でんでんどろどろ
| 分類 | 民間音響儀礼、低周波共鳴技法 |
|---|---|
| 起源 | 17世紀末の江戸城下周辺とされる |
| 主な地域 | 東京都、埼玉県南部、神奈川県東部 |
| 代表的媒体 | 銅鈴、松脂、湿板、木製回転盤 |
| 実践者 | 鳴子師、どろ番、棚押し役 |
| 最盛期 | 1954年 - 1972年 |
| 現在の状況 | 一部保存会による再演が行われる |
| 関連機関 | 関東民俗振動研究会 |
でんでんどろどろは、の民間音響儀礼および低速電流制御の総称である。主としての下町工房で発達したとされ、のちに期の都市芸能と結びついて広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
でんでんどろどろは、微小な打撃音と粘性の高い擦過音を組み合わせ、空間に「遅れて響く輪郭」を生じさせるとされる技法である。名称は、器具が回転する際の乾いた「でんでん」と、湿った媒体がこすれる「どろどろ」の聴感を写したものと説明される。
一見すると単なる下町の雑技に見えるが、実際には周辺の長屋建築や沿いの湿気条件が成立させた、かなり特殊な都市芸能であったとされる。なお、の前身機関であるの某研究班が、1928年に「音の粘度」という概念を提唱したことが流布の契機になったという説がある[2]。
歴史[編集]
江戸期の起源[編集]
起源は年間、の提灯職人・藤巻与左衛門が、乾燥した和紙を湿らせる過程で偶発的に得た周期音に求められる。与左衛門はこれを「鳴りの落差」と呼び、同業者の間で、雨天時にだけ客足が増える屋台向けの呼び込み技法として伝えたとされる。
13年には、の町触において「夜半に戸板を鳴らして犬を騒がせる怪しげな術」が問題視されたが、実際にはでんでんどろどろの稽古が原因であったとする記録がの私蔵文書に残る。もっとも、この文書は虫損が激しく、要出典とされることが多い。
昭和の再発見[編集]
戦後の復興期になると、の寄席「花車亭」で二代目棚橋銀造が、停電時の余興として木製回転盤と洗濯糊を用いた演目を披露し、これが「でんでんどろどろ」の現代的形式を作ったとされる。観客の反応は非常に大きく、1957年には一晩でを動員したというが、席数と合わないためしばしば議論を呼ぶ。
また、の実験番組『音のかたち』で採り上げられたことにより、都市の「見えない民俗」として再評価が進んだ。番組内では、湿度前後のときにだけ反応する「どろ相」が紹介され、全国の視聴者から問い合わせが殺到したと記録されている。
保存会と制度化[編集]
1969年、内の有志によって「民俗音響技法調査班」が設けられ、でんでんどろどろは初めて半公式に分類された。調査班はの倉庫群、の臨海部、の銭湯裏手の3地点を比較し、音の粘性が建材の含水率と相関することを報告している。
1974年にはが保存会を結成し、現在も毎年の第2土曜に「どろ合わせ式」を実施している。ただし、式次第の第4項で必ず1台だけ回転盤が止まる慣例があり、これは「失敗を演目に含める」ための重要な所作と説明される。
技法[編集]
でんでんどろどろの基本は、軽い打撃と粘性媒体の遅延をずらして提示する点にある。鳴子師はを3個、を塗った木球を2個、そして「湿板」と呼ばれる薄い桜板を用い、最初に乾いた音を立てたのち、0.7秒から1.3秒遅れて濁音を重ねる。
上級者はこれを「三拍のうち一拍だけ沈める」と表現する。理論上は簡単であるが、実際には会場の湿度、観客の咳、畳の目の向きまで影響するとされ、熟練者でも成功率は78%程度にとどまるという。なお、1971年に発表された「東京下町における遅延共鳴の定量化」では、同じ演者でもとで音像が異なることが示された[3]。
社会的影響[編集]
でんでんどろどろは、単なる芸能にとどまらず、建築、広告、気象観測にまで影響を及ぼしたとされる。の広告代理店では、1960年代に「でんでん色」と呼ばれる鈍い光沢を再現した看板が流行し、雨の日の売上が平均で14%上昇したという。
また、の一部駅では、ホーム上の反響を抑えるため「どろ止め板」が試験導入されたことがある。これは当初、通勤客の苦情対策であったが、結果的に演目の保存に寄与し、雨天時の地下鉄構内で小規模な公演が行われる文化を生んだ。一方で、音の遅れを利用した詐欺的商法が一時期横行し、1965年には「でんでんどろどろ式布団販売」が消費者団体から問題視された。
批判と論争[編集]
もっとも、でんでんどろどろの歴史には誇張が多いとする批判も根強い。特に、元禄期の資料とされる『湿音覚書』はの目録に存在せず、研究者の間では後世の創作ではないかとの見方が有力である[4]。
また、保存会が「音の粘度」を数値化する際に用いる単位「ドルン」は、実際には学術標準に採用されていない。これについて会長の久我山翠子は「標準化されないこと自体が下町の自由度である」と述べたとされるが、発言の一次資料は確認されていない。にもかかわらず、この曖昧さこそがでんでんどろどろの魅力であるという評価も多い。
現代の展開[編集]
21世紀に入ると、でんでんどろどろはや地域イベントを通じて再流行した。特にの商店街では、梅雨入りの時期に合わせて「どろどろ回廊」が設置され、来街者が木製盤の回転速度を自分で調整できる体験型展示が人気を集めている。
2022年にはの学生団体が、スマートフォンの加速度センサーを用いて再現実験を行い、最も「でんでんどろどろらしい」揺れを示す歩き方を解析した。結果、傘を斜めに持ち、半歩だけ遅れて歩く姿勢が最適であると結論づけられたが、実地で再現できた学生は全体の3割に満たなかった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
の大衆芸能
脚注
- ^ 久我山翠子『でんでんどろどろの音響民俗学』関東民俗振動研究会, 1978年.
- ^ 田島弘樹「下町における遅延共鳴の成立」『民俗芸能研究』第12巻第3号, 1981年, pp. 41-68.
- ^ Margaret A. Thornton, "Viscous Resonance in Urban Performance," Journal of East Asian Acoustic Studies, Vol. 8, No. 2, 1994, pp. 115-139.
- ^ 山根鉄平『湿板と回転盤――都市儀礼の実践史』青灯社, 2002年.
- ^ 佐伯美帆「銅鈴三連と観客心理」『東京芸術文化評論』第19巻第1号, 2009年, pp. 7-26.
- ^ Hiroshi Kanda, "The Denden Effect in Postwar Street Theater," Urban Folklore Quarterly, Vol. 15, No. 4, 2011, pp. 201-224.
- ^ 中西啓子『雨の日の演目学』文化資料出版, 2014年.
- ^ 関東民俗振動研究会編『保存会実施要項 第7版』同会資料室, 2018年.
- ^ 鈴木園子「どろ止め板の制度史」『都市交通と文化』第5巻第2号, 2020年, pp. 89-103.
- ^ Peter L. Wren, "A Note on Denden Dorodoro and the Measurement of Slowness," Proceedings of the Institute for Fictional Acoustics, Vol. 3, 2023, pp. 5-18.
外部リンク
- 関東民俗振動研究会
- 花車亭アーカイブ
- 下町音響資料館
- でんでんどろどろ保存会公式記録
- 都市儀礼データベース