むらきん(ラーメン店)
| 正式名称 | むらきんラーメン研究所 直営店 |
|---|---|
| 業態 | 中華そば(鶏・豚の混合出汁) |
| 所在地 | 谷中一丁目(とされる) |
| 創業 | (伝承) |
| 看板メニュー | むらきん鶏白湯(特製寸胴) |
| 特徴 | 寸胴の内部温度を0.1℃単位で記録 |
| 客層 | 深夜帯の常連と食文化研究者 |
| 関連組織 | むらきん系出汁規格委員会(非公式) |
むらきん(英: Murakin)は、のに存在する老舗系のとして知られている。戦後の屋台文化を起点に発展したとされ、独特の「寸胴温度記録」が業界で半ば伝説となっている[1]。
概要[編集]
むらきんは、内の食通の間で「同じ味に見えても、同じ味にならない」店として紹介されることがある。これはスープの配合比率が固定ではなく、寸胴ごとの温度履歴に応じて自動補正されるという説明に由来している。
店主の系譜としては、近隣の乾物問屋と深い繋がりがあったとされる。特に、創業期にへ集中していた小規模な製麺所や、出汁原料を扱う問屋連合が「味の規格化」という言葉を好んで使っていた点が、のちのむらきんの思想に影響したと推定されている[2]。
また、来店者には注文時に「今日の寸胴番号」を尋ねる習慣があるとされるが、実際には“番号”ではなく炊き上げからの経過分数を読み上げているだけだと指摘する声もある。ただし、店内掲示の温度グラフがあまりに細かいため、聞き間違いが起きやすいとされる[3]。
歴史[編集]
創業譚:「0.1℃の約束」と谷中の夜[編集]
むらきんの創業は、とする口承が多い。当時の店主・村木金三(通称むらきんの“きんさん”)は、戦後の屋台整理で余った計測器を仕入れ、寸胴の内側に熱電対を差し込んだとされる[4]。ただし、史料として残るのは「計測器の針が一度だけ跳ねた瞬間」のメモ用紙のみで、信憑性は議論がある。
その跳ねた瞬間が「0.1℃という世界線」を開いた、という物語が流布したとされる。具体的には、出汁を炊く工程で内部温度がからへ移る境目に、灰汁の性状が変わる“体感上の転換点”があるとされ、その再現のために温度を記録し始めたことになっている[5]。一方で、当時の台所事情を考えると、そもそもその温度差を家庭用温度計で判別できたのか疑問だという指摘もある。
この逸話を補強するように、谷中近辺で夜間営業をしていた製麺所の親方が、湯切りのタイミングを「針が三回目の震えに入るまで」と表現したとも言われる。三回目の震えの回数が、なぜ三回なのかについては「縁起」説と「湯気の粒径が一定になるため」説が併存している[6]。
出汁規格委員会と社会への波及:味の“制度化”[編集]
むらきんが広く知られる契機は、頃に発生した「寸胴事故」と呼ばれる小規模な混乱である。これは競合店の厨房が“むらきんの温度記録”を真似して同じように計測した結果、火加減が過剰になり、麺の表面が想定より早く乾燥した事件として語られた[7]。当事者たちは、記録が“料理の正解”ではなく“再現のための手順”であることを理解させられたとされる。
この経験を背景に、周辺の店主が「むらきん系出汁規格委員会(非公式)」を名乗り、レシピを公開する代わりに“温度帯”と“攪拌回数”だけを共有したとされる。たとえば、鶏白湯の仕込みでは「攪拌は合計、ただし途中で手を止めるのは以内」といった具合に、妙に具体的な制約が付与されたと報じられている[8]。
制度化されたのは味だけではない。常連の一部が、食文化の文脈での地方出先や、食品衛生の講習にまで出向くようになったとされ、行政側が「現場の記録が教育に転用できる」点を評価したという噂もある。もっとも、その評価が公式資料に載ったわけではないため、後年になって“評してもらったと思い込んでいる”だけではないかと疑う声もある[9]。
現代のむらきん:自動補正と「同じ味にならない」思想[編集]
近年のむらきんでは、寸胴の温度履歴を読み取り、出汁の追い炊き条件を微修正する仕組みが導入されたとされる。店は「自動」と言うが、実際には手動操作を前提にした簡易補正表が置かれているだけだという説もあり、真相は店内の掲示が更新されるたびに揺れる。
とはいえ、人気の秘密は“完全再現”ではなく、条件の差異を前提にして味を調整する姿勢だと整理されている。食文化評論家のは、むらきんを「制度の外に味を置くことで、制度に飲まれないようにした店」と評したとされる[10]。もっとも、この評論は雑誌の付録として配られたため、書誌情報が不完全で、引用は慎重に扱われるべきだとされる。
さらに、店は注文のたびに「今日の寸胴番号」を告げるが、その番号は実は客の列の並び順に連動しており、最終的に“待ち時間の体感”がスープの温度に影響するという設計だとされる。来店者は「まさか」と思いながら納得してしまうという、わずかな矛盾が魅力として流通している[11]。
製法と“寸胴温度記録”[編集]
むらきんの最大の特徴は、スープ工程で寸胴内部の温度を単位で記録するという点にある。店内には折り紙のように折られたグラフが貼られており、来店者はそれを写真に撮るために席を移動することがあるとされる[12]。
記録の見方は独特で、温度の上昇カーブだけでなく、攪拌回数と排気ダンパーの開度(単位は“指の幅”とされる)が並記される。たとえばある日付のメモでは、開度を「親指のまで」と書いたあと、なぜか麺の茹で時間がと併記されていたという。なぜ茹で時間が関節と結びつくのかは説明されない。
一方で、記録の一部がしばしば欠落するとも指摘される。ある常連は「欠落している日は味が良い」と主張するが、欠落の理由は“計測器の紙詰まり”だという説と、“良い味の日だけ手で隠した”という説が対立している[13]。どちらにせよ、記録が料理の一部として機能している点は共通認識とされる。
批判と論争[編集]
むらきんには肯定的評価だけでなく批判も存在する。温度記録があまりに精密なため、味が科学の側に寄っていき、食の情緒を損ねるのではないかという懸念が示されたことがある[14]。特に、学生向けの試食会では「温度表を読み上げることが先に立ち、会話が減る」という指摘が出た。
また、記録に登場する数字の扱いも争点となった。過去の掲示で確認されたとされる値として、攪拌回数が、追い炊きのタイミングがといった“きれいすぎる数字”が挙げられる。単なる作話ではないかとする声がある一方、手作業での調整が積み重なると自然に同じ範囲に落ち着く、という反論もある。
さらに、店の所在地についても論争が起きている。むらきんは谷中一丁目だとする案内が多いが、別の常連は「実際は寄りの通りの奥だ」と言い張る。そのため、同名の関連店が別に存在するのではないかという推測も出たが、確認できたのは“似た温度グラフを貼る店”までである[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 村木金三「寸胴温度と灰汁の転換点」『台所計測時報』第12巻第4号, pp.12-19, 1957.
- ^ 早乙女コウ「制度の外に味を置く」『食文化季報』Vol.7 No.2, pp.41-55, 1972.
- ^ 山脇玲子「ラーメン店の掲示文化に関する実地調査」『日本食環境研究』第3巻第1号, pp.3-16, 1984.
- ^ 田島健太郎「屋台整理期における計測器の流通と飲食への応用」『商業史研究』第28巻第3号, pp.88-97, 1991.
- ^ Thompson, Margaret A.「Precision Rituals in Urban Noodle Houses」『Journal of Culinary Microhistory』Vol.14 No.1, pp.201-226, 2006.
- ^ 川崎文徳「寸胴事故の再発防止としての“温度帯共有”」『厨房教育レビュー』第9巻第2号, pp.77-93, 1970.
- ^ 佐久間春樹「湯気の粒径と湯切り感覚」『調理物理通信』第5巻第6号, pp.55-63, 1999.
- ^ 農林水産省「地方講習資料:記録と再現性の教育的転用に関する考察(抜粋)」『衛生行政資料集』第41号, pp.1-14, 1982.
- ^ 小林ミナ「食の制度化と情緒の位相」『社会味覚論叢』第2巻第9号, pp.109-132, 2013.
- ^ 『むらきん・温度グラフ大全—数字の理由を読む』村上清隆編, 食卓社, 2008.
- ^ 『台東区夜間営業史(改訂版)』編集委員会, 台東アーカイブ出版, 2016.
外部リンク
- むらきん温度記録アーカイブ
- 出汁規格委員会(非公式)
- 谷中夜麺倶楽部
- 寸胴事故データベース
- 町場の科学ノート