まるまるもりもり
| 分野 | 日本語言語学(音象徴・語用論)/児童文化 |
|---|---|
| 用途 | 比喩表現・呼びかけ・暗示的な催促 |
| 成立時期(推定) | 1960年代後半〜1970年代初頭 |
| 関連組織 | 文部科学省 初等教育教材開発室(当時の前身)/日本語音象徴研究会 |
| 表記揺れ | まるまる もりもり/丸々もりもり/丸丸もりもり |
| 代表的な運用文 | 「まるまるもりもり食べよう」 |
| 主な議論 | 言葉の意味よりも「音の圧」が先行する点 |
| 備考 | 一部では食品名や玩具名との混同が指摘される |
は、主に児童向けの比喩として用いられるとされる日本語表現である。語感の反復と「森」を連想させる音象徴が結び付いた結果、形容や催促の意味で使われてきたと説明される[1]。ただし、その成立経緯には研究者の間で異説が残っている[2]。
概要[編集]
は、子どもの語り口を模した比喩表現として説明されることが多い。特に「まる(丸い・満ちる)」と「もり(盛る・森=膨らみ)」の二重の連想が重なるため、量感や成長感、あるいは“もらう/増える”といった語用論的な含意を持つとされる[3]。
成立の経緯は、言語学的には音象徴の研究史に位置付けられる一方で、社会史の観点では「食育」や「集団遊びの統率」を目的とした教材が直接の温床になったとする説がある[4]。そのため、学校・園での運用記録が残っている地域と、個人の創作として広がったと推測される地域で、用法が微妙に異なると報告されている[5]。
なお、表記には揺れが多く、1970年代のプリント資料ではひらがな表記が支配的であったが、当時の広告代理店の資料では漢字の当て字「丸々森々」も見られるという指摘がある[6]。
成立と語形のメカニズム[編集]
音象徴設計としての“まる”と“もり”[編集]
1970年代の日本語音象徴研究会の内部報告書では、が「反復」「口形」「濁点の回避」という三条件を満たした語形として評価されたとされる[7]。とりわけ「まる」は両唇接近を伴う語であり、「もり」は子音の始まりが短く聞き取りやすい点で、集団読み上げの最適化に寄与したと記述されている[8]。
一方、同会の別資料では「もり」を“森”に固定してしまうと抽象語になり、逆にが“具体的な行為(食べる・集める)”へ向かいにくくなる可能性があるとされる[9]。この対立が、のちに“森=増殖”として扱う独自の比喩運用を生み、さらに語の意味が増えていったという筋書きが提示されている[10]。
“催促の言葉”としての語用論的拡張[編集]
教育現場の記録では、が単なる形容ではなく、児童の行動を引き出す合図として使われたとされる。たとえば保育園の献立表に「当日、食材をまるまるもりもりと観察する」等の文言が見られ、観察→食べるという順序が暗示されたと報告される[11]。
この運用は、東京都の公立園で行われた“給食隊形改善”の会議録に由来するとされる。会議はの春、記録上は「隊列が乱れたため」とだけ記されているが、後に関係者の証言として「言葉の圧で姿勢が揃った」ことが示唆されたという[12]。ただし、言語学者の一部は「圧が実際にあるなら、どの音が圧なのかを測定すべきだ」と批判している[13]。
歴史:教材開発から“地域の合言葉”へ[編集]
前史:反復語ブームと“遊びの統率”の接近[編集]
が“ことばの道具”として編み直されたのは、1968年頃から広がったとされる「反復遊び」ブームの後半であると説明される[14]。当時、地域子ども会では合唱や体操の号令が先行し、号令が短いほど有利だという経験則が共有されていたとされる[15]。
この状況で、文部系の教材開発が「短いが意味が落ちない語形」を探していたことが、後のへつながったと推定される。特に、複数の教員が“読むだけで子どもが笑う”言葉を要求したことが記録に残るという[16]。ただし、その要求書が見つかったのはの倉庫で、鍵が見当たらず、開錠に要した時間が「ぴったり17分」と計測されていたという逸話がある[17]。
転機:『森盛りワークブック』と“丸い成長”の定着[編集]
転機として挙げられるのが、架空の教材ではなく、実在するとされる(ただし現物は確認されていないとも言われる)『森盛りワークブック』である[18]。同書の付録「音象徴カード」には、の使用手順が箇条書きで残っていたとされる。
手順は「(1) 両手を丸めて胸の前に置く、(2) 3回目の“も”で姿勢を止める、(3) 4回目の“り”で笑顔を固定する」という、運動指導のような描写になっていたという[19]。この“笑顔を固定”という表現が教師の間で話題になり、結果としては比喩から合図へと性格が変化したとされる[20]。
また、配布開始はの秋、配布数量が「全国で1,284,000枚(端数切り上げ)」と報告されていたという[21]。この数字があまりに具体的で、後年に訂正が入ったため、“最初から盛る数字だったのでは”と疑う声もある[22]。
社会的影響と具体的運用例[編集]
は、食育の文脈で広がったとする見方が強い。実際、給食の掲示物に「今日の目標:まるまるもりもり完食」などの文言が貼られた園では、残食の記録が“見た目の量”を主軸に記録されるようになったと報告される[23]。
さらに、言葉が定着すると“地域イベントの進行言葉”としても用いられた。たとえば郊外の子ども祭では、受付で「まるまるもりもりに参加者を寄せる」方式が採用され、誘導テープの長さが「ちょうど9.7メートル」だったと記録されている[24]。測定者の名は「佐藤(読み不明)」で、なぜか名札の上に小さな丸が描かれていたという証言もある[25]。
一方で、が“盛り上がり”の合図として誤読されるケースも増えた。保護者会の議事録では「食べる意味だと思っていたのに、花火の合図になっていた」との指摘が見られ、言葉の多義性が現場で勝手に増殖したことを示す事例とされる[26]。言語学者の中には、これを「語用論的誤差の成功例」と呼ぶ者もいるが、教育現場からは「誤差が事故に近い」という反論も出た[27]。
批判と論争[編集]
批判は主に二系統に分かれる。第一に、が“行動制御”へ寄りすぎている点である。すなわち、子どもの意思決定を尊重するという原則と、音の反復が誘導になってしまう可能性が衝突したとする指摘がある[28]。
第二に、語源の不透明さである。研究会では「正確な初出はの民間紙芝居にある」とする説がある一方で、別の報告書では「最初に書き起こしたのはの校務分掌係だ」とするという[29]。この食い違いは、当時の関係者が“語の記憶”を中心に語ったため、文字資料が後追いになったことに起因すると推測される[30]。
また、論争の中で特に有名なのが、に出たとされる「丸盛り心理学」系の小冊子である。そこではの音の回数が“成長ホルモンの分泌リズム”と同期すると主張されたとされるが、測定条件が「給食のパンの角度が35度」とされ、学術的再現性の欠如が指摘されている[31]。ただし同書は学校図書室に長く置かれ、閲覧数が「約3,041回」と妙に具体的に記録されているため、なぜか一定の信頼を得ていたとも語られる[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 日本語音象徴研究会『音象徴カード体系の試案』青葉書房, 1974.
- ^ 佐伯美鈴『反復語と集団読み上げの調整効果』言語行動学会, 第5巻第2号, pp. 41-68, 1977.
- ^ Margaret A. Thornton『Prosody as Social Control in Early Childhood Settings』Journal of Applied Linguistics, Vol. 12 No. 3, pp. 201-225, 1982.
- ^ 文部科学省 初等教育教材開発室『給食隊形改善の実施報告(暫定版)』官報資料, pp. 9-27, 1973.
- ^ 山下健二『“森”を比喩にする言葉の連想過程』日本教育心理学研究, 第19巻第1号, pp. 13-37, 1980.
- ^ 伊藤玲子『地域行事における誘導合図の定着』社会言語学年報, Vol. 3, pp. 88-110, 1991.
- ^ 田中邦彦『丸々もりもり表記揺れの統計調査』国語表記研究会報, 第7号, pp. 55-79, 1986.
- ^ Klaus Berringer『Phonetic Attraction in Child-Directed Speech』Proceedings of the International Phonetics Review, Vol. 6, pp. 77-104, 1979.
- ^ 松田和実『森盛りワークブック付録の存在可能性』教育史研究, 第2巻第4号, pp. 1-19, 2002.
- ^ “丸盛り心理学”編集委員会『成長ホルモンと反復語の同期(仮説集)』みどり文庫, 1978.
外部リンク
- 音象徴アーカイブ(仮)
- 給食隊形改善ポータル
- 森盛りワークブック研究室
- 地域合図語データベース
- 児童文化・言語運用研究会