ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっ
| 分類 | 前衛音声芸術、儀礼的反復、擬音詩 |
|---|---|
| 発祥 | 日本・東京都世田谷区 |
| 考案時期 | 1958年頃 |
| 考案者 | 篠田玲子、黒川正彦ほか |
| 主要媒体 | 録音盤、朗読会、手書き譜面 |
| 中核概念 | 発声の崩壊と再同期 |
| 影響 | 同人音響、舞台芸術、深夜ラジオ |
| 禁則 | 子音連打の際の舌尖接触回数制限 |
ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっは、の初期電子音響詩に分類されるとされる、極端に反復的な発声と節拍ずらしを特徴とする音声儀礼である。にの私設研究会で体系化されたとされ、後年はの同人文化やの前衛演劇にも影響を与えたとされる[1]。
概要[編集]
ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっは、ひらがな長音列に見えるが、実際にはの欠落を意図的に見せるための音声形式であると説明されることが多い。発声者は「ぷもも」「えんぐえぎおん」「もえちょっちょっちゃっさっ」の三部に分けて唱えるが、最後の部分だけを過剰に強調すると的に群衆の注意が一点化する、という奇妙な経験則が知られている。
この形式は当初、の貸しスタジオ「松蔭サウンド室」で、夏に行われた深夜実験から生まれたとされる。参加者は当時の下請け技術者、詩人、打楽器奏者の混成で、彼らは「意味のある言葉を意味のない速度で崩す」ことを目的としていたとされる[2]。なお、後年の研究では、実際には換気扇の異音を写し取っただけではないかとの指摘もある。
定義[編集]
狭義には、特定のテンポで「ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっ」を反復朗唱する行為を指す。一方で広義には、その反復を譜面化した、あるいは朗唱時の肩の揺れまで含めた総合芸術を指すとされる。
名称の由来[編集]
名称は、最初の実験で録音機が三度テープ詰まりを起こした際のノイズを、篠田玲子が「そう聞こえる」と書き取ったことに由来するとされる。黒川正彦はこれを否定し、「語尾のちゃっさっは、コーヒーの空き瓶を机に置いた音である」と回想しているが、どちらも確証はない。
歴史[編集]
前史として、末期から初期にかけて下で流行した「擬声朗詠会」があり、これが後の音声儀礼の土台になったとされる。とくにの出版社街では、活版印刷の見本刷りを読む際に、意味を剥奪した音節列を用いる習慣があり、それが録音文化と結びついたとする説が有力である。
の第一回公開実演は、の小劇場「銀河地下ホール」で行われた。観客は37名で、うち12名は入場時点で内容を理解していなかったが、終演後には9名が「もう一度聞けばわかる」と答えたと記録されている[3]。この数字は後の研究者に好まれ、しばしば「理解可能率24.3%」として引用された。
にはの民間FM試験放送で断片的に紹介され、の万国博覧会期にはの文化展示に組み込まれた。ただし展示パネルの原稿では題名が「プモモ・エンゲギオン・モエチョッ」で途切れており、担当学芸員が「これ以上書くと笑いが起きる」と判断したことが知られている。
成立と技法[編集]
三拍断裂法[編集]
もっとも基本的な技法は、三拍目の直前で息継ぎを入れ、語感を一度だけ沈ませる方法である。これにより、聴衆は意味を探そうとするが、二拍遅れで「ちゃっさっ」が突入するため、認知が追いつかなくなるとされる。
舌尖跳躍[編集]
の非公式記録によれば、上顎前歯の裏側を使った子音連打が推奨されていた。1960年代の練習帳には、1回の公演で舌尖が平均4.2ミリ疲労すると書かれており、学生の間では「4ミリを超えるとぷももが濁る」と半ば迷信として語られた。
伴奏の抑制[編集]
この形式では伴奏を付ける場合でも、、紙袋、電気ポット程度に限るのが通例とされる。あまりに整ったリズムを付けると儀礼性が薄れるため、黒川は「正確な伴奏は敵である」と述べたが、同日の録音では自らを二台並べていたことが後に判明している。
社会的影響[編集]
後半、ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっは深夜ラジオの投稿文化と相性が良く、系の番組に似た匿名ハガキの題材として流行した。特に「意味不明な文を真剣に読み上げる」形式が若者の間で広まり、学園祭の司会や新歓コンパの乾杯音頭に転用されたという。
また、にはの小規模店舗が、店内呼び込みの節約文句として語尾だけを採用したとされる。これにより、客引きの最後尾で「ちゃっさっ」と発声するとなぜか立ち止まる現象が観測され、商業心理の分野では「終末子音効果」と呼ばれた[4]。
一方で、教育現場では「授業中に真似をすると教室が一斉に無言になる」という理由から、いくつかの都立高校で使用が禁じられたとされる。もっとも、禁止後にかえって生徒の筆箱に「ぷもも」と彫られる事例が増え、抑圧が記号化を強めたとする分析もある。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、これが芸術なのか単なる発声遊びなのかという点にあった。の大会では、賛成派が「構造化された狂気」と擁護した一方、反対派は「録音機の故障報告を美化したものに過ぎない」と批判した[5]。
さらに、に公刊された『現代擬音の系譜』では、初期の譜面が実は在位記念の祝電を切り貼りしたものではないかとする仮説が提示され、物議を醸した。ただし、その論文の図版3には「ちゃっさっ」の位置に蛍光ペンの染みがあり、以後は資料批判の教材として扱われている。
なお、地方自治体による文化財候補調査では、の倉庫で発見されたテープに「ぷもも」が46回連続収録されていたが、再生するとほぼ全てが風切り音であった。このため、保存対象とするか「単なる空気の記録」とみなすかで、委員会が2時間18分紛糾したとされる。
作品と派生[編集]
派生形としては、語頭を変えた「くももえんぐえぎおん」、語尾を延長した「ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっさっ」、さらに無音区間を混ぜた「無拍版」などが知られている。とくにの舞台作品『終電前のぷもも』では、全編がこの語の分節変化だけで進行し、観客の半数が休憩時間を見誤って退席した。
録音作品としては、の『Pumomo Session No. 3』が最も有名であるとされる。初版は300枚のみプレスされ、現在確認されている現物は17枚で、そのうち5枚は裏面がの皿拭きに再利用されていたという逸話が残る。これは研究者の間で真偽不明のまま引用され続けている。
また、後半にはインターネット掲示板で「完全再現音源」が話題となり、文字列がコピーされるたびに「っ」が1つ増える現象が報告された。これが後の変種ミームの起点になったとする説がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 篠田玲子『擬音記譜の実験的展開』白鴎出版, 1961.
- ^ 黒川正彦『深夜発声と群衆心理』新潮社, 1969.
- ^ Margaret A. Thornton, "Fragmented Syllables in Postwar Japanese Audio Rituals", Journal of Comparative Phonetics, Vol. 12, No. 4, 1974, pp. 201-238.
- ^ 中村浩二『終末子音効果の商業応用』文化書房, 1981.
- ^ Akira Watanabe, "On the Three-Beat Rupture Method", Bulletin of Tokyo Acoustic Studies, Vol. 8, No. 2, 1978, pp. 55-79.
- ^ 佐伯みどり『現代擬音の系譜』岩波書店, 1983.
- ^ Jean-Luc Mercier, "Le chant pseudo-syllabique au Japon", Revue d'Esthétique Sonore, Vol. 5, No. 1, 1987, pp. 14-33.
- ^ 高橋一郎『ぷももえんぐえぎおんもえちょっちょっちゃっさっ入門』平凡社, 1992.
- ^ Elizabeth K. Moore, "Corporate Uses of Terminal Consonants in Urban Retail", Asian Media Review, Vol. 19, No. 3, 2001, pp. 88-104.
- ^ 本多由佳『無拍の政治学』みすず書房, 2009.
- ^ 山岸徹『録音機はなぜ笑うのか 改訂増補版』青空社, 2015.
外部リンク
- 日本擬音芸術協会
- 世田谷音声資料館
- ぷももアーカイブ・センター
- 終末子音研究所
- 東京前衛音響年鑑