ねこちゃんだいすきマン
| 名称 | ねこちゃんだいすきマン |
|---|---|
| 読み | ねこちゃんだいすきまん |
| 英語表記 | Neko-chan Daisuki Man |
| 起源 | 1979年ごろの世田谷区内の掲示文化 |
| 主な活動地域 | 東京都、神奈川県、千葉県 |
| 関連分野 | 都市民俗学、愛玩動物文化史、地域掲示研究 |
| 象徴 | 首輪形の青い缶バッジ |
| 標語 | ねこちゃんを、ためらわず、ちゃんと、すきであること |
| 最盛期 | 1984年-1992年 |
ねこちゃんだいすきマンは、後期から初期にかけてを中心に確認された、猫への過剰な愛着を制度化したとされる民間称号である。もともとはの周辺で用いられた俗語であったが、のちに小規模な署名運動、地域掲示板、同人誌文化を通じて独自の社会的意味を獲得した[1]。
概要[編集]
ねこちゃんだいすきマンは、猫を好む人物を指す一般名詞ではなく、やの内部で使われた準公的な呼称であるとされる。単なる愛猫家ではなく、猫のために缶詰の銘柄を指定し、雨天時の給餌位置まで記録する者を指す点に特徴があった。
この呼称が広まった背景には、前半の周辺で頻発した「餌皿の置き場問題」があるとされる。地元の自治会が、猫の可動範囲と住民苦情を同時に調整するために、極端に猫好きな人物へ注意喚起を行ったことが、逆説的に称号化につながったとみられている[2]。
起源[編集]
世田谷掲示板説[編集]
当時の記録によれば、書き手は自治会長のであったとも、近隣の薬局店主であったとも伝えられている。文末の「マン」がカタカナである理由については、当時流行していた特撮番組の影響という説と、単純に「男」を柔らかく言い換えたという説が併存している。いずれにせよ、ここでの「マン」は個人名ではなく、社会的役割の記号として使われた点が重要である。
猫缶行政試行期[編集]
には、の一部地区で、地域猫への給餌時間を自治会が半公式に記録する「猫缶行政試行」が行われた。参加者名簿の末尾に、ペンネーム欄として「ねこちゃんだいすきマン」と書かれた人物が複数確認されており、これが個人名なのか役職名なのかは長らく議論の的であった。
この時期に配布された緑色の回覧板には、猫の種類別に推奨缶詰の一覧が載っていたという証言があり、特にには「薄味」、には「暗所でも認識しやすい皿」を用いるべきだと記されていたとされる。後年の研究では、これらは実践的助言というより、猫愛好者同士の結束を示す儀礼文書であった可能性が高いとされる。
制度化と拡散[編集]
同人誌文化との接続[編集]
、周辺で配布された小冊子『ねこちゃんだいすき便覧』が、称号の認知を大きく押し上げたとされる。編集に関わったは、猫好きの程度を「写真を撮る」「名前をつける」「病院に連れて行く」「雨の日に毛布をかける」「保険証を持つ」の五段階で分類し、最上位を「大だいすきマン」として定義した。
この分類法は一見冗談のようであるが、実際には当時の都市部で増加していた保護猫活動の行動様式を先取りしていたとする研究もある。一方で、最終頁にだけ突如として登場する「猫に話しかける声量は人間の目覚まし時計より小さくあれ」という記述は、今なお要出典のまま引用されることが多い[4]。
商店街での普及[編集]
前後には、の複数商店街で「ねこちゃんだいすきマン歓迎」の貼り紙が確認された。これは実際には、夜間の野良猫誘引を嫌う店舗が、一定の条件を満たした愛猫家だけをやんわりと優遇するための表示であったとみられる。
特にの古書店街では、猫写真を持参した客に限りブックカバーを厚紙に変更する「猫愛好者優先包装」が実施されたという。店主のは後年、「あれはサービスではなく、紙袋を盗まれないための知恵だった」と語ったとされるが、この発言自体の真偽は確認されていない。
象徴と作法[編集]
ねこちゃんだいすきマンには、いくつかの半ば儀式化した作法が存在した。代表的なものは、猫に初対面で近づく際に右手を下げ、左手で缶詰を掲げる「片手献上法」である。これにより猫側の警戒を和らげるとされたが、実際には人間同士の連帯感を高める効果の方が大きかったとされる[5]。
また、象徴物として青い缶バッジが知られている。直径は標準で、中心には簡略化された猫の顔と「DSK」の三文字が印字されていた。配布数はの時点で全国に推計とされるが、自治体ごとの受領簿が不完全なため、実数はこれよりかなり少なかった可能性がある。
なお、雨天時だけ着用する「濡れ猫対応マント」が存在したという証言もある。これは実用衣料というより、猫への敬意を示すための装飾具であったと考えられているが、袖口が異様に長く、実際には自転車のチェーン汚れ防止に便利であったため普及したともいわれる。
社会的影響[編集]
地域福祉への波及[編集]
以降、ねこちゃんだいすきマンの活動はと結びつき、独居高齢者の安否確認を猫の給餌記録で代替する試みまで現れた。これにより、猫が食べていれば人間も生きている可能性が高いという、独自の生活指標が生まれたとされる。
のある町内会では、猫皿が翌朝きれいになっていることをもって前夜の防犯パトロール完了とみなす運用があり、関係者はこれを「猫皿KPI」と呼んだ。行政側は正式採用を見送ったが、地域の満足度は一時的に上昇したという。
批判と規制[編集]
一方で、過度な猫愛護が騒音苦情や衛生問題を招いたとして、内の一部では「ねこちゃんだいすきマン条例」制定運動への反発も強かった。特にの夏、ある集合住宅で深夜の猫集会が連日行われたことから、住民が「愛が社会基盤を侵食している」と抗議した事件は有名である。
これに対し、支持者は「人間のルールが猫の気分を十分に説明できていない」と反論したが、議会では賛否が拮抗し、結果的に「餌皿は共用廊下に置かないこと」という妥協案のみが採択された。なお、この規定が後にマンション管理規約へ転用されたとの指摘がある。
派生文化[編集]
ねこちゃんだいすきマンは、やがて広告、舞台、通信販売にまで波及した。にはで放送された児童向け人形劇の小道具として、青い缶バッジが無許可で酷似使用されたとされ、制作班が謝罪文を掲示したという逸話が残る。
また、の雑貨店では、来店客が「だいすき」と三回唱えると猫型栞がもらえるキャンペーンが行われた。この企画は当初、来店促進策であったが、次第に「猫好きの自己申告制度」と誤解され、レジ前に無言で立ち尽くす客が増えたため中止された。
さらに、インターネット普及初期には「ねこちゃんだいすきマン指数」という非公式指標が掲示板で流通し、猫画像の保存枚数、餌代、獣医通院回数の合算で算出された。最高値はに記録されたで、これは本人が転居費を猫用ベッドに回したことが要因とされる。
批判と論争[編集]
最大の論争は、「ねこちゃんだいすきマン」が自己申告で成立する称号であるのか、それとも地域承認を要する社会的資格であるのか、という点にあった。前者を支持する研究者は都市文化研究室のであり、後者を主張したのはのである。
また、称号が男性を想起させる語尾を持つことから、女性の愛猫家が排除されるのではないかという批判もあった。このため半ばには「ねこちゃんだいすきウーマン」や「ねこちゃんだいすきヒューマン」などの代替案が提案されたが、どれも語感が弱いとして定着しなかった。
なお、ある研究では、この呼称が実際には商店街のスタンプラリー景品名だった可能性が示唆されている。しかし、当時の関係者が口をそろえて「猫の前でだけ態度が大きくなる人を指した」と証言しているため、結論は出ていない[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 牧野しおり『ねこちゃんだいすき便覧』港北出版, 1986年.
- ^ 三好夏彦「都市掲示板における愛猫語彙の変容」『都市文化研究』Vol.12, 第3号, pp. 44-71, 1993.
- ^ 遠山澄江「地域猫と準公的称号の成立」『日本民俗学会誌』Vol.41, 第2号, pp. 118-139, 1995.
- ^ Jonathan H. Bell, "Feeding Schedules and Informal Neighborhood Titles in Postwar Tokyo", Journal of Urban Folklore, Vol.8, No.4, pp. 201-223, 1998.
- ^ 岩城善次『上馬回覧板抄録 昭和五十六年版』世田谷資料刊行会, 1982年.
- ^ 中村フミ子『猫缶と自治会と私』高円寺文化社, 1991年.
- ^ M. A. Thornton, "The Semiotics of Cat-Love Badges in Japan", The Review of Everyday Rituals, Vol.15, No.1, pp. 9-36, 2001.
- ^ 相沢正一「ブックカバー厚紙化と来店猫率の相関」『商店街実務』第18巻第7号, pp. 55-60, 1992.
- ^ 『ねこちゃんだいすきマン条例資料集』東京都地域文化局, 1990年.
- ^ 佐伯みちる『猫皿KPI入門』北関東生活研究所, 1999年.
外部リンク
- 世田谷区立郷土資料館デジタルアーカイブ
- 都市民俗学会電子年報
- 猫缶行政研究センター
- 高円寺商店街文化史ライブラリ
- ねこちゃんだいすきマン保存会