もみルギー
| 名称 | もみルギー |
|---|---|
| 英名 | Momiurgy |
| 分類 | 民俗工学、擬似発酵学、手技文化 |
| 成立 | 19世紀末 - 20世紀初頭 |
| 発祥地 | 静岡県沿岸部とされる |
| 主要人物 | 渡辺精一郎、Eleanor C. Whitby、南條キヨ |
| 関連施設 | 東洋揉成研究所、港北記録保存館 |
| 用途 | 茶の風味調整、布地の柔軟化、記憶補助 |
| 現在の位置づけ | 一部地域の伝統技術として保存 |
もみルギー(英: Momiurgy)は、とを核とする民間技法およびそれに基づく生活文化の総称である。主にの沿岸部で成立したとされ、や、さらにはの保存にまで応用されてきたとされる[1]。
概要[編集]
もみルギーは、対象物を両手で一定方向に揉み、微量の湿度と圧力を与えることで「内部の性格を整える」とする技法体系である。一般には茶業の周辺文化として知られるが、実際にはの港町で生まれた職能集団の作法が基礎になったとされる。
一方で、もみルギーは単なる手作業ではなく、揉む者の呼吸、手首の角度、部屋の湿度、さらにはの有無まで評価項目に含む点に特徴がある。19世紀末にへ伝わった後、の繊維商との博覧会関係者が興味を示し、やがて「素材の人格を回復させる技術」として一部の知識人に受け入れられた[2]。
歴史[編集]
起源伝承[編集]
もみルギーの起源については、28年に沿岸の茶商・渡辺精一郎が、湿った茶葉を誤って長時間揉み続けた結果、香りが異様に丸くなったことに気づいたのが始まりとする説が有力である。渡辺はこれを「過剰な圧力が葉脈の記憶をほどく現象」と記し、の地方報告書に提出したとされる[3]。
ただし、地元の古老の間では、さらに古い起源を唱える説もある。すなわち、年間に寺の庫裏で破れた経文を揉み直したところ、紙が妙に柔らかくなり、書き損じが目立たなくなったことから、揉む行為に「修復」と「再調律」の意味が与えられたというのである。なお、この説は資料が少なく、しばしば要出典とされる。
制度化と輸出[編集]
にはの外郭団体が「もみ工程の標準化」を試み、揉む回数を1分間当たり64回、1工程につき合計9分17秒と定めた。これが後に「六四九一七式」と呼ばれる基準であり、茶業界だけでなく毛織物加工、和紙補修、さらには缶詰ラベルの皺取りにも応用されたとされる。
、英国人研究者Eleanor C. Whitbyがのでこの技法を紹介し、発表題目を『Momiurgy and the Domestic Pacification of Matter』としたことから国際的な注目を集めた。Whitbyは揉む行為を「素材への対話」と表現したが、聴衆の多くは単なる手芸の話と誤解したと伝えられている[4]。
戦後の再解釈[編集]
後、もみルギーは一時的に衰退したが、にのが「家庭における精神安定技法」として再評価を行ったことで復活した。ここで初めて、布や茶だけでなく、子どもの靴下、古い写真、さらにはラジオの音量つまみまで揉む対象に含まれるようになった。
にはで開催された展示「揉む、ほどける、戻る」において、録音テープを軽く揉んだ方が低音域のざらつきが減るという実演が行われ、以後「音声もみ」と呼ばれる派生分野が生まれた。ただし保存担当者は後年、テープがたまたま湿気で落ち着いただけではないかと述懐しており、学会内では今なお議論が続いている。
技法[編集]
もみルギーの基本は、右手で対象の表面張力を受け止め、左手で内部の偏りを戻す「両掌分離法」にあるとされる。特に上級者は、揉む前に対象物へ一礼し、最初の3秒間は圧をかけず、内部の「抵抗の声」を聴くことが重要とされる。
代表的な流派としては、静岡系の「葉脈重視派」、系の「香気開放派」、系の「湿度調停派」がある。葉脈重視派は回数管理を徹底し、香気開放派は手の温度を重視し、湿度調停派は梅雨時の室内配置まで細かく管理するため、同じ対象でも仕上がりに大きな差が出るとされる[5]。
また、もみルギーでは「揉み足りない状態」を未成熟、「揉み過ぎ」を過剰修復と呼び、いずれも避けるべきとされる。実務家の間では、茶葉100グラムに対して平均4分30秒から5分10秒の揉みが最適とされるが、産の寒冷茶では例外的に6分40秒まで許容されるという。
社会的影響[編集]
もみルギーは茶業にとどまらず、地域共同体の挨拶や家庭内コミュニケーションにも影響を及ぼした。たとえばの一部では、長年会話が途絶えた親族同士が、茶巾を2回揉んでから和解する慣習があったとされる。
さらに、外郭の調査委員会が「児童の手先感覚と情緒安定に有意な相関がある」と発表したことで、いくつかので「朝のもみ時間」が導入された。もっとも、実態は学級ごとの雑巾を揉ませるだけであったため、保護者からは「教育なのか洗濯なのか不明」との苦情も寄せられた。
経済面では、1980年代後半に「揉み専用手袋」「低反発揉み盆」「携帯型湿度笛」などの周辺商品が一斉に登場し、市場規模は1989年時点で年間約38億円に達したとされる。ただし、この数字は業界団体が展示会来場者数をそのまま売上に換算した疑いがあり、信頼性には議論がある。
批判と論争[編集]
もみルギーに対しては、成立当初から「科学的な根拠が薄い」との批判が繰り返されてきた。特に出身の化学者・南條義隆は、1931年の論文で「揉みは変化を説明するより、観察者の安心を増やす」と指摘し、これが伝統側から強い反発を招いた。
また、にが放送した特集『手で世界は丸くなるか』では、スタジオ実験として茶葉、ハンカチ、ゴムチューブを揉み比べる企画が行われたが、結果が「いずれも多少落ち着くように見える」という曖昧なものだったため、逆にもみルギーの神秘性を高めたとされる。
現在でも、もみルギーがの無形民俗技術候補に含まれるべきか、あるいは単なる地域的生活知かをめぐって議論が続いている。なお、2021年の有識者会合では、委員の1人が会議資料を無意識に揉み始めたため、議題が2時間ほど進まなかったという。
現代の継承[編集]
21世紀に入ると、もみルギーは若年層のあいだで再び関心を集めた。SNS上では、対象物を揉む前後で「気配が変わった」と投稿する動画が流行し、の茶舗やの民芸店では体験講座が満席となる日もある。
一方で、デジタル化に伴い「画面も揉めるのではないか」という極端な解釈も現れた。これに対し、保存団体の東洋揉成研究所は、液晶画面を揉むことは推奨しないが、画面を見続けた疲労を和らげるために周辺の空気を揉むことは可能である、と微妙な声明を出している[6]。
もみルギーは、失われた実用品を再生する技術というより、ものに触れる時間そのものを価値化した文化として評価されつつある。もっとも、毎年11月の「全国揉みの日」には、駅前広場で一斉にハンカチを揉む市民が出現し、通行人から「何の儀式か」と尋ねられるのが恒例となっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『茶葉手揉法における内部平準化の研究』静岡民俗技術協会, 1897年.
- ^ 南條キヨ『揉みと和解の生活誌』港北出版, 1912年.
- ^ Whitby, Eleanor C. "Momiurgy in the Coastal Workshops" Journal of Applied Folklore, Vol. 8, No. 2, pp. 114-139, 1924.
- ^ 渡辺精一郎「六四九一七式の試行記録」『農商務報告』第14巻第3号, pp. 201-219, 1909年.
- ^ 小松原清『布地の記憶と圧力』生活科学社, 1958年.
- ^ Yamada, T. & Hoshino, R. "Humidity and Domestic Gesture in Postwar Japan" Bulletin of East Asian Material Culture, Vol. 21, No. 4, pp. 55-88, 1961.
- ^ 港北記録保存館 編『揉む、ほどける、戻る 展示図録』港北記録保存館, 1972年.
- ^ 南條義隆『物質の安心と反証可能性』東京帝国大学理科紀要, 第23巻第1号, pp. 7-31, 1931年.
- ^ 『手で世界は丸くなるか:もみルギーの現在』NHK出版, 2000年.
- ^ Matsuda, Keiko. "On the Social Economy of Rubbing" The Journal of Invented Traditions, Vol. 3, No. 1, pp. 9-26, 1998.
- ^ 『揉みの科学入門 〈増補改訂・空気編〉』東洋揉成研究所, 2014年.
外部リンク
- 東洋揉成研究所
- 港北記録保存館デジタルアーカイブ
- 全国揉み振興協議会
- 静岡民俗技法保存会
- 手技文化資料室