らあならかさら
| 名称 | らあならかさら |
|---|---|
| 別名 | 音紐、六転結び、らあ結び |
| 起源 | 江戸時代後期・京都の商家 |
| 用途 | 湿気除け、祝儀、宣伝、口上補助 |
| 主な伝承地 | 京都府、東京都、愛知県西部 |
| 普及期 | 明治20年代 - 昭和初期 |
| 材質 | 和紙、麻、柿渋、銅線 |
| 消費量 | 最盛期には年間約18万本と推定 |
| 保存団体 | 日本らあならかさら保存協議会 |
| 関連分野 | 民俗学、音響工芸、商家広告史 |
らあならかさらは、後期にの染料商が紙箱の湿気対策として考案したとされる、反響音を伴う結び目状のである。のちに期ので「言葉をほどく装置」として再解釈され、歌謡・広告・儀礼に広く用いられたとされる[1]。
概要[編集]
らあならかさらは、主にとを六重に撚り、節ごとに微細な空洞を残して作る伝統的な結び具であるとされる。結び目を指で弾くと「らあ」「なら」「かさ」「ら」と四拍に近い響きが生じることから、この名が定着したという説が有力である[2]。
本来は下京区の呉服商が、梅雨期に仕入れ帳と反物見本を区別するために用いた実用品であったが、中期には百貨店の包装装飾に転用され、さらに末には演芸場の口上師が宣伝の導入部として鳴らす慣行が広まった。なお、口上師の一部は、音の順序を逆にした「さらかならあ」を縁起の悪い型として嫌ったとされる[3]。
民俗学上はを中心とする局地的技術に分類されるが、10年代にはの玩具商が量産化に成功し、学校教材や祭礼用品にも応用された。その一方で、構造が単純に見えて製作に熟練を要するため、同じ形に見えて音程が異なる「甲音型」と「乙音型」が区別されていたことが、後年の研究で指摘されている[要出典]。
歴史[編集]
起源伝承[編集]
起源については、にの紙商・が、倉庫の湿り気で帳面が波打つことを嫌い、吊り下げ式の乾燥具として考案したという伝承が最もよく知られている。清左衛門はの酒樽に用いる縄の打ち方を参考にしたとされ、試作は36本であったが、そのうち実用になったのは9本のみであったという[4]。
一方、の寺院で経巻を束ねる際に使われた「転読結び」が原型であるとする説もあり、周辺の旧家からは、らあならかさらに酷似した結び具が3点発見されたと報告されている。ただし、形状が似ているだけで音響特性は異なるため、民俗学者のは「両者は親族関係ではなく、盆栽と盆踊りほどの距離にある」と評したとされる[5]。
都市部への拡散[編集]
、日本橋の呉服問屋が、輸送箱に付けたらあならかさらを「開封前に音で品目を知らせる札」として販売したことから、都市部への拡散が始まった。これにより、荷受人は箱を解く前に中身の等級を推測できたとされ、上等品は3回、並品は2回、見切り品は1回だけ鳴らす習慣が生じた[6]。
また、の見世物小屋では、興行開始の合図として舞台袖から鳴らされるようになり、観客はこの音を聞くと入場料の釣り銭を急ぐようになったという。特にの春興行では、鳴りの良い個体をめぐって2日間の争奪戦が起き、最終的に3本がの楽器修理工房へ持ち込まれた記録が残る。
量産と標準化[編集]
初期になると、西部の細工師団体が、らあならかさらの音色を規格化するため「七寸三分基準」を定めた。これにより、長さ22.1cm前後、撚り数6〜8回、節間の空洞率14%前後のものが標準品とされ、検品には小型の木槌が用いられたという。
にはの外郭研究会が「音響包装資材」として試験採用し、1工場あたり月間480本の支給が行われたとされる。しかし、試験現場での報告書には「鳴りが良すぎて昼休みが長引く」との記述があり、翌年の継続採用は見送られた。なお、この報告書の現物は確認されていない[要出典]。
構造と製法[編集]
らあならかさらの基本構造は、芯材、外撚り、共鳴節、留め房の4部からなるとされる。芯材にはを漉き返した紙縒りを用い、外撚りは麻糸2本と絹糸1本を交互に回す。これにより、指先で弾いた際に高音が先行し、0.3秒遅れて低音が追随する独特の響きが生まれるという。
製作はの山間部に伝わる「夜撚り」が有名で、湿度が48%を超えると音程が半音ほど下がるため、職人はの冬季に集中して作業した。熟練者は1日38本前後を編むことができたが、初学者は12本目あたりで必ず結び目が逆転し、これを「返り鳴き」と呼んでやり直しの対象とした。
また、完成品の検査には、の小間物問屋で考案された「三連打ち」が用いられ、3回続けて同じ余韻が出れば合格であるとされた。余韻が4回以上続くものは祝儀用、2回未満のものは旅館の札止め用に回されたという。
用途[編集]
商取引用途[編集]
商家では、らあならかさらを帳簿袋や反物箱に結び、番頭が店先で軽く鳴らすことで「本日は値引きなし」「奥に仕舞い込みあり」といった情報を暗に伝えたとされる。の丼池筋では、この音を聞くと客が自然に2歩後退するため、客引きの礼儀として重宝されたという。
儀礼用途[編集]
婚礼では、媒酌人が新郎新婦の入場前に3連打を行い、家同士の結び目が乱れないことを祈願した。特にの一部では、鳴らし方によって「子宝」「商売繁盛」「雨除け」の三種に分けられ、古老の中には音だけで天候を占う者もいたと伝えられる。
教育・娯楽用途[編集]
にはの生活科教材として一時的に採用され、児童が鳴らしながら漢字の部首を覚える「らあならかさら唱え」が考案された。ところが、児童が休み時間に校庭全体を鳴らし始めたため、の学級日誌には「音がうるさくて校長が二度来た」とだけ記されている。
社会的影響[編集]
の都市文化において、らあならかさらは「安っぽくないが大げさでもない」音の記号として受容され、包装、演説、寄席、婚礼の四領域を横断した。これにより、鳴らし方の丁寧さが商人の信用を示す指標になったとされる[7]。
また、系の広告欄では、商品名より先にらあならかさらの音表記を置く手法が一時流行し、最盛期のには1日平均23件の広告に見られたという。もっとも、読者の中には「意味は分からないが縁起が良さそうだ」と感じて購入する者が多く、広告代理店はこれを「先鳴り効果」と呼んだ。
一方で、戦時中の資材統制により麻紐の供給が滞ると、代用品として魚網の切れ端や電話線の被覆が使われ、音が鈍くなった。この時期のらあならかさらは「戻りのない音」として忌避され、保存会の記録では1944年の製作数が前年比で78%減少したとされる。
批判と論争[編集]
らあならかさらをめぐる論争で最大のものは、たちのあいだで長く続いた「道具説」と「言語説」の対立である。道具説は実用品としての起源を重視し、言語説は四拍の発音体系から先に成立したとみなすが、どちらの立場も決定的証拠を欠いている。
また、にの特別展で展示された標本が、実は昭和30年代の復元品であったことが判明し、展示担当者が「復元の復元である」と説明した件は、学界と一般紙の双方で小さくない波紋を呼んだ。これを受けて保存協議会は、以後の展示ラベルに製作年だけでなく「想起年」を併記する方針を採用した。
なお、最も奇妙な論争として、の一部で「鳴らす向きが東西で逆になる」とする地域差が報告されたが、後の調査で、実際には風向きにより音の聞こえ方が変わっていただけである可能性が高いとされた。
保存と現代の再評価[編集]
現在、らあならかさらはとの2系統が主流で、前者は伝統工芸として、後者は地域教育教材として保存されている。2010年代以降はによる復元事業が3度行われ、累計支援額は約640万円に達したとされる。
また、には台東区のギャラリーで「音の結び目展」が開催され、来場者の約4割が、展示品を見ずに鳴らして帰ったという。これを機に、若年層の間では短い動画の冒頭効果音として模した電子版らあならかさらが流行し、原型を知らないまま「懐かしい音」と認識される現象が起きている。
保存会は今後の課題として、製作技術の継承だけでなく、音色の個体差をどこまで許容するかを挙げている。特に、機械製の均一な音が増えると「らあ」の余白が失われるとして、職人の間では手作業の揺らぎこそが本質であるとする見解が優勢である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 有馬澄子『結び目の音響史――らあならかさらを中心に』民俗文化研究会, 1979.
- ^ 松井屋清左衛門『紙箱湿気対策考』京都商工資料叢書第4巻第2号, 1842.
- ^ 田所義信『都市包装と鳴り物広告の成立』広告史学会誌 Vol.12 No.3, 1991, pp.44-63.
- ^ Margaret A. Thornton, The Acoustic Knot in Early Modern Japan, Journal of Invented Material Culture Vol.8 No.1, 2004, pp.11-29.
- ^ 西條玲子『六転結びの地域差について』日本民俗工芸紀要 第17号, 1988, pp.102-118.
- ^ Kenta Moriyama, Raanarakasara and the Semiotics of Packaging, East Asian Folklore Review Vol.21 No.4, 2012, pp.201-226.
- ^ 日本らあならかさら保存協議会『復元報告書 2010-2022』保存会出版部, 2023.
- ^ 村瀬好子『昭和初期の音を売る商売』大阪経済史研究 第9巻第1号, 1968, pp.5-31.
- ^ The Ministry of Commerce, Report on Auditory Wrapping Materials, Technical Bulletin No.17, 1935, pp.7-19.
- ^ 北川宗一『「さらかならあ」禁忌の民俗学的検討』近畿伝承研究 第6号, 2001, pp.77-80.
- ^ E. H. Sutherland, A Catalogue of Decorative Binding Objects in Japan, London Museum Press, 1957.
外部リンク
- 日本らあならかさら保存協議会
- 音紐アーカイブス
- 京都商家文化研究所
- 民間工芸データベース