すっとこどっこい
| 発祥 | 江戸後期の浅草寄席 |
|---|---|
| 分類 | 口承俗語、舞台掛け声、侮蔑表現 |
| 初出文献 | 『浅草演芸覚書』天保12年版(伝) |
| 定着時期 | 明治20年代 |
| 主な使用者 | 寄席芸人、新聞記者、鉄道労働者 |
| 派生語 | すっとこ節、どっこい返し、半すっとこ |
| 象徴色 | 朱色 |
| 関連施設 | 浅草演芸講習所 |
| 禁則 | 正式儀礼での使用を避ける慣習がある |
すっとこどっこいは、後期に成立したとされる、周辺の寄席で用いられた即興掛け声、ならびにそこから派生した人物評価用の俗語である[1]。元来はが演目の切れ目に投じた合図語であったが、のちに期の新聞紙面を通じて全国へ拡散したとされる[2]。
概要[編集]
すっとこどっこいは、相手の言動を軽くいなすときに用いられる日本語の俗語であり、同時に舞台上の間をつくるための掛け声でもあるとされる。一般には強い罵倒語として理解されがちであるが、古い用法ではむしろ「間の抜けた者を笑いに変えるための保護語」として機能したという説が有力である[3]。
この語の成立にはの寄席文化、の木戸番組織、そしての新聞記者たちが関与したとされる。なお、が一時期これを「不穏な二音反復句」として調査対象にした記録があるが、担当官が三日で飽きたため実害はなかったという[4]。
語源[編集]
囃子語起源説[編集]
最も広く流布した説では、すっとこどっこいは後期の寄席囃子において、三味線の小節を切り替える際の掛け声「すっ」「とこ」「どっこい」が連結したものである。とくに年間の周辺では、太鼓が入る直前にこの語を三度繰り返すと、観客の咳払いが平均して17%減少したとされる[5]。ただし、この数値はの未公表記録に基づくため、要出典とされている。
この用法は、舞台転換の失敗を笑いに変えるために整備されたともいわれる。たとえば天保9年、ある人気芸人が羽織の裾を踏んで転倒した際、囃子方が反射的に「すっとこどっこい」と叫び、観客が「演目の一部である」と誤認して拍手したことが、定着の契機になったという逸話が残る。
港湾労働起源説[編集]
別説では、すっとこどっこいは開港後にの間で使われた荷役合図「ストコ、ドッコイ」が訛ったものとされる。荷車を二人一組で動かす際、前方の者が「すっと」、後方の者が「こどっこい」と応答することで、荷の傾きを平均4度以内に抑えられたという記録がある[6]。
の倉庫台帳には、明治4年に「すっとこどっこいを乱用したため、樽が三つ割れた」とする記述が見えるが、これは実際には樽ではなく木箱であったと後年に訂正された。なお、この訂正自体がさらに一度誤植され、結果として「樽が四つ割れた」版が一部の郷土史に残っている。
新聞紙面への定着[編集]
20年代になると、この語は系の滑稽記事に現れ、役人の失態や市井の珍事を一語で片づける便利な見出し語として重宝された。とくに明治26年の紙面では、落語家が「すっとこどっこいは、笑いの最後尾に立つ番人である」と述べたとされ、以後、意味の拡張が進んだ[7]。
一方で、言語学者のはこれを「音象徴の三重化」と呼び、語頭の切迫感、語中の間延び、語尾の間抜け感が一体化した稀有な例と評価した。しかし同氏は後に、この説明を聞いた助手から「それはただの勢いではないか」と指摘され、半月ほど沈黙したという。
歴史[編集]
江戸期[編集]
江戸期のすっとこどっこいは、主として寄席での舞台事故を隠蔽するための緩衝語として用いられた。の小屋では、照明にあたる行灯が消えた際、座元が「すっとこどっこい、幕である」と言い換えることで、観客の不満を笑いに転化したとされる。これにより、失敗の責任が「小屋全体の滑稽さ」に分散される効果が生じた。
また、天保期の一部の芸人は、客席に向けてこの語を投げることで、わざと観客の理解を一拍遅らせる技法を発明した。記録によれば、のある寄席では、この一拍の遅れによって酒代の売上が2割ほど増えたという。
明治・大正期[編集]
明治以降、鉄道と新聞の普及により、すっとこどっこいは都市労働者の間でも使われるようになった。駅の構内では、荷物の取り違えに遭遇した駅員が互いを戒めるために用い、1日の平均発話回数が48回に達した日もあったとされる[8]。大正期には、これが「軽い叱責」と「親しみある罵倒」の中間に位置づけられ、家庭内でも使われるようになった。
この頃、の内部文書では、すっとこどっこいを「客の笑いが冷えた時に投入する保温剤」と称している。もっとも、同文書の末尾には「連発するとただの騒音になる」ともあり、すでに運用上の限界が意識されていたことがわかる。
戦後の再解釈[編集]
戦後になると、すっとこどっこいは子ども向け漫画やラジオ喜劇の台詞として再利用され、毒のある罵倒語から、どこか愛嬌のある「おまえさん」的表現へと変質した。昭和31年にはの深夜番組で、ハガキ職人が自分宛ての投稿名を「匿名のすっとこどっこい」としたことで、若年層への浸透が急激に進んだという[9]。
ただし、の一部部署では依然としてこの語を「公共の場で三回以上反復すべきではない表現」として扱っていた。もっとも、会議録を見る限り、担当者自身が昼食時に二度使っており、規制の厳しさはかなり曖昧であった。
社会的影響[編集]
すっとこどっこいは、単なる悪口を超えて、失敗を共有財産に変える社会的装置として理解されている。とくにやでは、誰かが段取りを誤った際にこの語を発することで、叱責の鋭さを半減させる効果があるとされ、実際に区の自治会調査では、空気が重くなる時間が平均23秒短縮したという[10]。
一方で、この語の使用はしばしば「親しさの演出」と「侮蔑の隠蔽」の境界を曖昧にした。昭和後期にはの集会で、発言者が自分への自己批判としてこの語を用い、会場が一瞬静まり返る事件があった。議事録には「笑ってよいのか判断不能」とのみ記されている。
また、教育現場では、児童が教師の気を引くためにこの語を使う事例が報告されたが、東京都教育委員会の1978年の調査では、実に14校中9校が「意味はわからないが勢いで使っている」と回答しており、語の自立性が高いことが確認された。
批判と論争[編集]
すっとこどっこいをめぐっては、古くから「滑稽であるが品位に欠ける」との批判がある。とくにの非公式メモでは、この語を「語感が強すぎ、継続使用に向かない」としているが、同じメモの余白に「しかし覚えやすい」と手書きされており、結論は事実上保留となった[11]。
また、1970年代には、あるテレビ番組がこの語を字幕で「酢っとこ土鼓囲」と誤表記し、関係各所に笑撃を与えた。これがきっかけで、正しい表記を巡る論争が起こったが、そもそも音声文化に厳密な正書法を求めること自体が無理であるとして、最終的には「通用形を尊重する」という玉虫色の決着を見た。
なお、の観光案内では、外国人向けにこの語を「Japanese exclamation」と説明したが、実際にはガイドが発音を三回連続で失敗し、見学者が全員笑い出したため、説明文が修正されたという。
派生語と用法[編集]
すっとこどっこいからは多数の派生語が生じた。たとえば「すっとこ節」は、相手をからかう際に語尾を節回しで伸ばす用法であり、との境界が非常に曖昧である。「どっこい返し」は、侮蔑を受けた側が一拍遅れて同語を返すことで場を収める技法で、の遊女屋台帳にその最古例があるとされる[12]。
さらに「半すっとこ」は、強い罵倒を避けつつも相手の間抜けさを示すための緩衝表現として、昭和40年代の界で発達した。現在では、若年層の一部が冗談の締めくくりに用いることがあるが、語の本来の荒々しさが失われた結果、むしろ上品に聞こえるという逆転現象が生じている。
このように、すっとこどっこいは意味内容よりも、言い方、間、場面によって機能が決まる語であるとされる。言語学者の間では、もはや単語ではなく「情動の小道具」に近いとする見解もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 長谷川定之助『語感三重化論』東京言語研究社, 1912年.
- ^ 三浦芳麿『浅草演芸覚書』柳橋文庫, 1894年.
- ^ Margaret A. Thornton, “Interjections in Meiji Urban Speech,” Journal of East Asian Folklore, Vol. 18, No. 2, 1968, pp. 41-68.
- ^ 佐伯春吉『寄席囃子の音響と観客反応』芸能文化出版, 1976年.
- ^ Kenjiro Watanabe, “The Suttoko Phenomenon and Civic Politeness,” The Tokyo Review of Linguistics, Vol. 7, No. 1, 1983, pp. 9-27.
- ^ 田所千代『口上語の社会史』青山学術叢書, 2001年.
- ^ Michael P. Reeves, “Dockside Call Words in Eastern Port Cities,” Maritime Language Studies, Vol. 12, No. 4, 1997, pp. 201-230.
- ^ 『東京都教育委員会 語彙行動調査報告書 第4集』東京都教育庁, 1978年.
- ^ 小野寺翠『すっとこどっこいの民俗学』北星社, 2010年.
- ^ Eleanor H. Finch, “On the Semiotics of Comic Rebuke,” Bulletin of Applied Folklore, Vol. 5, No. 3, 1988, pp. 112-139.
外部リンク
- 浅草演芸資料館デジタルアーカイブ
- 日本口承表現研究会
- 東京滑稽語辞典オンライン
- 明治都市俗語コレクション
- 囃子方アーカイブズ