びわ湖大津観光大使
| 創設 | 1978年 |
|---|---|
| 提唱機関 | 大津市観光振興連絡室 |
| 管轄 | 滋賀県大津市 |
| 任期 | 原則2年 |
| 選出方法 | 推薦・公募・審査会 |
| 通称 | 湖都アンバサダー |
| 関連事業 | 湖岸広報、船上視察、門前商店街連携 |
| 特徴 | 湖上で名刺交換を行う慣行がある |
びわ湖大津観光大使(びわこおおつかんこうたいし)は、の観光資源を域外に紹介するために設けられた公認称号である。湖上交通、門前町文化、琵琶湖疏水の三要素を同時に説明できる人物が任命対象とされる[1]。
概要[編集]
びわ湖大津観光大使は、沿岸都市としての大津の魅力を広域に発信するために設けられた称号である。任命者はの審査を受け、毎年1回の「湖都披露式」で初仕事を行うとされる[1]。
制度上は広報協力員に近いが、実務では地元祭礼の案内、県外商談会への同行、観光パンフレットの監修まで担うことがある。一方で、任命時に「琵琶湖の波音を30秒以内で説明できること」が半ば慣例として求められているとの指摘がある[2]。
歴史[編集]
創設の経緯[編集]
制度は、周辺で行われた観光振興会議の席上、当時の商工課主査・が「湖の外縁に説明役が必要である」と発言したことに由来するとされる。翌年、商店街連合とが共同で試験的任命を行い、初代大使には元アナウンサーのが選ばれた[3]。
初期の任命理由は極めて実務的で、祭礼の来賓に配布する地図の誤字を即座に指摘できる人物が重視された。特にの記録では、選考会で候補者14名のうち9名が「湖岸道路と堅田港の位置関係を取り違えた」ため不合格になったという[4]。
制度の拡大[編集]
に入ると、任命対象は地元出身者に限られず、や在住の文化人、さらには海外在住の滋賀県関係者にも広がった。これに伴い、「観光大使でありながら年4回以上はでの実地活動を行うこと」という内規が整えられた。
また、には「びわ湖大津観光大使連絡台帳」が導入され、活動内容が12項目に細分化された。台帳には「比叡山の見え方を季節ごとに説明できた回数」「湖岸の風速に応じてパンフレットを持ち替えた回数」まで記録されており、行政文書としては異例の細かさで知られる[5]。
現代の運用[編集]
近年では、やだけでなく、海外観光商談会、SNS投稿、動画配信にも任命者が動員されている。2023年度の活動報告によれば、現役大使11名が延べ87回の広報行事に参加し、そのうち23回は湖上船内で行われたという。
ただし、船酔い対策として大使全員に「緑色のバッジを見つめる訓練」が義務づけられているという話があり、実際にながらも現場では広く信じられている。
選考と役割[編集]
選考は、推薦書・面接・模擬案内の三段階で行われる。とりわけ模擬案内では、候補者がからまでの観光導線を、乗り換え誤差3分以内で語れるかが審査される。
役割は広報にとどまらず、地元事業者の聞き取り、観光パンフレットの校正、場合によってはJR駅構内での立ち番まで含まれる。2009年以降は「湖岸の風景を損なわない服装規程」が設けられ、青系統の装いが推奨されるようになった。
なお、最終面接では「大津の魅力を一言で言うと何か」という問いに対し、候補者が3秒以内に答えられない場合は不合格となる。これにより、抽象論に強い学識者よりも、商店街の福引係や船頭経験者が選ばれることが多いとされる。
著名な大使[編集]
初代のは、任命後に湖岸のイベント司会を定式化した人物として知られている。彼女は「紹介文は15秒、笑顔は7秒以上」という独自の運用基準を残し、のちの大使教育の基本になった。
第7代のは、地元高校の地理部出身で、比良山系の積雪と観光客数の相関を独自に分析したことで評価された。彼の報告書は県庁内で回覧されたが、図表の多くが湖面に見立てた青インクで印刷され、読みにくいとして一部で物議を醸した[6]。
第12代のは、SNS時代の広報を担い、1投稿で平均2.4件の県外宿泊予約を生んだとされる。もっとも、本人は「実際には猫の写真のほうが反応が良かった」と語っており、観光政策との因果は曖昧である。
社会的影響[編集]
びわ湖大津観光大使の制度は、地元の案内人文化を公的に可視化した点で評価されている。制度導入後、周辺の観光案内所では、パンフレットの持ち帰り率が平均18%上昇したとされ、商店街の来街者数にも一定の影響を与えた。
一方で、任命者の発言が「大津の説明をしすぎて、逆に静かな湖都のイメージが薄れた」とする批判もある。また、観光大使同士が地元名物を巡って微妙な派閥を形成し、派と「湖魚加工品」派で名刺の色が異なった時期があったという。
批判と論争[編集]
制度には当初から、称号の意味があいまいであるとの批判があった。特にの市議会質疑では、「観光大使と名誉案内人と親善レポーターの違いが説明しづらい」との指摘が出ている。
また、2008年には任命式で配布された記念バッジの裏面に、なぜか旧の方位図が微妙にずれたまま印刷されていたことから、地元の地図研究会が抗議文を出した。これに対し担当課は「潮位差による視覚効果である」と説明したが、かえって騒動を大きくした。
なお、2016年以降はSNS炎上対策として、任命者に「観光範囲に関する発言は半径20km以内にとどめる」内規が設けられたとされるが、実効性は不明である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 森下義一郎『湖都広報論: 大津観光大使制度の形成』関西観光政策研究会, 1982.
- ^ 田所みな子『湖の前で話す技術』びわ湖出版, 1986.
- ^ 大津市観光振興連絡室編『びわ湖大津観光大使台帳 第3版』大津市役所, 2005.
- ^ 榊原俊介「湖岸都市における案内人制度の統計的考察」『地方観光研究』Vol.12, No.4, pp.44-61, 2011.
- ^ Margaret H. Leavitt, “Ambassadorial Waterfronts and Civic Branding,” Journal of Inland Tourism Studies, Vol.8, No.2, pp.113-129, 2014.
- ^ 南條ユカリ『投稿1回で2.4件を生む方法』琵琶湖メディア社, 2019.
- ^ 滋賀県観光文化課「湖都案内人と地域経済の相関」『滋賀県政策紀要』第27巻第1号, pp.9-28, 2020.
- ^ Albert J. Fenwick, “When the Lake Speaks: Municipal Pageantry in Japan,” Urban Folklore Review, Vol.19, No.1, pp.1-22, 2021.
- ^ 大橋照子「『観光大使』と『親善レポーター』の制度比較」『自治と広報』第14巻第3号, pp.77-90, 2009.
- ^ 『大津港方位図のずれに関する調査報告書』大津地図史料室, 2008.
外部リンク
- 大津市観光振興アーカイブ
- 湖都広報研究所
- びわ湖大使名鑑データベース
- 門前町観光編集室
- 近江地方ページェント資料館