ひゃはははははは
| 表記 | ひゃはははははは |
|---|---|
| 英語名 | Hya-hahaha |
| 分類 | 感情表出語・笑い声 |
| 成立 | 1920年代末 |
| 初出 | 東京・浅草の寄席記録 |
| 主な用途 | 演劇、放送、漫画表現 |
| 関連分野 | 音声学、演芸、記号論 |
| 特徴 | 高音化した笑いが連続する |
ひゃははははははは、主に圏のとして知られる、短く鋭い高笑いの反復表現である。もともとは末期ので用いられた舞台指示語に由来するとされ、のちに期の放送演出を通じて広く普及した[1]。
概要[編集]
ひゃははははははは、笑い声を文字化した表現の一種であるが、単なる擬音ではなく、特定の人物像を立ち上げるための演出記号として扱われてきた。とくにの舞台文化では、客席の空気を一気に反転させる「勝ち誇りの笑い」を示す符号として重宝されたとされる。
現代では、ネット上の定型句として消費されることも多いが、元来は下の演出家たちが「自然な笑いではなく、笑いそのものの不自然さ」を可視化するために整備したといわれる。なお、初期の記録には「ひゃはは」「ひゃっはっは」など揺れがあり、表記はかなり不安定であった[2]。
成立の経緯[編集]
寄席の口演台本からの発生[編集]
最初期の使用はごろの周辺の口演台本に見られるとされ、当時の速記者・が、若手喜劇役者の甲高い笑いを「ひゃははは」と書き留めたのが始まりとされる。ところが、翌年に同じ人物が別稿で「ひゃははははは」と記しており、どちらが原型かは今なお論争がある。
この笑いは、通常の「ははは」に比べて子音の立ち上がりが強く、耳に残りやすかったため、台本では「悪役が勝利を確信した瞬間」や「自信過剰な三枚目」を示す記号として用いられた。特にの『月見横丁大騒動』では、同一場面で8回連続して指定され、観客の間で「笑いがくどすぎる」と話題になったという。
放送局による標準化[編集]
の前身であるでは、に効果音記述の内部統一が行われ、その際に「ひゃはははははは」が標準形として採用されたとされる。採用理由は、録音機材が未熟であったため、笑い声の抑揚を文字で補う必要があったこと、また発音者が息切れしているように見えるため、放送ドラマでの「悪辣さ」との相性がよかったことにある。
ただし、同時期の会議録には「ひゃ」に含まれる母音が幼すぎるとして反対意見もあり、音声係のは「高笑いにしては愛嬌がある」と指摘している。これが逆に受け、以後は冷酷さと茶目っ気を同時に帯びる表現として定着した[3]。
漫画・文芸への拡散[編集]
になると、とを通じて全国に広まった。とりわけ刊の『電気街の紳士録』では、主人公のライバルが決め台詞のあとに「ひゃはははははは」と笑うコマが連続し、編集部への抗議が17件届いた一方、同時に読者投稿欄で「ここまで悪そうな笑いは見たことがない」と絶賛された。
文芸面では、による散文詩『午後三時の高笑い』が、この表現を「笑いの終端にある金属音」と評したことで知られる。もっとも、詩人本人は後年「意味はなかった」と述べており、用例の解釈をめぐって研究者が空回りする原因にもなった。
音韻的特徴[編集]
音声学的には、ひゃははははははは、破擦音に近い立ち上がりを含む第一拍と、その後の母音持続が極端に長い点に特徴があるとされる。これにより、発話者が笑いながらも相手を見下している印象を与えやすい。
の内部資料『反復笑いの形式分類』では、同系統の表現として「がははは」「ふははは」「うひゃひゃ」などが並べられているが、ひゃははははははだけが「自信と破綻が同居する」と分類された。なお、同資料の別表では、笑いの持続時間が0.8秒を超えると攻撃性が2.3倍に見えるとされており、現在も一部の演出現場で参照されている[4]。
社会的影響[編集]
この表現は、単なる笑い声としてではなく、権威の戯画化に用いられてきた。昭和末期には、企業広告の悪役キャラクターが採用する定番の笑いとして定着し、の某清涼飲料CMでは、出演者が3秒間で11文字分の「ひゃはははははは」を発し、視聴者から「内容より笑い方が長い」と評された。
また、学校教育の現場では、朗読発表の指導において「無闇にひゃははははははを使わないこと」と注意されることがあり、の都内公立校調査では、学級日誌に当該表現が記された回数が平均4.2回であったという。これは思春期の自意識と高笑いの相性が異様に良いことを示しているともいわれる。
批判と論争[編集]
一方で、ひゃははははははは「特定の悪役像を過剰に固定化する」として批判されてきた。とくにの表現規制をめぐる議論では、この笑いが「性格の悪さを一音節で表現しすぎる」として、演劇教育の現場で使用を控えるべきだとする意見が提出された。
ただし、支持派は「ひゃははははははがあるからこそ、善悪の輪郭がわかる」と反論しており、の大会では、賛否が真っ二つに割れた。なお、同大会の懇親会で当事者同士が実際にひゃははははははを交えて和解したという記録があるが、これは要出典とされている。
派生表現[編集]
派生形としては「ひゃははははは」「ひゃっはははは」「ひゃははははははっ」などが存在する。なかでも末尾に促音を付した「ひゃははははははっ」は、後半の漫画雑誌で流行し、笑いの途中でむせたように見せる演出として用いられた。
また、関西圏では語頭をやや低く発音する「ひゃあはははは」との変種が確認されており、の若手演出家はこれを「威圧感よりも湿度が高い」と説明した。表記の揺れが非常に多く、実際にはひゃははははははの周辺にある表現群全体を指して一つの文化圏が形成されていた可能性もある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡会榮之助『口演台本における笑声記号の変遷』演芸史研究会, 1931年.
- ^ 田中三千代「放送ドラマ初期における反復笑いの標準化」『音声記号学雑誌』Vol.12, No.3, pp. 44-61, 1937.
- ^ 鈴木霧人『午後三時の高笑い』北斗文芸社, 1958年.
- ^ 小野寺康平「悪役笑いの心理効果と聴取印象」『日本演劇学会紀要』第18巻第2号, pp. 102-119, 1972年.
- ^ Margaret H. Thornton, “Laughter as Authority Performance in Prewar Japanese Radio,” Journal of Performative Linguistics, Vol. 4, Issue 1, pp. 7-29, 1984.
- ^ 『反復笑いの形式分類』国立国語研究所内部資料, 1991年.
- ^ 森下元太「関西方言圏における高笑い表記の湿度差について」『関西芸能文化論集』第7巻第1号, pp. 15-33, 1999年.
- ^ 伊達真琴『笑いの政治学――ひゃはは系表現の拡散』青湾書房, 2004年.
- ^ Japan Society of Comic Phonetics, Proceedings of the 21st Annual Meeting, pp. 201-218, 2003.
- ^ 白川冬子「『ひゃはははははは』の末尾促音化と視覚的暴力性」『記号の森』Vol. 9, pp. 88-95, 2011年.
外部リンク
- 日本笑声史資料館
- 東京口演アーカイブ
- 反復表現研究センター
- 国立演芸音声データベース
- ひゃはは学会