でんでんどうど
| 名称 | でんでんどうど |
|---|---|
| 別名 | 殻鳴り法、鈍転測法 |
| 起源 | 18世紀末の三河国 |
| 主な用途 | 殻物の乾燥判定、倉庫内湿度監視、農閑期の習俗 |
| 発展地域 | 愛知県西部、岐阜県南部、静岡県遠州地方 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、神谷兼助 |
| 関連組織 | 農商務省穀類改良局、三河農事試験会 |
| 現在の扱い | 民俗工芸として保存、年中行事の一部に残存 |
でんでんどうどは、後期ので発達したとされる、殻物の回転速度と湿度を同時に測定するための民間技術である。のちに西部の農事改良運動と結びつき、音響計測文化の基礎を築いたとされる[1]。
概要[編集]
でんでんどうどは、穀物を浅い木盆に入れ、一定の角度で揺らしながら発生する音の連なりからとを判定する手法であるとされる。名称は、回転に伴う「でんでん」という空気音と、判定時に用いられた掛け声「どうど」に由来すると説明されている。
一般には農事の補助技術として理解されているが、三河地方では単なる測定法ではなく、倉の火難を避けるための予祝儀礼でもあったとされる。なお、明治期にの技師が注目し、下のいくつかの郡で試験導入された記録が残る[2]。
起源[編集]
起源については諸説あるが、最も広く知られているのは年間の飢饉後、碧海郡の米問屋・神谷兼助が考案したとする説である。神谷は倉の中で米俵が湿気を含むと音が鈍ることに気づき、桶に移して回した際の「でんでん」という響きを記録したとされる。
一方で、地元の古文書『鈍転聞書』では、すでに期の女房衆が味噌樽のふたを叩いて湿りを見分けていた記述があり、これがでんでんどうどの原型であるとの見方もある。もっとも、この史料は昭和初期にの旧家から発見されたとされるが、発見経緯の証言が三者三様であるため、研究者の間では要出典とされている。
方法と作法[編集]
でんでんどうどの基本は、朱塗りまたは柿渋塗りの浅盆に、精白前の殻物を七勺から一升二合ほど載せ、左回りに九回、右回りに七回、最後に斜め四十五度で一度止めることであるとされる。このとき、音が高く澄むほど乾燥が進み、低くこもるほど再乾燥が必要と判定された。
三河地方の古い家では、判定者が盆を回しながら「でんでん、どうど、もう一息」と唱える習慣があった。これは単なる掛け声ではなく、倉内の気流を整えるための呼吸法でもあったという。現代の民俗学者・は、声量と盆の傾きの相関が0.73前後で安定していたと推定しているが、測定法の再現性については批判もある[3]。
歴史[編集]
江戸後期から明治初期[編集]
末からにかけて、でんでんどうどは三河の農家だけでなく、の米商にも受け入れられた。とくにの蔵元では、盆の縁に真鍮の鈴を三つ付ける改良が行われ、音の変化を耳で聞き分けやすくしたという。
8年には、の私塾「東海実学社」で講義が行われ、受講者は延べ142名であったと伝えられる。ここでの講義録には、盆の回転方向と人間の胃腸の具合を結びつける奇妙な考察が含まれており、後世の研究者を困惑させた。
国家技術への編入[編集]
は21年、穀物の品質格差が輸送損失の原因になるとして、でんでんどうどを準公定法として調査した。調査班はとの計17か所を巡回し、1,248件の聞き取りを実施したが、そのうち39件は「回しているうちに眠くなるので正確な判定ができない」と記されていた。
この時期、技師のが湿度計との比較表を作成し、でんでんどうどは実用上の誤差が±4.2%に収まると報告したとされる。ただし原本は戦災で失われ、現在残るのは写しのみである。
衰退と再評価[編集]
末から前期にかけて、電気式のが普及すると、でんでんどうどは急速に失われた。もっとも、農協の倉庫係のあいだでは「音でわかるほうが早い」として1960年代まで細々と使われた地域があり、南部では冬の行事として残存した。
1978年にはで「でんでんどうど再興展」が開かれ、来館者3万1,406人を記録した。展示最終日に盆が一斉に回されたため、館内の非常ベルが誤作動したという逸話が残る。
社会的影響[編集]
でんでんどうどは、単なる農具ではなく、共同体の合意形成の装置でもあったと考えられている。倉の主、嫁、番頭、子どもが交代で盆を回すことで、作況の良否を誰が見ても納得できる形に変換していたのである。
また、三河では「盆を回してから口論するな」という家訓が広まり、商談の前に1回だけでんでんどうどを行う風習が生まれた。これが後の西部の会議文化、すなわち長い沈黙と急な結論を特徴とする地元式進行の一因になったともいわれる[4]。
批判と論争[編集]
でんでんどうどには、当初から再現性の低さを問題視する声があった。とくにの農芸化学講座では、同一の米を用いても判定結果が人によって3段階以上ずれることがあるとして批判された。
一方、擁護派は「ずれこそが倉の実情を映す」と反論し、測定者の経験や家風を含めて判定するのが本法の本質だと主張した。この論争は単なる技術論にとどまらず、近代化のなかで民間知をどう扱うかという問題に接続した。なお、1986年に公開された『東海道盆転回顧録』では、判定結果が外れるほど豊作になるという逆説が唱えられているが、学界での評価は分かれている。
現代の継承[編集]
現在、でんでんどうどは、、などの一部で民俗芸能として継承されている。地域保存会では、漆器の盆ではなく軽量アルミ盆を用いることで、子どもでも参加しやすい形に改変している。
2021年には内の小学校12校で体験授業が実施され、児童の約68%が「音で米の気分がわかる」と回答したとされる。ただし、この調査は保存会自身の自己申告であり、教育効果の測定にはなお課題がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『三河穀物盆転法考』東海農事研究会, 1891年.
- ^ 神谷兼助『鈍転聞書』尾三郷土叢書刊行会, 1887年.
- ^ 村瀬房子「でんでんどうどの音響的特性」『民俗計測学雑誌』Vol.12, 第3号, pp. 44-61, 1974年.
- ^ 佐伯光雄『農商務省穀類改良局調査報告 第七編』農商務省印刷局, 1902年.
- ^ Margaret A. Thornton,
- ^ The Acoustics of Rural Rotational Heuristics
- ^ ,
- ^ Journal of Imagined Ethnography Vol.8 No.2, pp. 113-129, 1968.
- ^ 中村久作『東海地方における盆鳴り習俗の分布』名古屋民俗出版社, 1956年.
- ^ 田島由紀『回転と湿度の民間判定』朝霧書房, 1983年.
- ^ 岡本清澄「鈍い音と豊作の相関」『日本農村技術史研究』第19巻第1号, pp. 7-28, 1999年.
- ^ Henry L. Wainwright, “Wetness by Ear: Notes on Denden Dōdo”, Transactions of the Pacific Folklore Society, Vol. 14, pp. 201-219, 1972.
- ^ 愛知県立農業資料館編『でんでんどうど再興展図録』愛知県立農業資料館, 1978年.
外部リンク
- 東海民俗計測アーカイブ
- 三河農事文化研究所
- 盆転保存会連合会
- 愛知県郷土技術データベース
- 架空農具博物館オンライン