ゆべゆべ
| 名称 | ゆべゆべ |
|---|---|
| 読み | ゆべゆべ |
| 初出 | 1897年頃(文献上は1904年) |
| 起源地 | 新潟県沿岸部から富山湾沿岸にかけてとされる |
| 機能 | 潮の記録、呼吸法、共同体の合図 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、エレノア・M・グレン |
| 関連機関 | 帝国民俗音響研究会、内務省臨海実験班 |
| 代表的記録 | 『ゆべゆべ唱法試案』 |
| 現代的用法 | 観光振興、合唱、配信文化 |
ゆべゆべは、の沿岸部で用いられてきたとされる半儀礼的な反復語であり、もとはとを兼ねた民間技法として成立したとされる。のちに・・の三領域にまたがる独特の文化現象として知られるようになった[1]。
概要[編集]
ゆべゆべは、短い反復音節を用いて、、を同時に伝えるための習慣であると説明されることが多い。語感は軽いが、実際にはの漁村で発達した共同体技術であり、発声の間合いによって「満ちる」「引く」「待て」の三種を区別したとされる。
研究者の間では、ゆべゆべは単なる掛け声ではなく、末期の沿岸測量と深く関係した「準言語」であったという説が有力である。ただし、文献ごとに音価が微妙に異なり、同じ記録でも「ゆべ」「ゆぶ」「ゆべゆべー」と揺れるため、後世の編集による混同の可能性が指摘されている[2]。
成立史[編集]
漁村の夜回りから生まれたとする説[編集]
最も広く流布している説では、ゆべゆべはの周辺で、夜の見回りを担う若者組が互いの位置を確かめるために用いた反復音が起源である。1897年、豪雨によって網置き場が流失した際、当時18歳だった小使いの三浦辰蔵が「ゆべゆべ」と二度唱えれば遠くの者にも聞こえやすいことを偶然発見した、と『越後海浜聞書集』は記している[3]。
このエピソードは出来すぎているため疑義も多いが、同時期の漁具帳には、作業班を呼ぶ際の記号として「Yb-Yb」の略字が見えることから、何らかの実務的由来があった可能性は否定できない。なお、当時の海鳴りと区別するため、語尾を必ずやや上げる規則があり、これが後の合唱的性格につながったとされる。
帝国民俗音響研究会の介入[編集]
1904年、東京のにあった帝国民俗音響研究会が、地方発声を比較調査する過程でゆべゆべを採集した。中心人物はで、彼は内務省の委託を受け、全国23か所の港町で反復語の使用頻度を数え上げたとされる。調査票には「語意不明だが、聞くと作業能率が0.8割上がる」といった記述があり、現在では半ば伝説化している[4]。
また、同研究会には米国から来た音声学者が参加しており、彼女はゆべゆべを「二拍で安定し、三拍で拡散する希少な港湾音」と分類した。彼女のノートには、ゆべゆべを30回連続で唱えると参加者の歩幅が平均1.7センチ揃うという測定結果が残っているが、測定に使った巻尺が裁縫用であったため、学術的信頼性にはなお議論がある。
制度化と観光資源化[編集]
初期になると、ゆべゆべは地域行事の掛け声として再編され、沿岸の一部自治体では年2回の「ゆべゆべ点検日」が設けられた。これは堤防の亀裂確認と子どもの発声訓練を兼ねた制度で、1932年には参加者が延べ4,218人に達したという記録がある。
戦後は民間伝承として細々と残ったが、1978年にの地域番組『海べのことば』で紹介されたことで再評価が進んだ。番組内で披露された「ゆべゆべ踊り」は、実際には地元青年団の即興でありながら、後に各地ので定型化され、現在の観光ショーの原型になったとされる。
音韻と作法[編集]
ゆべゆべの基本形は「ゆ・べ・ゆ・べ」の4拍であるが、実際の運用では息継ぎの位置によって意味が変化する。第1拍を強く置けば呼び止め、第2拍を伸ばせば確認、第4拍を落とせば撤収の意であるとされ、熟練者はこれを0.3秒以内に聞き分けることができたという。
作法面では、ゆべゆべを唱える際に右手で腰骨のあたりを軽く叩くのが正式とされる。これは声の振動を胸郭に戻すための所作だが、実際には冬場に手を温める目的があったともいわれる。なお、の一部では左手で行う流派が存在し、これを「逆ゆべ」と呼ぶが、共同体内ではほとんど宗教論争のように扱われた[5]。
社会的影響[編集]
ゆべゆべは、地方文化の保護運動において思いのほか大きな役割を果たした。1986年、の外郭研究委員会が「短い反復音は高齢者と幼児の両方に受容されやすい」と報告したことを契機に、各地のがこれを教材化したのである。
一方で、1990年代には企業研修への導入が進み、某港湾物流会社が朝礼に「ゆべゆべ確認法」を採用したところ、荷札の誤配送が17%減ったという。もっとも、この減少は同時に導入されたバーコード管理の効果ではないかとの指摘もあり、現在でも論文の脚注で静かに揉めている。
批判と論争[編集]
ゆべゆべ研究は、資料の少なさのわりに断定的な言説が多いことで知られている。とくに『ゆべゆべ唱法試案』の著者名が版によって「渡辺精一郎」「渡辺精次郎」「渡辺清一郎」と揺れる点は、後世の複製過程で意図的に修正された可能性があると批判されてきた。
また、2007年にはの研究班が、ゆべゆべの「発声訓練説」は後年の観光ポスターが先にあり、民俗実践がそれに引きずられて整えられたのではないかと発表した。これに対し地元保存会は、ポスターの文体こそが古来の口調を忠実に再現したものだと反論し、会議は3時間半にわたって「ゆべ」と「ゆべゆべ」のどちらが正式かで平行線をたどったという。
現代の用法[編集]
現在のゆべゆべは、実際の儀礼としてよりも、合唱、動画配信、地域イベントの掛け声として使われることが多い。とくに上では、1分未満の短尺動画に「ゆべゆべチャレンジ」と題して、潮騒に合わせて4拍を刻む投稿が流行し、2023年には関連投稿数が月平均1,900件を超えたとされる。
また、のある温泉地では、宿泊客が夕食前に「ゆべゆべ」と唱えると湯気が立ちのぼる方向がわかりやすくなるとして、独自の体験プログラムに採用されている。ただし、実際には従業員が天井の送風口を調整しているだけではないかという、きわめて現実的な疑念も残されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『ゆべゆべ唱法試案』帝国民俗音響研究会、1905年.
- ^ Eleanor M. Glenn, “Repetitive Coastal Utterances in Hokuriku Villages,” Journal of Maritime Phonetics, Vol. 12, No. 3, 1908, pp. 41-68.
- ^ 三浦辰蔵『越後海浜聞書集』出雲崎郷土資料刊行会、1911年.
- ^ 内務省臨海実験班『港湾作業における反復音の効用』内務省調査報告 第7巻第2号、1910年.
- ^ 佐伯房雄『北陸反復語考』東京民俗書院、1936年.
- ^ Margaret J. Hensley, “Yubeyube and Communal Breath Timing,” Proceedings of the East Asian Ethnolinguistic Society, Vol. 5, 1952, pp. 113-129.
- ^ 『富山湾沿岸の声と波』富山県教育委員会文化資料室、1979年.
- ^ 加賀谷俊也『観光化された伝承とその逆輸入』文化社会学研究 第18巻第1号、1994年、pp. 5-22.
- ^ 中村景子『ゆべゆべの現代的再編に関する一考察』地域言語学雑誌 第22巻第4号、2008年、pp. 77-96.
- ^ 北川倫太郎『港で唱えると湯気が立つことについて』温泉文化評論 第3巻第1号、2021年、pp. 9-15.
外部リンク
- 帝国民俗音響研究会アーカイブ
- 越後海浜口承資料室
- ゆべゆべ保存振興協議会
- 港町ことば博物館
- 北陸反復語デジタル年表