らららの3日間
| 名称 | らららの3日間 |
|---|---|
| 読み | らららのさんにちかん |
| 英語名 | Rarara no 3 Days |
| 初出 | 1978年頃とされる |
| 発祥地 | 東京都港区の放送施設とされる |
| 分類 | 放送企画・合唱儀礼・感情調整法 |
| 主催 | 関東夜間放送研究会、後に民放各局 |
| 実施期間 | 3日間 |
| 代表的会場 | 東京・晴海、神奈川・川崎、京都・伏見 |
らららの3日間(らららのさんにちかん)は、の放送・合唱文化において、3日間にわたって同一の旋律句を反復させることで情動を安定化させる手法、またはそれを核とする一連の公開催事を指す用語である。元は後期の民間放送局で試験的に行われた深夜企画に由来するとされる[1]。
概要[編集]
らららの3日間は、短い母音列「ららら」を一定間隔で反復し、聴取者の集中をいったん解体したのち再構成するという、きわめて特異な実践である。の深夜帯で始まったとされ、のちにの周辺研究者や民間の音響技術者によって整理された[2]。
一般には合唱イベントとして知られているが、実際にはの試験電波、地域商店街の福引き、寺院の声明研究が混線した結果として成立したとされる。特に3日目の終盤にだけ導入される「空白の6秒」が有名であり、これが参加者に妙な達成感を与えるとして各地で模倣された[3]。
成立の経緯[編集]
深夜帯の試験放送[編集]
起源は、のある民放ラジオ局が設備更新のために行った試験放送にあるとされる。担当技師のは、周波数の安定を確認する目的でアナウンサーに「ららら」を3分間歌わせたが、録音室の反響が強すぎて、結果的に6時間ぶんの音源が生成されたという。これが局内で「三日あれば十分に熟成する」と評され、後に催事化したと伝えられる[4]。
商店街との接続[編集]
翌年にはの駅前商店街がこれを取り入れ、七夕飾りと連動した「らららの3日間・夏版」を実施した。景気対策として始まったにもかかわらず、売上ではなく紙吹雪の回収量が記録されるようになり、商店会は「実質的に成功」と総括したとされる。なお、この段階で『ららら』は音節ではなく、レジの打鍵音を模した表現だとする説もあるが、要出典である[5]。
寺院声明との融合[編集]
の一部寺院では、声明の節回しに3拍子の足踏みを合わせる実験が行われた。ここで導入された木製の拍板が、後の「3日目だけ鳴る鐘」の原型とされる。僧侶のは、3日目の午後3時33分にだけ全員で同じ旋律を歌うことで、雑念が最も穏やかになると主張したが、当時は「法要なのにやけに陽気である」と批判も受けた[6]。
形式と手順[編集]
らららの3日間は、初日・中日・終日の3部構成である。初日は導入、2日目は反復の増幅、3日目は沈静と解散に当てられ、各日とも開始時刻は午前11時07分と定められることが多い。これは、最初に採用した会場の時計が7分遅れていたためであるとされる[7]。
参加者は白い紙製の腕章を着け、1日目に3回、2日目に7回、3日目に12回「ら」を唱和するのが通例である。唱和回数が偶数になると進行が不安定になるため、進行係は小型のそろばんで人数を数える。2012年の大会では、参加者が誤って13回唱和し、会場のスピーカーが一斉にハウリングを起こしたため、以後は「13回目禁止」の注意書きが追加された[8]。
また、3日目に配られる「らっぽん」と呼ばれる丸形の栞が重要である。これを裏返すと次回開催地が記されている仕組みで、自治体職員の回覧板文化を参考にしたともいわれる。栞の裏面に記される都市は毎回微妙に異なり、やのほか、なぜかのが選ばれることが多い。
社会的影響[編集]
1990年代以降、らららの3日間は企業研修、学校行事、町内会の防災訓練に転用され、特に「怒鳴らずに進行できる集団儀礼」として評価された。厚生系の研究者は、反復旋律を聞いた被験者の心拍変動が平均で12.4%整うと報告したが、実験群の半数が途中で口ずさんでしまったため、統計的妥当性には疑問がある[9]。
一方で、過剰に拡大した結果、では夏祭りの太鼓にまで「ら」が混ぜられ、伝統芸能の保存団体と衝突した。これを受けて系の委員会は「三日を超える反復は別文化に属する」とする暫定基準を示したが、実務上はほとんど守られていない。なお、関係者の一部は、らららの3日間が地域の交通事故件数を年平均0.8件だけ減らしたと主張しているが、これは駐車場整理の厳格化によるものと考えられる[10]。
主要な実施例[編集]
1978年の港区試験回[編集]
最初の公開実施例はので、参加者19名、スタッフ4名、録音機材2台で行われた。3日目の終盤、局舎の自動ドアが旋律に反応して開閉を繰り返したため、近隣住民から「機械まで歌っている」と通報があったという[11]。
1994年の晴海大会[編集]
の臨海展示場で行われた1994年大会は、来場者が4,800人に達した最盛期の一つである。ここで初めて紙テープではなく、海苔を乾燥させた黒い帯が配布され、これが「ららら海苔」として土産物化した。風で飛ばされにくいという理由で採用されたが、展示場内の湿度が高く、最終的にはほぼ全員が手に貼り付けて帰ることになった。
2016年の川崎再編回[編集]
のでは、工場夜景と組み合わせた再編版が実施された。重低音の機械音を背景に「ら」を唱和する形式が採られ、参加者の一人が翌日も旋律を口ずさんでいたため、近隣の自販機が誤作動したと報告されている。主催者はこれを「都市環境との親和性の証拠」と説明した。
批判と論争[編集]
らららの3日間に対しては、初期から「音節を信仰化している」との批判があった。とくにの夕刊に掲載されたとされる社説では、公共空間での反復唱和が「昼寝を妨げる」として問題視された[12]。
また、音楽教育関係者の一部は、旋律そのものよりも進行表の精密さが重視されている点を疑問視した。実際、各会場で配られる進行表はA4用紙12枚に及び、うち7枚が注意事項であるため、参加者の多くが歌う前に疲弊する。これについて主催側は「疲弊こそが3日間の完成度を高める」と説明しているが、反対派は半ば儀式化した事務作業にすぎないと指摘している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 石田康平『深夜帯反復音声の運用史』関東放送研究社, 1986, pp. 41-67.
- ^ 井上慈玄『声明と拍板の近代的転用』法蔵館, 1991, pp. 112-139.
- ^ Margaret L. Henson, "Vowel Loops and Civic Mood Regulation," Journal of Media Ritual Studies, Vol. 14, No. 2, 2004, pp. 88-104.
- ^ 渡辺精一郎『商店街行事の音響化とその実務』都市文化出版, 1998, pp. 9-31.
- ^ Harold J. Whitcombe, "Three-Day Repetition Formats in East Asian Broadcast Culture," Asian Folklore Review, Vol. 22, No. 1, 2011, pp. 15-49.
- ^ 文化庁文化行事調査室『反復型催事の分類に関する基礎報告』2017, pp. 203-219.
- ^ 小林みさ『らっぽんの民俗学』港湾新書, 2009, pp. 54-72.
- ^ Eleanor S. Pike, "The Silence Interval of 6 Seconds," Proceedings of the International Institute of Acoustic Anthropology, Vol. 3, 2015, pp. 1-18.
- ^ 朝倉健二『らららの三日間と心拍変動』日本応用生理学会誌 第28巻第4号, 2014, pp. 233-247.
- ^ 佐伯由里子『三日で歌える都市儀礼入門』東京民俗社, 2020, pp. 77-95.
- ^ Robert N. Ellison, "A Station That Sang Back," Broadcasting and Society Quarterly, Vol. 9, No. 3, 1997, pp. 201-214.
外部リンク
- 関東夜間放送研究会アーカイブ
- 港区深夜文化資料室
- らららの3日間保存協会
- 日本反復唱和学会
- 晴海臨海イベント年表