もちょもちょさん
| 分野 | 児童文化/民間防災/触感記憶術 |
|---|---|
| 別名 | もちょ式方位標/ぬい方方位(ぬいほうほうい) |
| 成立とされる時期 | 昭和初期から中期にかけて |
| 主な用途 | 迷子の誘導、避難の合図、語りの儀礼 |
| 象徴 | もちょもちょした手触りの“印” |
| 伝播媒体 | 町内会の紙芝居、手作り絵本、雑貨店の店頭掲示 |
| 関連組織 | 旧・の「生活触感研究会」など |
| 地理的拠点 | の下町縫製工房界隈、の紙芝居組合 |
もちょもちょさん(もちょもちょさん)は、主にの児童文化圏で語り継がれてきたとされる、居場所を示す“ぬいぐるみ方位”の呼称である。発祥は民間の雑貨商と記録係の協働にあるとされ、いつしか地域の防災訓練にも転用された[1]。
概要[編集]
は、文字どおり“もちょもちょ”という感触に結びついた方位の言い回しとして説明されることが多い。具体的には、布片(わずかに毛足のある素材)や低反発クッションを用い、「その感触がした方向に行けばよい」と地域の子どもに教える語り方であるとされる。
成立の経緯については複数の伝承があるが、最もよく引用されるのは「迷子が多い市場で、視覚以外の手がかりを作る必要があった」という民間事情である。特にの問屋街では、1910年代末から“匂い札”が乱発されたものの、匂いは雨に弱く、代替として触感が採用されたという話が広く流通している[2]。
一方で、のちに触感が“儀礼”へと変形した点も特徴とされる。町内会の集会では、始まりの合図として「もちょもちょさん、いま何時?」が唱えられ、その反応でその日の避難経路が示されたとする証言もある。このためは、単なる迷子対策ではなく、地域の時間感覚・行動手順を身体化する仕掛けとして語られるようになった[3]。
歴史[編集]
誕生譚:触感が地図を代替した町[編集]
最古の由来として語られるのは、北東部の「若松綿布店」周辺で起きた“札落ち事故”である。店の常連だった記録係のが、店先の看板に付けた方位札が風で飛び、子どもが逆方向へ走ったという事件をまとめたとされる[4]。その後、綿布店の女将は「見えなくなる札より、触れる札がよい」と主張し、手触りを増幅するための綿の打ち直し(当時は“もちょ打ち”と呼ばれた)が導入されたとされる。
ここで関わった人物として、官製の研究機関の名に似た民間組織「生活触感研究会」が挙げられる。この会は、の紙芝居師とも連携し、“触れたらわかる物語”を量産したと記録されている。紙芝居の台本は全24話で、そのうち方位を扱う話が第7話・第12話・第19話の3本に集中していたという[5]。この偏りが後世の編集者に「意図的なカリキュラム」であると読まれ、の体系化が加速したとされる。
さらに、雑貨店の棚に置かれた“もちょ袋”が、触感方位を家庭へ持ち帰らせたという。もちょ袋は直径14.2センチメートル、厚みは3.1ミリメートル、弾力係数は店頭で「親指で押して戻るまで0.9秒」と説明されていたとされる[6]。この“測り方”があまりに具体的であったため、伝承の信憑性が増し、同名の小物が全国の商店街へ波及したとする語りが残っている。
昭和の広がり:避難訓練へ“手触り”が導入された[編集]
20年代には、地域の災害訓練が組織化されるなかで、視界を失っても使える合図の研究が行われたとされる。その合図として採用されたのがである、という説明がある。特にでは、雨天時の避難誘導に関する検討会が開かれ、結論として「触感は濡れても残りやすい」という理由で採用されたとされる[7]。
一方で、教育現場では反発もあった。児童に触感を与えることが衛生面で問題になり、紙袋を介した運用が試行されたとされる。にもかかわらず、紙袋の手触りは子どもによって“滑る/滑らない”差が出て、方位の誤認が起きたという記録もある。この混乱を受け、「もちょ袋は“内側だけにもちょを置く”」という改良が提案された。ここで登場するのが「二層縫い」技法で、外層は硬め、内層は柔らかめという構成が標準になったとされる[8]。
なお、第三の発展として“語りの儀礼化”が挙げられる。訓練の最後に、参加者が「もちょもちょさん、明日はどっち?」と3回唱えると、翌週の集合場所の掲示が更新される仕組みが採用された。更新された掲示には、掲示係のが考案した「もちょ点(もちょてん)」—感触の強度を丸印で示す—が併記されていたという。この丸印は直径5ミリメートルで、強度が高いほど数が増えたとされる(最高は7つ、最低は1つ)[9]。
仕組みと用法[編集]
は、触感を“方位”へ翻訳する比喩として語られる場合が多い。方法は地域ごとに異なるが、基本は(1)手のひらで触れる、(2)触感の種類を選ぶ、(3)選んだ種類に対応する方向へ移動する、という順序で説明される。
触感の種類としては、少なくとも5カテゴリが語られている。例として「もっちり(柔)」「ぷにふわ(薄)」「こしもち(硬)」「ふわささ(毛短)」「もくさむ(毛長)」などである[10]。もっとも、分類が増えるほど混乱が起きたため、ある自治会では“迷ったら、いちばん笑顔の人の方向”という逃げルールを採用したともされる。ここには、ではなくの自治会が言い出したという伝承が残っている。
また、儀礼としての側面では「もちょもちょさん」を呼ぶ回数が手順化されたとされる。訓練では通常2回、夜間訓練では3回、年度末の点検では5回で統一されたとする資料があり、理由は「回数に比例して子どもの記憶が“丸くなる”」という民間心理の説明にあったとされる[11]。こうした説明は疑似科学として批判されることもあるが、当時の町内の“納得”を作る技法として機能したと見る向きもある。
社会に与えた影響[編集]
は、単に迷子を減らすだけでなく、地域の共同体感覚を強化したとされる。触感を共有する過程で、子どもは他者の持つ“手先の癖”や“持ち方”を覚え、結果として顔見知りの関係が増えたという証言がある。さらに、商店街では「もちょ袋を置くと常連の来店が増える」という経験則が広がり、小売業の販促に組み込まれたとされる[12]。
教育面では、視覚偏重の授業を補う補助教材として語られた。たとえばの紙芝居組合では、触感方位の話を読み聞かせた後に、子どもが自分の手触りをスケッチする「もちょ絵日記」が流行したという。もちは視覚ではなく触覚に紐づくため、絵が苦手な子どもでも参加しやすかったと説明される[13]。
一方で、社会的には“触感の標準化”が進み、結果として家庭間の差が問題視されたという。標準型もちょ袋を買い揃えられる家庭と、古い硬綿の袋を使い続ける家庭で、方向の見誤りが増えたとする指摘がある。これを受け、自治体が“交換会”を企画したというが、交換会の運営名目が「生活触感の均衡施策」だったため、のちの批判では「福祉の皮をかぶった教材流通」と揶揄された[14]。
批判と論争[編集]
批判では衛生問題が中心に据えられることが多い。複数の子どもが同じもちょ袋に触れることが、皮膚疾患のリスクにつながる可能性が指摘されたのである。そこで、紙袋を介した運用や、短時間触れた後に消毒用の布で拭く手順が提案されたが、手順が長くなると訓練が形骸化したという証言が残る[15]。
また、方位の根拠が主観に依存している点も問題視された。「もちょの強度」は個人の握力・触覚感度に影響されるため、誤認が起きても“訓練不足”として片付けられる危険があるとする指摘が出たとされる。実際、統計として「誤誘導率は通常訓練で年間約0.8%(報告ベース)だが、雨天の臨時訓練では1.6%に上昇した」と記録された文書があり、この数字が一人歩きして騒動になったことが知られる[16]。ただし、この文書の出所が同好会の私家版であったため、信頼性が疑われた。
さらに、名称の由来をめぐる論争もあった。語りの場では「もちょもちょさんは人である」とする版が広まったが、一方で“人形の呼び名”にすぎないという説もある。編集者のが百科事典編に類する原稿を作成した際、名字が同じ別人を“元祖”として誤って引用したため、後に差し替えが行われたとされる[17]。この種の混線は、の“民間伝承らしさ”を強める結果にもなった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 生活触感研究会編『触感方位の民間技法と実例』大阪市生活触感研究会出版局, 1956.
- ^ 山田尚人『雨天に強い合図の設計思想』Vol.3, 日本防災触覚協会, 1962.
- ^ 桐生咲良「もちょ点の運用規程とその効果(報告草案)」『家庭園芸と触感学』第7巻第2号, pp.41-58, 1965.
- ^ 渡辺精一郎『問屋街の迷子問題と札落ち事故の集計』若松綿布店記録, 1921.
- ^ Matsuda, R. “Tactile Orientation Rituals in Postwar Neighborhoods.” *Journal of Community Play*, Vol.12, No.1, pp.13-27, 1970.
- ^ Kobayashi, E. “Fuzzy Standards for Touch-Based Guidance.” *International Review of Sensory Procedures*, Vol.4, Issue 3, pp.99-111, 1978.
- ^ 田村謙一『民間編纂の落とし穴:誤引用の系譜』東京図書編集局, 1983.
- ^ 桐生咲良「二層縫いの材料特性:もちょ袋の弾力評価」『繊維工房技術誌』第19巻第4号, pp.203-219, 1959.
- ^ 佐藤貴司『触覚を“地図”に変える方法』中央学芸社, 1991.
- ^ (微妙におかしい)小林英子『雨天でも濡れない匂い札の科学』第1巻第1号, pp.1-12, 1960.
外部リンク
- もちょ式アーカイブ
- 触感方位研究室
- 下町紙芝居資料館
- もちょ袋デザインギャラリー
- 雨天訓練ログ閲覧ポータル