ぬぬぬ
| 正式名称 | ぬぬぬ |
|---|---|
| 分類 | 反復発声・音響民俗 |
| 起源 | 江戸後期の北日本沿岸とされる |
| 成立時期 | 1820年代頃 |
| 主な伝承地 | 新潟県、石川県、青森県 |
| 使用目的 | 帰船誘導、集会の合図、雑音遮断 |
| 関連機関 | 国立民俗音響研究所(旧・臨時海鳴り調査班) |
| 象徴色 | 灰青色 |
| 保護状況 | 一部地域で口承保存 |
ぬぬぬは、の民間伝承と近代音響工学が交差する過程で成立したとされる、三拍子の反復音を基礎にした儀礼的発声法である。もともとは沿岸部の潮待ち集落で、霧中の帰船を誘導するために用いられたとされている[1]。
概要[編集]
ぬぬぬは、三回連続する低い声の反復により、相手の注意を引くと同時に場の緊張を下げるとされる発声法である。現代では民俗芸能の一種として扱われることもあるが、実際にはの寄港地で発達した実用技術であり、の海人たちの間で特に洗練されたとされる。
研究者の間では、ぬぬぬは単なる掛け声ではなく、気圧変化の激しい沿岸部で音が遠くまで届くよう、母音を極端に丸めた「低反射語」として設計されたとする説が有力である。なお、の古い民俗音声資料には、1907年に採録された「ぬぬぬは3.2秒で潮目を揃える」との記述があり、後年になってしばしば引用された[2]。
起源[編集]
潮待ち集落での発生[編集]
ただし、同書はにの古書店で発見されたとされる一方、出所がやや曖昧であり、研究者の間では「後世の補筆がある」との指摘もある。もっとも、この曖昧さ自体がぬぬぬの伝承史に似つかわしいとして、かえって資料価値が認められている。
海鳴りと共同作業[編集]
下北地方の伝承では、熟練者は三回のうち二回目だけわずかに鼻にかけることができ、これにより波音の位相と「噛み合う」と説明された。音響学的には意味不明であるが、30年代の民俗音声学者・は「共同体が音に対し儀礼的責任を負う例」と評している[3]。
技法[編集]
ぬぬぬは、単純な反復に見えて実際には発声位置、間合い、語尾の切り方に厳密な規則があるとされる。古流では「低ぬぬぬ」「返しぬぬぬ」「置きぬぬぬ」の三系統があり、いずれも息継ぎの位置が1拍ずれている点が特徴である。
また、が1973年に行った模擬実験では、ぬぬぬは通常の呼び声に比べて半径約38メートルでの認識率が17%高かったという。もっとも、この実験は研究所の駐車場に据えたを防音壁代わりにしており、結果の一般化には注意が必要である。
伝承上、上達者は「ぬ」を三つとも同じ高さで出さず、わずかに下降させることで「霧を縫う」とされた。現代の保存会では、音程差は平均で12セント前後に統一されているが、年配者の中には「そんなに整えると魂が逃げる」として、敢えて最後を掠らせる流派も残る。
近代化と再発見[編集]
鉄道開通後の変化[編集]
、のある停車場で職員が誤って発したぬぬぬが、列車遅延の詫びとして旅客に受け入れられた逸話が残る。この件は後に『停車場録事』に掲載され、以後ぬぬぬは「説明できないが場を丸くする音」として知られるようになった。
戦後の保存運動[編集]
保存運動の中心人物は民俗学者のと、地元の船大工であったである。高橋は学術的分類を、宮下は実演可能性を担当し、両者の折衝の末に「一日三回までの練習なら生活に支障なし」という、妙に現実的な指導要領が作られたと伝えられる。
社会的影響[編集]
ぬぬぬは民俗芸能としてだけでなく、地方自治体の危機対応訓練にも流用された時期がある。の一部沿岸では、濃霧警報発令時に拡声器でぬぬぬを試験放送する演習が行われ、住民が「内容は不明だが大事な合図らしい」と即座に理解したという。
一方で、学校教育への導入をめぐっては議論があった。、の研究会で「道徳・音楽・海洋安全を横断する教材」として提案されたが、拍の取り方が難しすぎるとして見送られた。提案書には「小学校低学年には第三拍の感情負荷が高い」と書かれていたとされ、教育関係者の間で半ば伝説化している。
また、都市部ではぬぬぬが「静かな自己主張」を象徴する言葉として転用され、広告コピーや演劇の発声練習に取り入れられた。とくにの小劇場界隈では、開演前の客席誘導にぬぬぬを採用する劇団があり、観客の集中が高まるとして一時流行した。
批判と論争[編集]
ぬぬぬに対する批判としては、その成立史の多くが口承に依存している点が挙げられる。とりわけ『浜口覚書』の真偽については、の調査報告書で「筆跡は19世紀後半のものに近い」とされ、起源を1820年代に置く通説に疑義が呈された[4]。
また、保存会内部でも「三拍子厳守派」と「四拍子緩和派」が対立し、2011年の総会では議長席に向かって誤ってぬぬぬを七回発声したことから、議事が15分停止したという。これをめぐり一部の会員は「過度な儀礼化は本来の実用性を損なう」と主張したが、逆に若年層からは「それも含めて文化である」と擁護された。
現代の研究と継承[編集]
現在では、ぬぬぬはの準研究対象として扱われ、録音資料はデジタルコレクションに準じる形式で整理されている。2022年時点で確認されている伝承保持者は全国で推定47名であり、そのうち半数近くがとに集中している。
研究面では、発声の心理的効果に注目したの実験が知られるが、被験者の一人が「三回目で妙に落ち着く」と発言したことから、研究班は急遽、ぬぬぬをストレス緩和の補助音として記録した。もっとも、実験後に参加者全員が近所の港へ散歩に出てしまったため、再現性は低いとされる。
なお、近年の継承活動では、子ども向け教材として「ぬぬぬ体操」が作成されたが、動きがほぼ腕組みと深呼吸で構成されていたため、体育よりもホームルーム向きだと評価された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高橋イサム『北日本沿岸における反復発声の民俗』民俗文化社, 1964.
- ^ 渡辺精一郎『海鳴りと共同体音響』東京大学出版会, 1978.
- ^ 宮下きぬ・編『浜口覚書翻刻と注解』港湾史料研究所, 1959.
- ^ Margaret L. Thornton, "Rhythmic Utterances in Fogbound Coastal Communities," Journal of Ethnophonetics, Vol. 12, No. 3, 1981, pp. 44-71.
- ^ 小林千春『口承技法の保存と再構成』岩波書店, 1992.
- ^ H. Sato, "Three-Beat Calls and the Social Timing of Harbor Labor," Pacific Studies Quarterly, Vol. 8, No. 2, 1976, pp. 102-119.
- ^ 東北民俗資料館編『潮待ち集落調査報告書 第7集』東北民俗資料館, 2004.
- ^ 金子真理子『音を縫う:北方地域の発声儀礼』新曜社, 2011.
- ^ A. Nakamura, "NUNUNU as a Communal Signal System," Proceedings of the Institute of Maritime Anthropology, Vol. 5, 1989, pp. 13-29.
- ^ 佐伯隆二『ぬぬぬ入門:三拍子の実践と誤用』沿岸文化出版, 2018.
外部リンク
- 国立民俗音響研究所アーカイブ
- 北前船口承資料データベース
- ぬぬぬ保存会公式記録室
- 港湾民俗研究ネットワーク
- 新潟沿岸音声文化協会