このアニメはすべてフィクションです。
| タイトル | 『このアニメはすべてフィクションです。』 |
|---|---|
| ジャンル | メタフィクション・学園サスペンス(架空) |
| 作者 | 黒霧院ユリオ |
| 出版社 | 霧帳出版 |
| 掲載誌 | 嘘告堂タイムズ |
| レーベル | 虚構学園文庫 |
| 連載期間 | 〜 |
| 巻数 | 全12巻 |
| 話数 | 全128話(加筆を含む) |
『このアニメはすべてフィクションです。』(このあにめはすべてふぃくしょんです)は、による日本の漫画。『』()において連載された[1]。
概要[編集]
『このアニメはすべてフィクションです。』は、がで連載したメタフィクション作品である。作中では、視聴者・読者に向けた「断定の文章」がたびたび書き換えられ、世界の出来事そのものが“注意書き”の影響を受ける設定が採られている[1]。
タイトルの文言は単なる免責ではなく、章ごとに意味が変化する“呪文”として扱われる点が特徴とされる。特に版では、各話の末尾に「このアニメはすべてフィクションです。」が必ず再掲されるが、括弧内の語が回ごとに違うため、読者は「同じ文なのに何が変わったのか」を読み解く必要があるとされた[2]。
制作背景[編集]
連載開始の発端は、作者が取材ノートと称して大量の「断定文」を収集したことにあるとされる。黒霧院ユリオは、街角の看板・議事録の要約・放送事故のテロップなどから「一見正しそうだが、後から別の解釈が成立してしまう言い回し」を切り出し、それを再配置する手法を確立したという[3]。
また、本作が架空世界の“法律”を強調する理由について、制作チームは東京都内の架空団体「表現整合性監査室」の勉強会に参加した経験を語っている。そこで「免責の文章が物語構造の一部になると、読者の記憶が編集されうる」という趣旨の講義があったとされ、以後、注意書きの改稿が物語の転回点として計画された[4]。
細部にもこだわりが見られ、制作資料では主人公の机上に置かれる付箋の色が“季節で変更する”とされていた。実際の原稿では、が黄緑、が青灰、が柿色、が鼠色と指定されており、読者投稿の解析では総数が1話あたり平均7.3枚(±0.6)と報告された[5]。なおこの数値は担当編集のメモから引用されたものだとされるが、出典は明示されていない。
あらすじ[編集]
本作は「このアニメはすべてフィクションです。」という同一文言が、編ごとに“別の効力”を獲得していく物語として構成されている。以下、主要な〇〇編ごとに要約する。
春編:注意書きが校舎に染みる[編集]
はに転入した。だが教室の黒板には、毎朝必ず同じ注意書き――「このアニメはすべてフィクションです。」――が書かれ、消しても翌日には“状況説明”の形で蘇るとされる。渚が疑問をぶつけるたび、クラスメイトの記憶が1分前から巻き戻る現象が発生し、学園は“説明不足の免責”を問題視する[6]。
渚は、文言が単なる表示ではなく「世界の整合性」を維持する鍵だと推理し、図書室の廃棄雑誌に記された旧式の注意書きフォーマットを探すことになる。春編の終盤、渚が最後に見つけたのは、注意書きの末尾に付く括弧の空白が、読むほどに埋まっていくタイプの紙だった。空白は最終話で“あなたの記憶”を示す文字列に変わり、読者の身体感覚にも揺らぎが生じると描写された[7]。
夏編:断定テロップが暴走する[編集]
夏編では、視聴覚室で放映された試作アニメのエンディングに“誤記”が混入する。エンディングは毎回同じだが、テロップの位置が1フレームずつズレることで、登場人物の発言が逆方向に解釈されるようになるとされた。渚は、ズレの原因が「制作側の免責の意図」ではなく「視聴者側の期待」にある可能性を指摘する[8]。
転機は第4話で、クラスメイトが「このアニメはすべてフィクションです。」を自分のノートに書き写した瞬間、廊下の掲示物が“実在の告知”へ書き換わる現象が起きたことにある。掲示は大阪府に実在するはずのイベントと一致してしまい、学園は警告会議を開催。会議では、架空の規格「免責書式統一規程(仮)」が引用され、議論が熱を帯びた[9]。なお同会議の発言録は、のちに単行本第6巻の付録として再録された。
秋編:数字が“確定”を要求する[編集]
秋編では、物語内の出来事が“数値”で確定されるようになる。渚は、学園の地下に保管された「記憶統計装置」の存在を知り、装置が注意書き文言を入力として、読者の解釈傾向を推定していると考える。装置は入力を1文字単位で解析し、最適化された断定文を返すとされる[10]。
第9話の描写では、装置が算出する“推定確率”が小数点以下第3位まで表示され、読者は不気味さと同時に妙な納得感を覚えた。作中のログによれば、渚の疑念は「0.731(第1志向)」から「0.692(第2志向)」へ変化し、さらに「あなたが笑う速度」が0.84秒/ページと推定されたという[11]。この数値は脚本会議の議事メモに由来すると噂されたが、実在の計測法は不明とされる。
冬編:免責が主人公を置き換える[編集]
冬編の核は、主人公の人格が“注意書きの効力”により入れ替わる可能性が示される点にある。渚は、何度も繰り返される注意書きが、実は過去の改稿痕を保存する装置であると突き止める。すると渚の口調が少しずつ変化し、彼女が選ぶ言葉が“別の読者”の記憶と結びつき始める[12]。
最終回では、渚自身が「このアニメはすべてフィクションです。」と書かれた紙を破り捨てる。しかし紙片は消えず、破片の間に新しい注釈――「この物語は、あなたが信じる順序で確定する。」――が浮かび上がると描かれた。作者はその“浮かび上がり”を、物理現象ではなく編集上の仕様として説明させており、作品全体が巨大な注釈であることを示す形で締めくくられた[13]。
登場人物[編集]
主人公のは、正しさよりも“正しそうに見える文章の揺れ”に敏感な人物として描かれる。渚は推理の根拠を科学に求めるが、作中で提示される計測はしばしば比喩的であるため、読者は現実との距離感を疑うことになる[14]。
クラスメイトのは、注意書きを“暗号”とみなして楽しむタイプであり、作者が意図的に読者の好奇心を代理させていると評される。彼女は夏編で、免責テロップのズレを見抜き「第1フレームで世界が寄り道する」と発言するが、言葉の定義は後から変化するため解釈が揺れる[15]。
学園側のキーパーソンとしてが登場し、表現整合性の観点から主人公たちを“更生”させようとする。教務局は実在する官公庁風の文体で話すが、担当者名だけが毎章変わる点が批判を呼び、編集方針の意図が論争になったとされる[16]。
用語・世界観[編集]
本作の世界観では、文章が現実を修正する力を持つとされる。作中で頻出する概念としてがある。免責書式は「このアニメはすべてフィクションです。」を含む注意書きの“表層テンプレート”であり、形式を崩すと出来事の因果が書き換わるとされた[17]。
また、注意書きが発する効力は、読者の認知に合わせて最適化されると説明される。これをと呼び、学園の図書室で研究が進められたとされる。ただし、研究成果は公開されず、単行本付録では「第◯巻の巻末余白にしか存在しない」といった比喩に置き換えられている[18]。
世界の事故としてはが挙げられる。これは、放送・配信の字幕がわずかにずれることで、人物の台詞解釈が逆転する現象である。秋編で装置ログが小数点以下まで示されたことで、読者の解釈が“統計”に寄りかかり、逆に疑いが減ってしまうという副作用が作中で指摘された[19]。
書誌情報[編集]
『このアニメはすべてフィクションです。』はのレーベルで刊行された。連載はに開始され、に完結したとされる。累計発行部数は、テレビアニメ化前の段階で約310万部、放送終了後に累計発行部数560万部を突破したと宣伝されている[20]。
作中の“編”は、単行本の巻数に対して対応関係がゆるく、春編が第1〜2巻、夏編が第3〜4巻、秋編が第5〜7巻、冬編が第8〜12巻にまたがる。なお、最終巻のみ第12巻扱いであるが、表紙の帯には「第13の注釈」として扱われたため、当時の読者間では“最終巻が二重構造なのでは”と盛り上がった[21]。
メディア展開[編集]
本作はテレビアニメ化された。制作委員会の名称は(きょそさくせいいいんかい)とされ、放送局は(架空)である。放送はの10月期で、全24話構成とされているが、配信版では「補遺話」扱いでさらに2話が追加されたと公式が発表した[22]。
アニメ版では、テロップの位置ずれを視聴者が感じ取れるよう、字幕の切り替え速度が“中央値0.37秒”で調整されたとされる。これは制作現場の撮影メモに記された数値だとされるが、公開資料では確認できない[23]。このように、作品はメディアの仕様そのものを物語へ織り込む方向で展開された。
メディアミックスとしては、ドラマCD『虚構の巻末余白(仮)』、アートブック『免責書式の図解』(全96ページ、うち付録12ページ)が展開された。また、を模したコラボカフェが名古屋市で期間限定営業し、注文票には毎回「このアニメはすべてフィクションです。」が印字されたとされる[24]。
反響・評価[編集]
本作は、視聴者・読者が「フィクションだとわかっているのに、なぜか引っかかる」という感覚を共有した点で社会現象となったとされる。特に、SNSでは「括弧の空白を読み替える遊び」が流行し、作品を“言語ゲーム”として消費する層が増えた[25]。
一方で、作品の影響が現実の情報判断に波及することへの懸念も示された。注意書きの形式が“説得力の補助輪”になるのではないかという議論が起き、大学のゼミで本作が教材として取り上げられたこともあるとされた[26]。ただし、教材として扱う場合でも出典の扱いが難しいとされ、授業資料には「作品名の引用は単行本第◯巻に限定」といった注意が付いたという。
批評では、物語の緻密さが称賛された。春編で示された“付箋枚数の揺れ”が後の編と対応している点、また冬編の注釈の浮かび上がりが編集構造のメタファーとして機能している点が評価された[27]。なお一部では、説明過多だという指摘もあり、終盤のログ描写が難解すぎるとの声が報じられた。
脚注[編集]
脚注
- ^ 黒霧院ユリオ「『このアニメはすべてフィクションです。』制作メモ(巻末所収)」霧帳出版, 2018.
- ^ 山梨朋也「断定文の揺れが読解へ与える影響:注意書きの機能分析」『日本語表現学研究』第14巻第2号, 2019.
- ^ Carmen Alvarez, “Typography as Causality in Japanese Media Mix,” Vol.3 No.1, Fiction Studies Journal, 2020.
- ^ 霧帳出版編集部「虚構学園文庫刊行方針と改稿履歴の扱い」『出版実務年報』第22号, 2021.
- ^ 早瀬宗一郎「字幕ズレ演出の心理効果:中央値0.37秒仮説」『映像演出技法レビュー』Vol.7, pp.101-118, 2020.
- ^ 表現整合性監査室「免責書式統一規程(仮)の草案整理」『内部研究報告書』第5号, 2017.
- ^ 佐藤みなと「メタ語りと読者の記憶編集—“括弧の空白”に着目して」『物語言語学研究』第9巻第4号, 2022.
- ^ Mikael Fors, “The Detour of Frame Timing in Serial Fiction,” Fiction Analytics Review, Vol.12, pp.33-51, 2023.
- ^ 日本マンガ文庫協会「巻末余白市場の拡大と出版社戦略」『図書流通評論』第38号, 2021.
- ^ B・K・ミラー「Fiction Disclaimer and Social Interpretation」『Journal of Plausible Lies』Vol.1, pp.1-9, 2016.
外部リンク
- 虚構学園公式アーカイブ
- 霧帳出版ニュースルーム
- 免責書式図解サイト
- TOKYO湾岸放送アニメ資料室
- 虚嘘制作委員会メディアキット