ゆるキャラの核抑止力
| 分野 | 危機管理広報・非軍事抑止論 |
|---|---|
| 提唱主体 | 地方自治体広報局(主に“ゆるキャラ担当”) |
| 前提とする効果 | 敵対の心理コストを増やす“愛嬌抑止” |
| 運用形態 | 式典同席・記者会見同席・現地巡回 |
| 関連用語 | 核抑止/心理戦/ご当地アイデンティティ |
| 成立時期(通説) | 昭和末期の自治体広報高度化期 |
| 主な舞台 | ・福岡県・東京都の自治体イベント圏 |
| 論争点 | 安全保障の言葉の比喩化が過剰とされる点 |
ゆるキャラの核抑止力(ゆるきゃらのかくよくしりょく)は、ゆるキャラの“平和的カリスマ”を対外抑止政策に見立てる概念である。日本の地方行政が発案したとされ、冷戦期の広報論と結び付けて語られることが多い[1]。なお、その実効性については大きな疑義も呈されてきた[2]。
概要[編集]
ゆるキャラの核抑止力とは、核兵器の抑止に準じて、ゆるキャラが人間心理へ与える“非対称の抵抗感”を抑止効果として運用するという比喩概念である。運用者側の説明では、ゆるキャラが敵国の意思決定者に「本気で嫌がらせをしてよいのか」という倫理コストを発生させ、結果として行動が抑制されるとされる[1]。
この概念は、軍事学の直接応用というより、自治体広報の戦略論が「抑止」という強い語彙を借りて整備されたものと説明される。とりわけ、内閣府の“危機対応コミュニケーション研究”が、住民と外部の双方に同時に安心を配る設計思想を整理したことが、比喩の普及に寄与したとする見方がある[3]。一方で、比喩の射程が広がりすぎた結果、「核という語が軽く扱われている」との批判も生まれた[4]。
概念の成立と仕組み[編集]
“平和的可動域”という設計思想[編集]
原案に近い資料では、ゆるキャラの抑止力は「平和的可動域」と呼ばれるパラメータで記述されているとされる。平和的可動域とは、(1)握手会での許容滞留時間、(2)想定来場者の年齢帯、(3)ステージ上での表情変化の頻度、の3指標から算出される“対人摩擦の最小化”である[5]。
たとえば、架空の試算では広島市中心部の夜間イベントで、握手会の滞留時間を「平均19.6秒」に収め、表情変化を「1曲あたり7回」に制御した場合、来場者が怒りや不安を言語化する割合が前年のからに減少したと記録されている[6]。この数字は物語性が強いが、行政文書の体裁で引用されることが多かったため“それっぽさ”が増したといわれる。
また、抑止の場面ではキャラの服装が重要視され、危機時は「武装ではなく、雨合羽・反射ベスト・救急札の意匠」を優先したとされる。これにより、攻撃側が“威嚇の対象”と認定する前に、“救護の対象”として認識し直す猶予を与えられる、という説明がなされた[5]。ただし、当時の現場担当者の証言では「それ、ただの安全配慮やん」と突っ込まれた場面もあったという[7]。
“抑止”を翻訳する広報技術[編集]
成立過程では、抑止という軍事語彙を、行政の実務語へ翻訳する編集作業が繰り返された。具体的には、(a)「攻撃を止める」→(b)「騒動を起こしにくくする」→(c)「現場の温度を下げる」という段階的な言い換えが採用されたとされる[3]。
この翻訳を進めた中心人物として、岐阜県の広報局で勤務した渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう、当時は課長補佐)が挙げられる。彼は会議のたびに「抑止は“相手の都合”ではなく“場の摩擦”を下げる技術として語るべきだ」と主張し、結果としてが“心理戦班”のように見られる誤解まで生んだとされる[8]。
さらに、東京都の夜間警備連絡網との連携では、キャラの巡回ルートが“抑止線”と呼ばれた。抑止線は、交差点から交差点までの距離を単位で区切り、到達時刻をから以内に揃える運用が提案されたという[9]。この数字は形式としては緻密だが、当時の交通状況に照らすと理屈としては苦しいため、後年“笑える起源”として語り継がれた[9]。
歴史[編集]
前史:ご当地PRの“抗争回避”論[編集]
概念の直接の源流は、核抑止というより地方PRの「抗争回避」論であったとされる。昭和後期、イベント会場でのもめ事が、自治体間の競争と結び付けて報じられることが増えたため、自治体は“争わない映像”を先に用意する必要に迫られた[4]。
そこでの地域振興課は、観光客の熱量を下げるために“中立的な視覚記号”としてゆるキャラを導入した。ここで使われたのが「平和的気配」と呼ばれる手法で、キャラの出現位置がクレーム発生地点から離れるよう調整されたと記録されている[10]。この段階では“抑止”とは呼ばれず、単なる安全設計の呼び名に留まっていたとされる。
ただし、当時の記者が“見た目が柔らかいほど揉めない”という観察を軍事用語に言い換えたことから、「抑止」という語が流通し始めたとする説がある。実際、記事見出しで「ゆるキャラが揉め事を抑止」と書かれ、その後に“核”が便乗した形で定着したとされる[6]。
制度化:危機対応コミュニケーション研究会[編集]
内閣府関連の会合では、ゆるキャラを“危機対応コミュニケーション装置”として扱う動きが整理された。1980年代後半、机上の議論で「危機時に住民がパニックを起こす主因は、情報の欠落ではなく、敵味方を即座に決めたがる脳の癖である」とする見解が紹介された[3]。
このとき、誰かが「敵を作る前に、可愛いものを置けばよい」と言ったのがきっかけとされるが、議事録には“別の言い換え”が残っているという。すなわち、ゆるキャラの導入は「敵味方の二分法に対する割り込み」と表現され、最終的に「心理的抑止」という分類語へ収束したとされる[5]。
その結果、の現場では、会見の冒頭に必ずキャラを同席させる“3点セット”が推奨された。すなわち「責任者」「説明資料」「ゆるキャラ」の順で並べ、映像化されたときに怒りの感情が立ち上がる前に“擬似的な仲介”が生まれることを狙うとされた[7]。この手法は、海外の自治体広報にも輸出され、アジア諸国の一部では「キャラクター・デタレンス(Character Deterrence)」として概念だけが独り歩きしたという[11]。
代表的な運用事例(架空の年表)[編集]
運用事例は、実際の災害や事件と混同されやすいように“日付と地点”が細かく記録されるのが特徴とされる。たとえばの福岡県筑紫野市では、道路の通行止めが発表された直後にゆるキャラが巡回し、「迂回は面倒ですが、ここは安全です」と読み上げる方式が試されたとされる[6]。
またの東京都港区の区民ホールでは、翌月開催予定の展示のチラシをめぐる誤解が炎上寸前になった際、担当者が予定外に「握手会をからへ繰り上げた」ことが功を奏し、沈静化したと報告された[9]。この“17分台”の数字は、当時のタイムテーブルが残っていたという体裁で語られ、後に抑止力の計算式へ組み込まれることになる。
さらにには、海上での安全訓練の広報において、ゆるキャラを大型ビジョンに映しつつ、実地では救命胴衣を配布した。報告書では、敵の脅威認識を誤作動させる目的で、キャラの背面に“誤認防止のアイコン”として救急マークを設置したとされる[12]。ただし、現場では「アイコンって、普通に見えるよね」というツッコミもあり、誤作動が起きたかどうかは不明とされる[12]。
批判と論争[編集]
批判として最も多いのは、核抑止という語を用いることで、危機管理の深刻さが“かわいさ”に吸収されるという点である。具体的には、を扱う文脈で“ゆるさ”が免罪符として働きかねないという指摘がある[4]。
また、抑止力の評価指標があまりに広報的で、実際の行動抑制との相関を検証しにくいという問題も提起された。たとえば、抑止の成果を「苦情の平均呼量が月間からへ減った」といった行政事務指標で測定した場合、減少がキャラの効果なのか、季節要因なのか切り分けられないとされた[6]。
一方で擁護派は、そもそもこの概念は“核の比喩”であり、軍事的な意味での抑止を語るものではないと主張した。彼らは「比喩であるがゆえに、読者の認知を横から支配できる」とまで言ったとされる[3]。なお、この主張は学会で一度だけ激しく荒れ、その後議題が「危機コミュニケーションの物語論」へ移されることになったという[5]。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「平和的可動域の実装手順—自治体広報における摩擦最小化」『危機管理コミュニケーション年報』第12巻第3号, pp.45-63, 1998.
- ^ 山口由紀夫「“抑止”の翻訳史:行政語彙における語義の変換モデル」『日本広報学会誌』Vol.28 No.2, pp.101-129, 2001.
- ^ Margaret A. Thornton「Character as Deterrent: Soft-Message Theory in Municipal Crisis」『Journal of Public Narrative』Vol.14 No.1, pp.1-22, 2004.
- ^ 佐伯宏之「ゆるキャラ同席会見の視覚効果:タイムテーブル設計の試行報告」『地方自治研究』第7巻第1号, pp.77-98, 2003.
- ^ 内閣府危機対応コミュニケーション研究会『危機時広報の心理設計報告書(第3次草案)』内閣府, 1999.
- ^ 田中真理「握手会はなぜ沈静化するのか—平均滞留時間の統計的素地」『社会工学レビュー』Vol.9 No.4, pp.210-236, 2006.
- ^ Lukas König「From Deterrence to Cheer: Rhetorical Swaps in Public Security」『International Review of Civic Communication』第2巻第2号, pp.55-74, 2007.
- ^ 【要出典】橋本典子「“核抑止力”の語用論—言葉の強度と可愛さの衝突」『言語社会学研究』第15巻第6号, pp.300-322, 2012.
- ^ Sato, Haruka「港区区民ホールにおける時刻介入の効果推定」『Urban Event Systems Quarterly』Vol.5 Issue 2, pp.88-104, 2010.
- ^ Kazuya Oshima「Event Deterrence Metrics and Their Limits」『Journal of Municipal Evidence』pp.1-18, 2011.
外部リンク
- 自治体広報アーカイブ(抑止線資料)
- ゆるキャラ同席会見データベース
- 危機管理コミュニケーション研究会(講演録集)
- 地方自治研究者ポータル
- 心理設計のための映像語彙集