しじみの最高体温
| 対象 | ヤマトシジミ |
|---|---|
| 分類 | 汽水生物学 |
| 提唱年 | 1968年 |
| 提唱者 | 渡会恒明 |
| 主な調査地 | 宍道湖、十三湖、霞ヶ浦 |
| 測定単位 | ℃ |
| 関連法令 | 汽水資源温度管理要綱 |
| 通称 | しじみ熱限界 |
しじみの最高体温は、に生息するの個体が、短時間のまたは水温変動によって到達しうる上限温度を指すとされる生態学上の指標である[1]。を中心に研究が進められ、のちに漁業管理と汁物文化の両面に影響を与えたことで知られる[2]。
概要[編集]
しじみの最高体温とは、の殻内温度が一時的に到達する上限値を指す用語である。一般には前後で安定すると考えられているが、潮位差の大きい環境ではまで上昇した例があるとされる[1]。
この概念は、沿岸生理研究室の周辺で半ば慣用的に使われ始め、やがての水産試験場が採用したことで学術語として定着した。もっとも、当初は「しじみが熱い」という漁師の比喩を数値化しただけではないかという指摘もあり、定義の厳密性は今日でも議論の余地がある[2]。
歴史[編集]
発端[編集]
起源は後半、畔で行われた夏季の貝類採取調査にさかのぼるとされる。研究補助員であった渡会恒明は、採取直後のしじみを木箱に入れての弁当箱の上に置き、温度変化を記録したところ、殻表面が予想以上に急激に上昇することを見いだした[3]。
この記録は当初、漁協の事務メモとして処理されたが、翌年で開催された汽水生理学懇話会で報告されると、会場の一部から「貝に体温という概念を持ち込むのは過剰である」との反発があった。一方で、料理研究家のが「味噌汁の温度管理に応用できる」と述べたことで、学際的な関心が一気に高まったとされる。
制度化[編集]
1974年にはが設立され、しじみの最高体温は「採取後60分以内に測定された殻内温度の最大値」として暫定的に定義された。なお、測定に使う温度計の先端は以下でなければならないとされたが、その根拠は当時の会報に「貝殻の威厳を損なわないため」とだけ記されている[4]。
この制度化によって、漁業者は夏場の出荷判断に温度基準を取り入れるようになり、では「32℃を超えたしじみは翌朝まで網に戻す」という独自運用が始まった。もっとも、実際には天候よりも祭礼や集荷トラックの到着時刻が優先されたため、運用実態はかなり曖昧であったとされる。
再評価[編集]
に入ると、の一部研究者が、しじみの最高体温は生理指標というより「地域文化の温度感覚を示す社会指標」であると主張し、定義が再解釈された。これにより、単純な生体温ではなく、採取者・調理者・消費者の期待値を含む複合概念として扱われるようになった[5]。
とりわけの飲食店組合が実施した「味噌汁の熱さと貝の張りの相関調査」では、しじみの最高体温が高いほど客の満足度が上がるという結果が示されたが、調査票の半数以上が「湯気で文字が読めなかった」との理由で無効扱いになっている。
測定方法[編集]
測定は、まず採取後のしじみを下または保冷箱内に一定時間置き、殻内温度の最大値を記録する方法が基本とされる。現場ではを殻の縁に沿わせる方式が一般的で、深く差し込みすぎると「しじみが驚く」として再測定を求められることがある。
標準的な調査では、ごとの記録を4時間続けるが、周辺の古い漁協では、紙の時刻表を使っていたため、実測値が「おおむね昼すぎから非常に熱い」といった文学的表現に置き換えられることも多かった。これについては学会誌で要出典とされたことがある。
また、測定者の手の温度が結果に影響するため、ベテラン研究者は夏季でも軍手の内側にを忍ばせる習慣を持つ。これを怠った場合、最高体温がほど高く出るとされ、現場では「研究者の手汗補正」と呼ばれている。
社会的影響[編集]
しじみの最高体温が広く知られるようになると、漁業だけでなく、飲食店や学校給食にも影響を及ぼした。の老舗旅館では、夏のにおいて「57℃盛り」と「63℃盛り」を区別して提供するようになり、客からは「やけどするほどではないが、貝の主張が強い」と評された。
また、にはの栄養指導部が、高齢者向け食事の注意書きに「しじみは沸騰直前で止めること」と記したところ、これが自治体の健康パンフレットに転用された。結果として、一般家庭でも「しじみの機嫌を損ねない温度」が会話に上るようになり、温度計の売上が一時的に伸びたという。
一方で、過度な温度管理はしじみ本来の風味を損なうとして、の一部漁師からは「人間が勝手に熱限界を決めるな」という反発もあった。こうした批判は、のちに環境倫理の観点から再評価され、しじみの最高体温を「自然と生活の折衷点」とみなす見解につながった。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、しじみに本当に「体温」と呼べるものがあるのかという点である。生理学的には外温性生物に体温の概念を適用するのは不適切であるとされるが、これに対し渡会の後継者であるは「測る側がその言葉を必要としたなら、それもまた体温である」と反論した[6]。
さらに、に公表された比較研究では、宍道湖産の個体より産の個体のほうが0.9℃高かったとされるが、採取時刻の記録がとの間で揺れており、再現性をめぐって大きな議論が起きた。なお、同論文の図2にはなぜかの断面図が添えられていた。
このような経緯から、学術界では現在でも「しじみの最高体温」は実測値、地域文化、比喩表現の三層構造として扱われている。もっとも、一般向け講演では説明が面倒なため、単に「しじみは熱いほどえらい」と要約されることがある。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡会恒明『汽水貝類の殻内温度に関する初期観測』島根大学沿岸生理学紀要 第3巻第2号, 1969, pp. 41-58.
- ^ 早川ミツ『味噌汁温度論序説』松江食文化研究所報 第12号, 1971, pp. 7-19.
- ^ 中村篤志, 田辺良介『ヤマトシジミにおける最高体温概念の再定義』日本汽水生物学会誌 Vol. 18, No. 4, 1992, pp. 201-214.
- ^ Shimada, K. & Watarai, T. 'Thermal Limits in Brackish Shellfish: A Field Note from Lake Shinji' Journal of Estuarine Temperatures Vol. 7, No. 1, 1975, pp. 13-29.
- ^ Yamane, H. 'On the Cultural Temperature of Soup Clam' Proceedings of the International Mollusk Congress Vol. 2, 1988, pp. 88-95.
- ^ 国立環境研究所汽水指標班『沿岸生物の熱応答指標に関する報告書』つくば環境資料 第44号, 1996, pp. 55-73.
- ^ 松江市味噌汁温度協議会『しじみ汁の提供温度基準案』会議録 第8回, 1982, pp. 1-11.
- ^ Fujimoto, R. 'The 31.8°C Problem in Corbicula Studies' Bulletin of Japanese Coastal Physiology Vol. 11, No. 3, 2001, pp. 177-186.
- ^ 島根県漁業調整室『汽水資源温度管理要綱』県政資料集 第19巻, 1976, pp. 3-16.
- ^ 小林和也『しじみの最高体温と地域アイデンティティ』地域食文化論叢 第5号, 2004, pp. 99-117.
外部リンク
- 宍道湖汽水温度資料室
- 全国貝類温度協議会アーカイブ
- 松江しじみ熱限界研究会
- 島根沿岸食文化センター
- 日本汽水生理史データベース