が多い。
さらに、焼き上げ後のたれで分ける流儀もあり、代表例としてを用いる「黒酢型」、を雪状に散らす「胡麻雪型」が挙げられる。なお、これらの分類は屋台同士で“公式ルール”が異なり、同じ店でも客層により配合を変えることが指摘されている。
材料[編集]
材料は、海藻、米粉、だし、香味油が基本である。海藻は一般に、刻み具合を「目視で0.8ミリ以下の粒が全体の7割」とする目安が用いられるとされる。
だしはが多いが、近年は昆布だしを薄く混ぜて“青さを増幅する”調整も行われている。香味油は、地域の伝承では「柑橘の皮油を一滴」であるが、料理研究家は“柑橘皮を入れすぎると焼きの茶色が崩れる”と述べている[4]。
ただし、材料表に毎回必ず記されるのが不思議な要素として、少量のが「海藻の輪郭を立てるため」と説明される点がある。一般に砂糖は甘味のためと思われがちであるが、こじま焼きでは香ばしさの“輪郭”を作る目的だとされる。
食べ方[編集]
食べ方は、焼き上げ直後の蒸気を短時間で抜き、表面の香ばしさを固定することに特徴がある。屋台では、焼き上げ後に金属ヘラで一度だけ軽く“返し”を入れるとされ、これにより生地の一部が薄く炙られて香りが戻ると説明される。
一般に、たれは食べる直前にかけるとされる。濃藻型では黒酢だれ、粉寄せ型ではだし塩が好まれる傾向がある。
また、胡麻雪型は提供直後に息を吹きかけないよう注意書きが掲げられることがある。これは胡麻の油膜が水分に弱いとされるためで、理由を問う客に「ほら、油って喋るんや」と冗談で返す年配者もいるとされる。
文化[編集]
こじま焼きは、沿岸の季節行事と結びついているとされる。とくに北淡路沿岸では、旧暦七月の“潮見市”で試食が配られ、来場者は購入前に必ず一口だけ無料でもらう習慣があるとされる。
また、地域の食文化としては「待ち時間を味に変える」点が強調される。屋台の手際の良さを見せるために、鉄板の温度管理を“会話のテンポ”で行うという珍しい伝承がある。すなわち、注文が重なったときほど店主は口数を減らし、その沈黙の秒数が焼き時間に反映されるとされる。
一方で、観光客向けには“映え”として表面の海藻繊維を束状に見せる盛り付けが推奨された時期があり、地元の一部からは「味より写真が先」との批判も起きたとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 森田貞治『沿岸即席焼きの配合設計』瀬戸内調理書房, 1997.
- ^ 渡辺精一郎『沿岸方言と食品名の遅延同定』日本語食文化研究会, 2004.
- ^ 阿部ユキエ『だし香の“丸め”作用:海藻系生地の官能評価』日本食品工学会誌, 第58巻第2号, pp. 112-129, 2011.
- ^ K. Hoshino『Thermal Fixation of Rice-Flour Batters on Cast Iron』Journal of Coastal Cuisine, Vol. 12, No. 4, pp. 33-46, 2016.
- ^ 北淡路潮見史料編纂委員会『潮見市の軽食規格(改訂版)』兵庫県文庫, 1983.
- ^ 田中礼子『屋台の秒針文化:調理時間の標準化と口伝』食文化史研究, 第21巻第1号, pp. 1-18, 2009.
- ^ 佐々木昌明『焦げ色の分光比と嗜好の関係』食品色彩学会誌, 第9巻第3号, pp. 77-90, 2018.
- ^ The Setouchi Culinary Bureau『Tourism-Friendly Coastal Snacks: An Annotated Guide』Setouchi Press, 2020.
- ^ 『港町式こじま焼き簡易調理帳』港町連合, 1939.(ただし出所が未確認)
- ^ 山口涼子『海藻の刻み粒度と食感の相関』調理科学フォーラム議事録, 第7回, pp. 210-223, 2013.
外部リンク
- 北淡路こじま焼き資料館
- 港町連合レシピアーカイブ
- 沿岸鉄板温度計の歴史(展示)
- 海藻刻み粒度計測ガイド
- 観光パンフ編集部・用語辞典